タイ・プミポン国王死去 政府機関は1年間の服喪

プミポン国王

タイのプミポン・アドゥンヤデート国王が13日に死去したことを受けて、同国の政府機関は1年間の服喪に入った。

88歳で死去したプミポン国王は、在位期間は70年と、存命する世界の君主の中で最も長かった。

13日のバンコク市内では深夜に入っても、国王の死を悲しむ市民らの姿が見られた。国王の遺体は14日に市内にあるエメラルド寺院に移される。

タイのプラユット暫定首相はワチラロンコン皇太子(64)に国王への即位を要請したが、ワチラロンコン皇太子は時期を遅らせるよう求めた。

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Image caption タイ国民は、混乱の絶えない国にとって安定の象徴だった国王の死に衝撃を受けている(14日)

政府は30日間半旗を掲げることを決めたほか、国民に対しては、「にぎやかな行事」を控えるよう求めた。

メディア各社のウェブサイトは色調を白と黒に変えており、世界各国の指導者たちからは追悼の言葉が寄せられている。

14日朝、バンコク市内で出勤中の人はAP通信に対し、「今の気持ちを言い表す言葉がない」と語った。「私の人生で最も大切な人のひとりを失った。国王のためにまだできることがあった気がする。もっと何かするべきだった」。

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Image caption バンコク市内で葬列の順路沿いに集まった人々(14日)

プミポン国王は、政治的混乱や政変が絶えないタイで安定の象徴とみられてきた。国民からは幅広く崇敬を集め、国王を神格化する人も多かった。

闘病生活が長く続いていた国王の死去が13日夜に発表されると、入院先の病院前に集まっていた多くの市民が悲しみをあらわにした。

バンコクで取材するBBCのジョナ・フィッシャー記者は、プミポン国王がタイ国民にとって父親のような存在で、分裂し混乱が相次いだ国の安定の基盤となっていた、と指摘し、先行きがより不透明な時代が始まると話した。

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崇敬されつつ謎めいた存在 タイ国王死去
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Image caption プミポン国王の入院先前に集まった人々は、死去が発表された後、悲嘆をあらわにした(13日)

タイでは2014年のクーデターで誕生した軍事政権が依然として続いている。政治的な闘争や混乱に加えて、同国南部ではイスラム教分離主義者によるとされる爆発攻撃が相次いでいる。

タイは立憲君主制をとるものの、政治的緊張が高まると、国民はしばしばプミポン国王の介入を期待した。数多くのクーデターと20回に及ぶ新憲法発布のなかで、国王は分裂を防ぎ鎮静化を促す存在だった。

しかし、批判する向きは、国王が軍事政権を承認し、人権侵害にも抗議しなかった時があったと指摘している。

王位継承の課題

プラユット暫定首相はワチラロンコン皇太子が新たな国王になると述べたものの、正式な即位は時期を遅らせるとした。

プラユット暫定首相によると、皇太子は後継者として責任を果たすと約束したが、父親の死を悼む時間が欲しいと語ったという。

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Image caption 一般市民はワチラロンコン皇太子についてあまり知らない(写真は2009年撮影)

国民にあまり知られていない皇太子は、プミポン国王のような幅広い人気を得ていない。皇太子は海外で過ごすことが多く、特にドイツでの滞在期間が長い。

厳格な不敬罪が定められているタイでは、王室の最も高位にある人々への侮辱や攻撃が禁止されている。公の場での王位継承に関する議論には、禁固刑が適用される可能性がある。

バンコクで取材するBBCのジョナサン・ヘッド記者は、不安定なタイの政治環境の中で権力の均衡を維持するためにプミポン国王が果たしていた役割の重要性を考えると、王位継承は政府にとって大きな課題になる、と指摘した。

Image caption タイ王室の家系図

(英語記事 Thais mourn death of revered King Bhumibol Adulyadej

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