日ロ平和条約を阻む島々

ロシアのサンクトペテルブルクで行われたプーチン大統領と日本の岸田外相との会談(今月2日) Image copyright EPA
Image caption ロシアのサンクトペテルブルクで行われたプーチン大統領と日本の岸田外相との会談(今月2日)

15日に訪日するロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、安倍晋三首相との会談で、第2次世界大戦後の平和条約締結を阻んできた火山諸島について話し合う。

終戦直後のまだ何も合意がない時にロシアは南クリル諸島(千島列島南部)に侵攻した。

日本では北方領土として知られ、北海道とロシアのカムチャツカ半島との間に位置する。

日本政府は長年、4島の返還を求めてきたことから、平和条約は締結されなかった。

1951年に結ばれた日本と連合国との「サンフランシスコ講和条約」に旧ソ連は署名しなかったが、56年の「日ソ共同宣言」によって戦争状態を終わらせ、国交を回復した。

4島をめぐる対立が平和条約に立ちふさがるなかで、プーチン、安倍両氏は何十年も続いてきた対話を山口県長門市の温泉リゾートで続けることになる。

南クリル諸島とは?

帰属が争われているのは列島の南端にある4つの島だ。

国後島、択捉島、色丹島、歯舞群島の4島で、一部は北海道本島から数キロしか離れていない。

4島には約1万2000人が住んでおり、漁業が主な産業になっている。

何が争われているのか

旧ソ連は1945年9月に侵攻し、何千もの家族を北海道本島に追いやった。

日本は4島に対する主権の譲渡を認めたことはない。そのため、4島の問題が解決するまで、第2次世界大戦での対立を正式に終わらせる平和条約の合意はできない。

戦後には、4島をめぐってさまざまな決定がされてきたが、現状を変えることはなかった。

Image copyright Reuters
Image caption 国後島のユジノクリリスク(日本名・古釜布)に建てられているレーニン像(今月7日)

戦争末期の1945年に行われたヤルタ会談で、米国とソ連、英国はソ連がクリル諸島全てを得ることに合意した。しかし、1956年の日ソ共同宣言では、平和条約が締結され次第、色丹島、歯舞群島を返還することにソ連は同意した。平和条約は締結されなかった。

ソ連崩壊の後、自国への投資を必要とするロシアは1993年に同様の共同宣言に署名し、平和条約に向けた交渉の土台を作った。それも事態を進展させなかった。

なぜ解決できなかったのか

多くのロシア人が命を落とすことにつながったナチスとの同盟に参加していた国に、土地を渡すのを、ロシア国民は支持してこなかった。一方で、日本のナショナリストたちは、4島すべてが返還されるまで絶対妥協しないという態度だった。

クリル諸島全体は、ロシア軍にとって太平洋に展開するために非常に重要な地域だ。ロシア軍は日本がいつか拡張的な政策をとり、ロシアのルートを断つのではないかと恐れている。

さらに、諸島周辺には、価値の高いレアアースや炭化水素が埋蔵されている。

Image copyright AFP
Image caption 2010年には当時のメドベージェフ首相が国後島を訪れた

今回予想されるのは?

日本が領土問題への態度を再考している兆候があり、平和条約締結後にまず小さい方の2島を返還を明示する1956年の共同宣言を復活させるかもしれない。

それでも、多くの専門家は最終的な結論は今週は出ないだろうと話している。

ロシアは、ウクライナをめぐる対立を受けて実施されている西側諸国と日本の経済制裁から打撃を受けており、経済成長率は低下している。そのためプーチン大統領は、日本企業との合意を取り付け、投資を呼び込もうとするだろう。

しかし日本政府は、経済制裁を損なうような経済協力には合意できないとの立場だ。

(英語記事 The islands in the way of WW2 peace deal between Russia and Japan

この話題についてさらに読む