【パリ連続襲撃】バタクランで何があったのか?

Flowers and candles near the Bataclan concert hall Image copyright Getty Images

黒い「フォルクスワーゲン・ポロ」の乗用車が13日夜午後9時40分、パリ中心部のバタクラン・コンサート・ホールの前に停まった。降りたのは、重装備の銃撃犯3人だった。この3人はそれから3時間足らずの間に全員死亡した。場内の89人を殺害し、99人に重傷を負わせた後のことだ。この間にいったい何が起きたのか?

「と殺場のようだった」 生存者のマイケル・オコナーさんはBBCラジオ5ライブにこう話した。英北東部サウスシールズ出身の30歳は、「血をかきわけて歩いた。血が深さ1センチもたまっていたところもある。脱出するには、ほかの人の死体の上をのぼるしかなかった」と話す。

パリの検察当局は事態の経緯を正確に把握するため、証拠や目撃証言を集めて組み立てる作業に着手している。しかし脱出できた人たちの証言からも、部分的な状況は推察できる。

Image caption 赤の矢印が襲撃犯の入場経路。聴衆を無差別に発砲した。緑の矢印は避難した客の脱出経路。下図の舞台下手(向かって左側)の非常口に向かった。

銃撃犯たちは午後9時40分、コンサート・ホールの表玄関から入った。ロックバンド「イーグルス・オブ・デスメタル」が演奏を始めた30~45分後のことだ。会場の入り口付近の歩道に、複数の人が倒れていたという目撃証言がある。

建物に入るや否や、犯人たちは聴衆に向かって発砲しはじめた。現場にいたグレゴワールさん、トマさん、ニコラさんの3人は仏紙リベラシオンに対して、犯人たちはまず会場のバーに立っていた人たちを銃撃したと話した。

グレゴワールさんたち3人は2階のバルコニー席でライブを観ていた。1階の人たちの動きがまるで「麦畑に強風が吹き渡った時のよう」だったと話す。何が起きているか次々と気づいた人たちが、犯人たちから逃れようとする動きのことだ。

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Footage from Seb Snow shows Eagles of Death Metal on stage before a hail of gunfire

<ビデオ>バンドの演奏中に突然銃声が聞こえ始めた瞬間

1階にいたファハミさんは最初、爆竹の音かと思ったと話す。「ライブの演出だと思った。でも振り向いたら、目を撃ち抜かれた人がそこにいた」とファハミさんはリベラシオン紙に話している。

多くの人が床に伏せたが、コンサート会場に隠れる場所はほとんどなかった。犯人たちは伏せた人たちに向かって無差別に撃ち続けた。

犯人の1人は階段で2階に上がり、バルコニー席の観客たちも殺害したようだ。そしてこの位置から、階下の人たちを狙い撃ちし続けた可能性がある。

混乱とパニックのさなか、警備員が「こっちへ」と叫んでいたという。生存者のアントニーさんはリベラシオン紙に対して、警備員が舞台下手(向かって左側)の非常口へ誘導していたと話す。

大勢がこのおかげで脱出に成功した。中には重傷を負いながら。会場裏側の向かいにあるマンション上層階から携帯電話で撮影した動画が、この人たちの脱出劇がいかに厳しいものだったか記録している。

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One woman clung to a window ledge as she tried to escape the gunmen - Video courtesy of Daniel Psenny, Le Monde journalist

<ビデオ>銃撃から逃れようと窓枠からぶらさがる女性。仏紙「ル・モンド」ダニエル・セニ記者提供(衝撃的な映像が含まれます)

仏ラジオ局「ヨーロッパ1」のジュリアン・ピアス記者は、銃撃が続く間10分ほど、舞台前の近くで地面に伏せていた。

犯人たちが銃弾を装填し直す間、ピアスさんは周りにいた10人ほどの声をかけて舞台にあがり、脱出を試みた。

「舞台の右にあった小部屋に逃げ込んだが、残念ながら出口がない行き止まりだった」

銃声が再び途絶えるのを待ち、舞台反対側の非常口を目指して舞台を走って横切った。ピアスさんは重傷を負った女性を肩に担いで。

グレゴワールさんたち3人によると、約50人が建物の屋根によじ上り、警察の突入作戦が終了するまでそこで2時間以上を過ごしていた。ほかには場内の事務所やトイレに立てこもり、救出を待つ人たちもいたという。

しかし観客の多くは、その場に留まるしかなかった。亡くなった人たち、負傷した人たちに囲まれて。

オコナーさんは「彼女を自分の下にひっぱりこんで、僕がその上に覆いかぶさった」と話す。「僕の脚の下の方に誰が乗っていたし、僕の彼女の頭の上には別の誰かが乗っていた。本当にぎゅうぎゅうだった。意識のない人、ひどい重傷の人もいた。亡くなっていたんだと思う」。

オコナーさんは最悪を覚悟した。「彼女には、愛してると伝えた。あんな状況で、ほかにどうしようもないから」。

テレーサ・セデさんはBBCに対して、「ひどい傷を負った男の人が、苦しんでうめいていたので、みんなで『しー、静かに。生きて。動かないで』と言ったんです。誰かが動くたびに、また発砲が続いたから」と話した。

この状態が果てしなく続くような気がしたとセデさんは言う。それでもついに、警察がやってきたと。

Image copyright AP
Image caption バタクラン・コンサート・ホールの前に到着した警官

オコナーさんはこう言う。「僕たちの後ろに、広間に続く入り口が見えた。ドアがゆっくり開いた。何がやってくるのか分からなかった。やがて懐中電灯の光が見えて、『あれは絶対に警察だ』と思った」。

「大きい防弾盾の後ろにいて、何も言わずに、僕たちに動くなと合図していた。会場の後ろに並んで、テロリストたちがまだいたバルコニーに銃を向けた」

「銃声が聞こえた。近くの警察からなのか、バルコニー席を急襲した警察だったのかは分からないけれども、前よりも整然とした銃声だった」

パリ検察の主任検察官によると、警官が襲撃犯1人に発砲すると、その男の自爆チョッキが爆発した。続いてほかの2人は自爆したという。

「しばらくして警察が僕たちに、腕が振れるなら振って生きていると合図するように呼びかけた。ものすごくホッとした」とオコナーさんは言う。

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