韓国が歴史教科書を書き換える理由

韓国政府による歴史教科書の国定化に抗議して、引退した教師たちもデモに参加した(11月3日、ソウル) Image copyright AFP/Getty
Image caption 韓国政府による歴史教科書の国定化に抗議して、引退した教師たちもデモに参加した(11月3日、ソウル)

学校の教科書が街頭デモの対象になることはあまりないが、韓国では歴史の国定教科書をつくるという政府の計画が論議を呼んでいる。首都ソウルでは先月、デモ隊が路上に繰り出し、警察が水砲で排除しようとした。

韓国の人々にとって、歴史は学問の世界に閉じ込められた無味乾燥な話題ではない。感情を激しく揺さぶられるテーマなのだ。

韓国では現在、複数の研究者が個別に執筆した複数の歴史教科書が発行されている。しかし中道右派の現政権は、これらの内容が左寄りに偏向していると主張し、国定教科書に一本化しようとしている。

お使いの端末ではメディアプレイバックはご利用になれません
韓国政府はなぜ歴史教科書を書き換えようと 

「現行の教科書にはいくつか誤りがあるため、改訂してその誤りを修正したいと考えている」。国定教科書プロジェクトの責任者、パクソンミン氏はBBCにこう語った。「執筆者たちは見解を変えようとしないので、政府が正確な教科書をつくる」ことにしたのだという。

教科書は「世界史上最短の期間で民主化と産業化を同時に成し遂げた、韓国の輝かしい歴史」を教えるべきだと、ある閣僚は力説する。

別の保守派閣僚は、現行の歴史教科書が北朝鮮に対してあまりに無批判だと主張。「例えばひとつの教科書では、北朝鮮の記述に独裁的という言葉が2回しか出てこなかった。韓国に対しては28回も使っているのに」と指摘する。

Image copyright AP
Image caption 朝鮮戦争を休戦協定で終わらせた南北朝鮮は平和条約に調印していないため、法律的にはまだ戦争状態にある

政府の計画は国内外で大きな物議を醸している。

ソウルにある延世大学の文正仁(ムンジョンイン)教授はBBCのインタビューで、「なぜ教科書を一本化しなければならないのか。生徒たちに選択肢を与えるために、複数の意見を示す必要がある。歴史には何通りもの解釈があり得るものだ」と語った。

さらにより広い論点として、そもそもなぜ歴史を学ぶのかという問題がある。こう指摘するのは、英ロンドン大学東洋アフリカ学院(SOAS)の韓国研究専門家、オーウェン・ミラー氏だ。

「歴史とは単に、国家への忠誠心を植え付けるための道具なのか。あるいはそこから何かを学び取れるような、批判的思考力を持った市民を育てることが重要なのか」

大統領をめぐる論議

政府の計画が論議を呼ぶ背景には、現大統領の朴槿恵(パククネ)氏が朴正煕(パクチョンヒ)元大統領の娘だという事実が関係している。1979年に暗殺された朴元大統領は、何かと評価の分かれる人物だ。

Image caption 朴正煕元大統領の霊廟

元大統領は軍将校だった1961年にクーデターを率いて政権を握った。同政権下の治安機関は、極めて残忍な手段で社会を締め付けた。

一方では、韓国の急速な産業化を率いた功績が広く認められている。ゼロから立ち上げて育成すべき産業を自ら指定し、国内の資産家たちに投資を命じた。

元大統領はこうして、韓国繁栄の父と称えられるようになった。出生地には巨大な像が祭られている(これはたまたまながら、北朝鮮が指導者崇拝のために建てる像とよく似ている)。

Image caption 朴正煕氏の出生地・亀尾市に立つ像

像の銘板に、元大統領の負の部分は書かれていない。

旧日本軍に属した戦時中の記録は抜け落ちている。日本の植民地支配に加担した過去は、韓国では相変わらず際どい話題なのだ。元大統領の軍服姿の写真はどこにも見当たらない。

新たな歴史教科書でも同じように、負の側面を排除した過去が描かれるのではないか。反対派はそう懸念する。朴槿恵大統領がこの計画にこだわるのは、父の経歴から暗部を隠したいからだろうと反対派は見ている。

対立する見解

歴史解釈をめぐって左派と右派の意見が分かれる分野は、ほかにも色々ある。

朝鮮戦争の原因がそのひとつだ。右派に言わせれば、戦争は明らかに北朝鮮側の一方的な侵略から始まった。

これに対して左派は、もっと複雑な経緯があったと見ている。1950年に北朝鮮が侵攻してくる前から、土地所有権などをめぐり内戦が始まっていたというのだ。

このような見方には、北朝鮮へのある種の共感が込められている。一部の左派にとって、北朝鮮は侵略者と言い切れる相手ではなく、同じ内戦の犠牲者なのだ。

Image copyright AFP/Getty Images
Image caption 南へ逃げる朝鮮の人たち。1951年1月18日付で場所は不明。多くの市民が住む場所を失った朝鮮戦争がそもそもなぜ始まったのかについて、さまざまな意見がある。

歴史教育で論争が起きているのは韓国だけではない。

日本にもよく似た論争がある。保守派は戦時中の日本軍兵士による残虐行為を強調するべきではないと力説し、領有権の主張が重なる土地を日本固有の領土だと教えるよう求めている。

東アジアのこの地域では歴史が今も盛んに議論され、葛藤(かっとう)を生み続けているのだ。

Image copyright AFP/Getty Images
Image caption A級戦犯をまつる靖国神社に参拝する閣僚たち。10月20日。

米テキサス州にも同じことがいえる。ここでは州の教育委員会が教科書の採用を決めている。審査会では右派と左派が奴隷制度などの解釈をめぐって激しく対立し、感情的な議論が飛び交うことも珍しくない。

同州では今年、教科書が奴隷を「労働者」と呼んでいることに15歳の生徒が気付き、この部分を撮影してインターネットに流した。画像はネット上で一気に広まった。

テキサスでは現在、教科書の選択に歴史学者の意見をもっと取り入れるべきかどうか議論されている。

英作家ジョージ・オーウェルの小説「1984年」には、架空の全体主義政政権のスローガンとして「過去を支配するものは未来を支配する」という言葉が出てきた。

教科書論争が起きている韓国や日本、テキサスは全体主義国家ではない。真の独裁体制の下では、政府が歴史教育を完全に管理するはずだ。

ただ、これら3カ所のどこを見ても、政府に抵抗する人々は一様に民主主義の衰退を懸念している。

歴史は大事だ。歴史とはつまり政治であり、政治ならではのあらゆる激情をかきたてる。ソウルや東京、ヒューストンの人々は、そのことをよく知っている。

(英語記事 Why South Korea is rewriting its history books

この話題についてさらに読む