ロンドンの「あの」ドアがたちまち追悼の場に デイビッド・ボウイさん死去

Ziggy Stardust and the Spiders From Mars Image copyright RCA
Image caption 「Ziggy Stardust and the Spiders From Mars」のカバー写真はロンドンのヘッドン・ストリートで撮影された

1月の寒い曇り空の下、ジギー・スターダストが地球に落ちた路地へと静かに歩いていく人の流れは、いつまでも途絶えることがなかった。

44年前のちょうど同じころ、ボウイがここに立っていたのだ。左足のブーツをちょっと斜めにまげて。真青のジャンプスーツの胸をはだけて。くすんだ黄色い髪の下に、奇妙に人目を引く表情を浮かべて。肩にはレスポールのギターを引っ提げて。

周りに宵闇が迫るなか、光る灯りの下に立つボウイのこの写真は、最も印象的なアルバム・カバーのひとつとして音楽史に確固たる地位を刻むことになる。

だからこのヘッドン・ストリートが今、にぎわっているのだ。レストランやバーが居並ぶしゃれたレンガ細工のこの通りは、ロンドン中心部のあちこちにあるおしゃれな路地のひとつで、特に何の変哲もないように見える。しかしそれだけではないのだ。

そしてこの通りの23番地は、今や祭壇だ。

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Image caption アルバムカバー写真の撮影場所を記念する標識
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Image caption 23番地にはたくさんの花束やメッセージが置かれた。「デイビッド・ボウイ、安らかに。音楽のヒーロー。あなたの音楽は私の心の中で永遠です」。

スチルやビデオのカメラマンが何人か、路地の光景を見渡している。人が入れ代わり立ち代わりやってくる。ファンが思い出話を分かち合っている。携帯電話で「Heroes」を鳴らしながら、「ボウイはすべてだ」と語っている男性もいる。

ロンドンに住むシーラ・キリックさん(57)は、真紅のバラを供えるためにやってきた。「あんな人はほかにいなかった。ほかとまったく違ってた」と話す。

「60年代は暗かったでしょ。白黒で。ストーンズにしろビートルズにしろ。それが70年代になってボウイがいきなり登場して、極彩色で派手で、アーティスティックだった。天才的なクリエーターだった」

キリックさんはボウイのライブを9回観た。思い出しながら微笑み、目に涙を浮かべた。

「私のヒーローだった。10代のころもここによく来て、当時は携帯電話もなかったけど、ただそこに立って」とキリックさんは戸口を指さす。「厚底靴を履いて、いかにもボウイ的な髪型とハイネックのストライプシャツで、笑いながらみんなでそこに立ってたんです」。

「あまりに悲しかったので、ここに来るのもいいかなと思った」

供えられた花束のひとつには、「火星でグッドラック」とメッセージが添えてある。「デイビッド・ボウイ安らかに。私の音楽のヒーロー」と書かれた花束もある。

茶色い包装紙に包まれた赤いバラの花束には、黒いマジックで「ジギー」と書いてある。21番地の窓には、「ジギー・スターダスト」のカバーがポスターになって貼ってある。ボウイのヒット曲が次々に聞こえてくる。

Image caption ファンのポール・モリスさん。「どうしても来て追悼したかった」
Image caption ファンのフランシス・コリンさん。「表現できないと思ってたものを、ボウイは言葉にしてくれた」

英北部カンブリア出身のポール・モリスさん(48)は40年以上前からのファンだ。「朝からずっと泣きっぱなし」と言う。

「1日中ずっと家にこもってカーテンを閉めて、デイビッド・ボウイのレコードをかけ続けようかとも思ったんだけど。でもどうしても来て追悼したかった。パリッとしたスーツを着て、彼のために乾杯したかった」

ロンドン出身のフランシス・コリンさん(45)は、ボウイが「家族の一員みたいだった」と話す。

「ものすごくショックです。がんにかかっていたなんて知らなかったので。こんなこと表現できないと思ってたものを、彼は音楽を通じて言葉にしてくれた。あの人の音楽も、あの人そのものも、ファッションも、本当に影響されました」

濃いサングラスと真赤な口紅のロンドン出身のパオラ・ケルマンさん(56)は、ボウイが「一番のヒーローだった」と話す。

「この場所には何年も前から何回も来てます。来るたびに帽子をちょっとかしげて、『デイビッド、音楽をありがとう』とあいさつしてきた。だから今日という日にふさわしい場所だなと思って来ました」

Image caption ボウイが生まれたロンドン南部ブリクストンには、「アラディン・セイン」メイクのボウイが壁画になっている
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Image caption 同じ絵のタトゥーを背中に入れたファンも、ここを訪れた

デイビッド・ジョーンズが生まれたロンドン南部ブリクストンでは、場の空気はもっと生々しく混沌としていた。

モーリーズ百貨店の壁に描かれたボウイの極彩色の壁画の前には、人垣が何重にもできていた。

地面には様々なメッセージが添えられた花束が積み上げられ、ほのかに灯るろうそくが点々としている。その上から、「アラディン・セイン」に扮したボウイが、トレードマークの稲妻模様と青い瞳で、こちらを見つめ返してくる。集まった人たちは順番を待ってその前に立ち、静かに想いに浸る。

居並ぶカメラマンの前を涙を流しながら通りぬけ、追悼しに行く人もいる。

「スターマン、ありがとう。自分の青春の音楽だ。安らかに眠って」と思いのたけをつづったカードがあった。「安らかにロック」とだけ書かれたものもある。

「あなたの音楽は44年間、私の人生のサントラだった。そのあとは家族の人生のサントラにもなった。この喪失感はとても言葉にできない」と書かれたカードもあった。

「デイビッド・ジョーンズは星屑とルージュで彩られた仮面をつけて、裸で震えてる不格好な少年たちに教えてくれた。君たちも最高に輝けるんだよって」と詩的につづった人もいる。

Image caption ブリクストンの壁画前に供えられた花はどんどん増えていった

ルース・アダムさん(54)は英南部サリーからやってきた。訃報を聞くや、すぐにブリクストンに向かったという。「今日はここにしかいられないから」。

誰かが誤ってろうそくを供花の中に蹴りこんでしまう。花束がいくつか燃え始めるが、アダムさんが踏んで消し止めた。それから自分が書いたメッセージを教えてくれた。

「あなたは私を導いてくれる星だった。はかりきれないものを世界に与えてくれた」

アダムさんは追悼の気持ちを込めて、一番高いラメ入りの赤い口紅をつけ、エメラルド色の星のネックレスとボウイの名前がプリントされたコートで着飾ってやってきた。

「いてもたってもいられなくて。何かしないとどうしようもなくて。朝に知って、ものすごいショックだったので、ここに来るって一瞬にして決心したから、ボウイ関連の物を手当たり次第につかんで身に着けたんです」

世界はデイビッド・ボウイを今後どう記憶していくと思うと尋ねてみた。

「史上最高の音楽家です」と答えてからアダムさんはこう言い直した。「いえ、史上最高のクリエーターです」。

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Image caption 11日夜になるとブリクストンの壁画前の人だかりは大群衆にふくれあがっていた。

日が落ちて周りは暗くなり、小雨も降り始める。けれども訪れる人の流れは一向に途切れる気配さえ見せない。それどころか、どんどん増えていく。ユニオンジャックに身をくるんだ男性がやってきた。スタッドだらけのジャケット姿の人も。観光客や、おしゃれな10代の集団も来る。作業服の人たちも。あぐらをかいて座り込んだ何人かのファンが「スターマン」を歌い始める。警官数人がそれを眺めている。

壁画の前の紙切れには「ボウイ、私たちのきれいなスターマン。私たちに会いに来てくれてありがとう。頭の中をぶっとばしてくれてありがとう。ティーとブリクストン大好き」と書かれたものもある。

シングル「Memory of a Free Festival」の歌詞を引用して「僕たちの曲をかけて手の中におさまったロンドンの空を感じた 神の光で粗く純朴だった まるで天国だった」と書かれたカードもあった。

「安らかに休んでください、デイビッド・ボウイ」とカードは結んでいた。

Image caption ブリクストンのリッツィ映画館も「ブリクストンの子」ボウイを追悼した。

壁画から、近くのスタンスフィールド通りにあるボウイの生家へ「巡礼」するファンもいる。

この通りは暗く、静かだ。アラディン・セインの壁画の前の人ごみやカメラの光とは別世界だ。人の流れは途切れないが、花束やろうそくを置くだけで、すぐに立ち去る。

近くに住むアナ・モナチェロさん(44)は泣いている。

「本物の才人をこの世は失ってしまった。みんな彼と一緒に年を取ってきたのに。本当にショックです」

チリ出身のミュージシャン、ガロ・アクムさん(32)はカードを置いた。「音楽と芸術とインスピレーションをありがとうと書いたんです」と言う。

電子音楽を専門にするアクムさんはさらに、「亡くなったのは悲しいけれども、残してくれた音楽や才能や芸術はものすごく大きい、素敵な贈り物です。それがあるおかげで僕たちはこれからも世界のために美しいものを造り続けることができる」と感謝の気持ちを強調した。

ブリクストンでは、リッツィ映画館とブリクストン・アカデミーも、地元出身のボウイを称賛するサインを掲げた。

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デイビッド・ボウイ追悼 変身と挑戦を振り返る 

各地での追悼はこれからもしばらくは続くのだろう。

(英語記事 David Bowie fans create makeshift London shrines

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