アボット豪首相いきなり退陣 何もかも裏目に出た理由

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Image caption アボット氏は7カ月の間に2度、党首辞任を求められ、今回ついに敗れた

身内がひそかに裏切ることを英語で「back stabbing」と言う。「背中から刺す」という意味だ。これに対して豪首相の地位をかねてから目指していたマルコム・ターンブル氏がトニー・アボット党首にやったことは、「front stabbing」(正面から刺す)に等しい容赦ない攻撃だったと言われ始めている。

アボット首相の指導力に閣僚や与党議員が不安を抱いているようだという噂が流れ始めたのは9月2週目のことだ。

アボット氏が解任したがっている閣僚のリストがリークされ、多くの怒りを買ったと報道された。14日に大手2紙が発表した世論調査では、西オーストラリアで19日予定の中間選挙で与党が大敗する可能性が指摘されていた。

14日午後に首相の指導力を問いただしたターンブル通信相は、容赦なかった。

ターンブル氏は記者団に、もしアボット氏が続投するなら来年半ばに予定される総選挙で自由党と国民党の保守連立は敗北すると断言。国の経済運営に首相は指導力を発揮できず、経済化の信頼を失い、国が直面する課題とチャンスについて国民に説明せず、行き当たりばったりの政策のみ追求したと、歯に衣着せず批判した。

しかし連立政権では首相交代は、ひとつ前の労働党政権による党首交代劇の大失敗の二の舞になり、危険だと警告。労働党政権の副首相だったジュリア・ギラード氏はケビン・ラッド首相を追い落としたが、2013年の総選挙で国民にそっぽを向かれたのだ。

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Image caption ラッド首相を政権から追いやったギラード氏を、多くのオーストラリア人は許すことができなかった

それにもかかわらず、なぜ自由党はこうなってしまったのか。

政府は2年前、強気姿勢で1期目を開始した。選挙公約通り、「炭素税」と呼ばれた労働党政権の温室効果ガス排出元への課税を廃止。石炭・鉄鉱石の売上利益への税率30%課税を廃止した。

移民対策の強化を掲げ、インドネシア移民を乗せた船を追い返すなどして、亡命希望者の流入を阻止した。

一連の対応は国民に支持されたが、「船を停めた」「税金をカットした」と何かと繰り返す首相の言葉は次第に効力を失っていった。

厳しい緊縮財政措置を十分に説明できず、敵対的な上院で予算削減案をすべて通せなかったことも、支持率の低下に反映されていった。

政策反転

国民が近所の病院にかかるたびに7豪ドル(約600円)ずつ追加徴収されたり、大学助成を大幅削減したり、若者が失業手当を受け取れるまでの待機期間を長くしたりという政策措置も、不人気だった。

政策をたびたびひるがえしたことも、アボット氏への信認を傷つけた。

今年2月には主要政策のひとつだった有給育児休暇が、実は女性有権者に不人気と分かり(女性はむしろ育児手当増額を求めた)、これを撤回。

経済政策以外でも、たとえば同性婚についてアボット氏は世論の動きと逆行しているように見えた(オーストラリア人の多くは同性婚合法化を求めていたのに対して、アボット氏は強硬に反対し続けた)。

直近では、内戦に引き裂かれるシリアからの難民を受け入れても良いと考える世論を読み違えた。来年にかけてシリアから1万2000人を受け入れると表明したが、タイミングがすでに遅かった。

一部の議員を身びいきしていると見られたのも広く批判され、ソーシャルメディアでは嘲笑の対象となった。

たとえばブロンウィン・ビショップ元下院議長の件だ。自由党の資金集めイベントに出席するためメルボルンからジーロングへヘリコプターを5000ドル豪ドル以上でチャーターしたビショップ氏を、激しい批判にもかかわらずアボット氏は3週間にわたり、ビショップ氏が8月に辞任するまで擁護し続けた。

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Image caption アボット首相の「独断」は多くの与党議員を立腹させた

アボット氏はそもそも国民に人気があったわけではないと、評論家たちは繰り返している。2013年の総選挙で勝ったのも、国民が労働党にへきえきとしていたからだと。

今年2月にも首相辞任を求める動議が党内から出されたのも、そういう理由からだった。当時は動議が成立しなかったのは、自由党議員の過半数がほかの候補を受け入れたくなかったからで、アボット氏は代わりに状況を立て直すと議員たちに約束した。

しかし行き当たりばったりに見える相次ぐ独断がとことん不人気に終わり(もっとも叩かれたのはエリザベス英女王の夫エジンバラ公にナイト爵位を与えるという今年1月の発表だった)、アボット氏はもっと周りの同僚に相談すると約束していた。

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Image caption エリザベス英女王の夫フィリップ殿下にオーストラリアとしてナイト爵位を授与するという決定は、多くの有権者に嘲笑された

しかしリーダーとしてのその首相は常に党の内外から不満を呼んだ。

野党党首としては、言いたいことをはっきり言う政治家として有名だった。たとえば2010年にアフガニスタン駐留豪軍を訪問した5カ月後、死亡したオーストラリア人伍長についてこう発言したのをマスコミに記録されている。

「時にはクソったれなことになるのは、分かってたことじゃないか」

首相になってからはこうした失言のないよう、スタッフに厳重に管理され、そのせいか「船を停めた」などと政府の公式見解を何かと繰り返す言動が目立った。

それでもアボット氏は自分の政策が正しいと、国民を納得させることができなかったとされるし、まさにターンブル氏が容赦なく攻撃したのもそこだった。

14日に党首の座を争うと告げたターンブル氏は、「スローガンはいらない。支持できる主張こそ大事だ」とくぎを刺したのだ。

「オーストラリアの人たちの知性を尊重しなくてはならない」