デイビッド・ボウイさん死去 伝説的ロックミュージシャン

デイビッド・ボウイさん Image copyright Reuters
Image caption ボウイさんの最後のライブ出演は2006年だった。

英国出身の伝説的なロックミュージシャン、デイビッド・ボウイさんが10日、がんのため亡くなった。69歳だった。

息子で映画監督のダンカン・ジョーンズさんが確認した。公式サイトなどやソーシャルメディアの公式アカウントなどでも発表された。

公式サイトには「デイビッド・ボウイは本日、18カ月にわたりがんと果敢に闘った後、家族に囲まれ安らかに亡くなりました。死去にあたり多くの方が喪失感を共有してくださることと思いますが、悲しみの中にいる家族のプライバシーを尊重してくださるようお願いします」と

ボウイさんは69歳の誕生日だった1月8日に新譜「Blackstar」を発表したばかりだった。

ボウイさんの健康状態についてはかねてから、闘病中なのではないかとの憶測が飛び交っていた。

2006年にニューヨークで行ったチャリティー・コンサートが最後のライブ出演だった。

ボウイさんは1969年発表の「Space Oddity」で英国チャート1位となり、72年発表の「The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders From Mars」で名声と評価を確たるものにした。「Let's Dance」、「Heroes」、「Under Pressure」、「Ashes to Ashes」、「Rebel, Rebel」、「Life on Mars」、「Suffragette City」、「Rock'n' Roll Suicide」など数々の名曲、ヒット曲で世界的人気を得た。

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Image caption デイビッド・ボウイさんは1966年に「デイビー・ジョーンズ」から芸名を改名

「ジギー・スターダスト」、「アラディン・セイン」など音楽上の「別人格」を作り出し、アーティストとして変身を重ねたことでも有名だった。

俳優としても活躍し、1976年の映画「地球へ落ちてきた男」では死にゆく惑星の救済を求めて地球にやってくる宇宙人を演じた。

1980年から1981年にかけてはアメリカ各地で舞台「エレファント・マン」の主役を演じ、ブロードウェイでも3カ月にわたり主役のジョン・メリックを演じた。

ほかには、マルレーネ・ディートリッヒの最後の出演作「ジャスト・ア・ジゴロ」(1978年)や大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」(1983年)、マーティン・スコセーシ監督の「最後の誘惑」(1988年)などの映画に出演した。

ボウイさんは1947年1月8日にロンドンで、デイビッド・ジョーンズとして生まれた。しかし1966年には、当時人気だった「モンキーズ」のデイビー・ジョーンズと紛らわしいことから、「デイビッド・ボウイ」に芸名を改名した。

ロンドンの様々なバンドと共演した後、1967年にデビュー・アルバム「David Bowie」を発表するが、最初に英国チャート1位になったのは米マーキュリー・レコードと契約後に発表した1969年のシングル「Space Oddity」だった。


マーク・サベッジ、BBC音楽担当記者

デイビッド・ボウイは復活したばかりだった。新たな活力を得て再生したばかりだった。それだけに本日の訃報はなおのこと衝撃が大きい。

最近の新譜2枚「The Next Day」と「Blackstar」は、ボウイのアルバムとして最高級に分類されるものだった。「The Next Day」は自分のこれまでのキャリアに対する賛歌でもあり、最新作の「Blackstar」は未来に目を向けていた。その未来にボウイ自身がいないのかと思うと、あまりに辛い。

しかしボウイのキャリアそのものが、そこにいたかと思いきや鮮やかに姿を消しているショーのようなものだった。ウエイトレスとナイトクラブのオーナーの間に生まれたデイビッド・ジョーンズは後にデイビッド・ボウイになり、やがてジギー・スターダストになり、続いてアラディン・セインになり、さらにはシン・ホワイト・デューク(細い白い公爵)に姿を変えた。どれもフィクションで、どれも象徴的な存在だった。

1970年代のボウイは何か一つに落ち着くことなく、様々な音楽スタイルやペルソナの間を飛び交った。ルー・リードやザ・ストゥージスをプロデュースし、ベルリンで絵を描いて過ごした。ボウイがやることなすことすべてが模倣され、音楽の新たなサブジャンルを生みだした。ボウイは初のポスト・モダンなポップスターだったのだ。

1980年代、1990年代になるとその影響力の維持に苦労したが、それでもインダストリアル・ロックのアルバム「Outside」やドラムンベースを取り入れた「Earthling」で音楽の限界に挑戦し続けた。2004年のツアー中に動脈瘤のため緊急の心臓手術を受けたことから、2000年代は表舞台からやむなく遠ざかったが、2013年1月8日の66歳の誕生日にいきなり復活。素晴らしい、予想外のカムバックだった。

ここ数年間のあふれんばかりの創造性は、残された時間がわずかだと自覚するミュージシャンならではの仕事ぶりだったと、再評価することも今後はできるだろう。しかし晩年のボウイが残した数々の作品は、ポップスを何度も何度も破壊しては発明し直してきた人の遺作としてふさわしいものだった。


(英語記事 David Bowie dies of cancer at 69

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