イタリア中部でM6.2の地震 240人以上死亡

  • 2016年08月25日
ペスカラ・デル・トロント村ではほぼすべての住宅が倒壊した。写真は夜を徹して続く捜索作業 Image copyright Reuters
Image caption ペスカラ・デル・トロント村ではほぼすべての住宅が倒壊した。写真は夜を徹して続く捜索作業

イタリア中部で24日午前3時36分(日本時間午前10時36分)に起きた大地震の生存者を探す作業が、夜通し続いている。イタリア当局は25日早朝、少なくとも240人以上が死亡し、368人が負傷したと発表した。まだ大勢が瓦礫の下に閉じ込められているもよう。

イタリア市民保護局によると、25日朝までに247人の死亡が確認された。リエーティ県で190人、隣のアスコリ・ピチェーノ県で57人が死亡したという。また被害の大きい山間のアマトリーチェ、アックモーリ、ペスカラ・デル・トロントの町村で、大勢が瓦礫の下にいるとみられる。

米地質調査所(USGS)によると、地震の規模はマグニチュード(M)6.2。震源の深さは10キロと浅かった。

4300人以上の救助作業員が重機や素手で、瓦礫の下の被害者を探している。夜を徹しての捜索の間にも、M4.7の揺れなど強い余震が起きた。

被災地を訪れたレンツィ首相は、犠牲者がまだ増えるおそれを指摘しつつ、「どの家庭も、どの町も、どの集落も放置しない」と支援を約束した。

地震の中心は首都ローマから北東約100キロの位置で、アンブリア、ラツィオ、マルケの各州が影響を受けた。ローマでは20秒にわたり一部の建物が揺れ、北はボローニャから南はナポリまで揺れが感じられたという。24日午後3時までの余震の回数は200回以上。

古い歴史の町アマトリーチェと近くのアックモーリで合わせて少なくとも86人が死亡。アマトリーチェのセルジオ・ピロッツィ町長は、市街地の75%が破壊されたと話している。

町長は「町に至る道路は寸断された。町が半分なくなった。瓦礫の下には複数の人がいる(略)土砂崩れがあり、橋が崩壊するかもしれない」と説明し、「がれきの下には何十人もの被害者が埋まっている。遺体を収容する場所を用意している」と被害の大きさを語った。

アマトリーチェでは周辺で夏休みを過ごす観光客も大勢、被害に遭った。地元名産のベーコンとトマトソースを楽しむお祭りのため、アマトリーチェを訪れている人たちもいた。

救助当局によると、アマトリーチェのホテル・ローマの残骸から5人の遺体を発見した。約35人が宿泊しており、ほとんどの人は脱出したものの、約10人が所在不明という。

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Image caption アマトリーチェでも生存者の捜索は夜通し続いた
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Image caption 屋外で夜を過ごすアマトリーチェの人たち
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Image caption アマトリーチェ旧市街の空撮画像(24日)
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Image caption 地震の前後で様変わりしたアマトリーチェの中央通り

マルケ州でも少なくとも34人が死亡。ペスカラ・デル・トロント村ではほとんどすべての建物が崩壊。子供を含む10人の死亡が確認され、20人が病院に運ばれた。犠牲者数はさらに増える恐れもある。

瓦礫に17時間閉じ込められていた8歳少女が救出されると、大きな歓声が上がった。

アンサ通信によると、アルカタ・デル・トロント村では4歳と7歳の男の子が、祖母と一緒にいた家の下から救出された。2人はベッドの下に隠れていたという。

同村では1歳6カ月の女の子マリソル・ピエルマリニちゃんも、瓦礫の中から救出された。母マルティナさんは2009年のラクイラ地震を経験して、アルカタに引っ越したのだという。

Image caption 震源(緑)と余震の位置(24日)
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Image caption 被害を受けたアマトリーチェの人たち

アマトリーチェの北にあるアックモーリでは、倒壊した家屋の下に幼い子供2人を含む家族4人が閉じ込められた。地元カメラマンは、15人の救助作業員が素手で、家族を助け出そうとしていたと話した。

「母親と子供1人の悲鳴が聞こえるからだ」とカメラマンは話した。

中部アンブリア地方のリナ・メルカンティニさんはロイター通信に対して、「とても強い揺れで、まるでベッドが私たちを乗せたまま、部屋の中を勝手に歩き回っているみたいだった」と話した。

USGSによると、震源地はアンブリア地方のノルチア。美しい旧市街は観光客に人気だ。ノルチアのニコラ・アレマンノ市長は、犠牲者の報告は受けていないと明らかにし、「耐震構造の建物は倒壊を免れた。歴史的建物には被害があるが、重傷者がいるという情報はない」と話した。

地震学者アンドレア・テルトゥリアニ氏は、複数の余震が続いて次第に揺れは小さくなっていくだろうが、「同じくらいの規模の大きな揺れの可能性も排除できない」と警告した。

2009年4月に中部ラクイラで起きたM6.3の地震では、300人以上が死亡している。

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Image caption アマトリーチェで生存者を探す警官(24日)
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Image caption 震災前と後のペスカラ・デル・トロント村
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Image caption ペスカラ・デル・トロント村の救出作業(24日)
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Image caption 瓦礫の中の聖母子像。ペスカラ・デル・トロント村で(24日)

<解説>なぜイタリアで地震被害が多いのか――ジョナサン・エイモス

イタリアのアペニン山脈沿いに住む人は、地震の危険と常に隣り合わせだ。

24日早朝の揺れに匹敵する地震によって、数百年の間に数千人が死亡してきた。この危険に対して現代イタリアは、耐震性の高い建物を造り、危機に十分に備えることで対応してきた。

地中海地域の地震頻度は、アフリカとユーラシアのプレート衝突によって決まる。ただし今回の地震の詳細な原因となると、からみあう要因はさらに複雑だ。

イタリアの本土とサルデーニャ島およびコルシカ島の間のティレニア海盆が徐々に広がりつつある。

この動きがアペニン山脈沿いの拡張、もしくは分離分割を助長していると科学者たちは言う。さらに東のアドリア海の動きも、地形へのストレスに寄与しているという。

その結果、山脈に沿って大きな活断層が生じ、その脇には複数の小さい活断層がいくつも伸びている。

ペルージアやラクイラなどの都市は、いずれもこの上にあるのだ。

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Image caption アマトリーチェで捜索が行われた
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Image caption アマトリーチェで被害者を運び出す救助作業員
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Image caption アマトリーチェの被害の様子
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Image caption 地震被害のあったアマトリーチェの人たち
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Image caption アマトリーチェで手当てを受ける人たち
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Image caption アマトリーチェでは多くの建物が崩れた

(英語記事 Italy earthquake: Death toll rises to at least 159