マンデラ氏の1962年逮捕、米CIAが情報提供 英報道 

2013年に95歳で死去したネルソン・マンデラ氏 Image copyright SAEED KHAN
Image caption 2013年に95歳で死去したネルソン・マンデラ氏

南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策への反対運動を主導した故ネルソン・マンデラ氏が1962年に逮捕された際、米中央情報局(CIA)による情報提供が決め手になっていたと、英紙サンデー・タイムズが伝えた。元CIAのドナルド・リカード氏が亡くなる少し前に、同紙に明らかにした。

マンデラ氏は逮捕後の27年間を獄中で過ごし、1990年に自由の身となった。1994年には同国の大統領に就任した。

今年初めに亡くなったリカード氏は、これまでCIAとの関係を明らかにしていなかった。1970年代末に退職するまで大使館員として南アフリカで働いていた。

サンデー・タイムズによると、インタビューは英国の映画監督ジョン・アービン氏によって行われた。アービン氏はマンデラ氏がゲリラ活動に身を投じた時期を描いた映画『Mandela's Gun(マンデラの銃)』を監督している。

マンデラ氏は当時、非合法化されていたアフリカ民族会議(ANC)の抵抗運動を主導。逮捕時には同国の最重要指名手配者だった。しかし、何度も拘束を逃れ、「黒いピンパーネル」のあだ名が付けられた(訳注:フランス革命時に貴族亡命を支援した英国の秘密結社「スカーレット・ピンパーネル(紅はこべ)」が由来)。

マンデラ氏は1962年に、運転手のふりをして南アフリカ東部ダーバン近郊を通行しようとしたところ、検問所で警察に拘束された。

リカード氏は、「彼がいつ、どういう形でやって来るかを事前に知った。(中略)私が関与したのはそこで、そこでマンデラ氏は捕まった」と述べている。

ANCの報道担当者ジジ・コドワ氏は、「今回発覚した内容は、前から承知していたことを裏付けた。CIAは前から敵だったし、いまだにそうだ」と語った。

「幼稚な陰謀論ではない。今に始まったことではないのだと確認されたわけだ。歴史は繰り返す」

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Image caption マンデラ氏が持っていた偽パスポート
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Image caption 2008年までマンデラ氏の米国入国には特別な許可が必要だった。(写真は2005年の訪米時、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領とホワイトハウスで)

南アフリカ政府がANCをテロ組織にしていたため、1980年代に当時のレーガン大統領がANCをテロ監視リストに加えた。

マンデラ氏は1994年から1998年まで南アフリカの大統領だったにもかかわらず、米テロ監視リスト記載は2008年まで続き、このためマンデラ氏はじめANC指導部が米国を訪問するには国務長官の特別許可が必要だった。

霧に覆われた事件――ケアレン・アレンBBC南アフリカ特派員(ヨハネスブルグ)

1962年の星も見えない夜にダーバン近郊でネルソン・マンデラ氏が逮捕されるまでの一連の出来事は、これまでずっと闇の中だった。ANC指導者のマンデラ氏は冷戦政治において、テロリストで西側に対する脅威だとみなされていた。

マンデラ氏は自分は共産党員だったたことはないと一貫していたが、リカード氏が言うようにソ連の外にいる「最も危険な共産主義者」とみられていたのだ。

CIAがマンデラ氏を追跡していたと長年うわさされてはいたが、CIAは逮捕への関与が明らかになるのを避けようとしてきた。リカード氏が認めたことで、当時の機密資料を公表するよう求める声が強まるだろう。

ANCのジジ・コドワ氏は、CIAが今でも南アフリカの内政に介入しており、「体制転換」を望む勢力と協力していると主張している。

(英語記事 Nelson Mandela: CIA tip-off led to 1962 Durban arrest

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