福島第1原発事故 放射線より避難の害が大きいことも?

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ特派員

避難区域 Image copyright Getty Images
Image caption 避難区域の一部には戻れるようになったが、まだ多くの地区で立ち入り制限されている

福島第1原発周辺の避難区域は、奇妙に美しい。原発からわずか2キロしか離れていない小さいな大熊町は、都会生活の喧騒に慣れてしまった私の人間くさい目には、非現実的なものに見える。

そこには民家や店舗がある。駐車中の自動車は整然と並び、遠方では信号がオレンジ色に点滅している。けれども私のほかに人間はひとりもいない。しばらく待っていると、タヌキが道をさっと渡っていくのが見える。近くの川辺ではサルの群れがのんびりウロウロしている。

自分の放射線測定器を見下ろす。毎時3マイクロシーベルト(μSv)と表示される。ここには少ししかいないので心配ではないが、ここに帰還しても「安全」だと日本政府が定める基準値の10倍以上だ。

そのためこの場所は当面、帰還困難区域に指定された。つまり、かつてここに暮らしていた人たちは今後ずっと、ここに戻れないということだ。

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Watch: Aerial footage of a Fukushima radioactive waste dump

それがどういうことか、考えてみてもらいたい。自分が生まれ育った町や村、自分の家族が何世代にもわたって暮らしてきたかもしれない場所を思い浮かべて、自分がそこにもう二度と戻れないのだと、想像してみてもらいたい。

その現実に、志賀さん一家は直面している。大熊町から数キロ北に離れた大堀村の出身だ。松林に覆われた山を背に、谷間にこじんまりと収まるのどかな村だ。

大熊町は美しい陶器の里として知られていた。ほとんどの家に作陶の工房がある。志賀さんは16代目の窯元だ。

私と一緒に自宅に戻るため、志賀さんは特別許可を得なくてはならなかった。許される滞在時間は最長5時間で、白い防護服とマスクの常時着用を指示された。大きい放射線測定器を手にしている。

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日本人は感情表現が苦手だと、決まり文句のように言われる。決まり文句ではあるが、往々にして本当だ。志賀さんの心の揺れを理解するには、礼儀正しい笑顔を見ずに、その声に込められた苦しみを聴き取らなくてはならない。

「ここを後にして、先祖が許してくれるといいのですが。戻ってこれないのは自分のせいではないので。故郷を奪われてしまった。帰ってきたい。自分の家には強い愛着がある。けれどもそれを自分に対して認めるのは辛すぎる。なので考えないようにしている」と志賀さんは話す。

けれども、もしかすると、志賀さんが希望するなら帰宅は認められるべきなのかもしれない。もちろん簡単なことではない。自宅の中は今やめちゃくちゃだ。野生のイノシシが入り込み、片端からひっくり返していった。

屋根からは雨漏りがするし、水のせいでおそらく家は改築が必要だろう。電気も水道も通っていないし、地震で破損した道路はそのままだ。けれどもそれはどれも直せる。問題は、放射能だ。

放射能は人をとても感情的にする話題だ。どこまでが「安全」なのか、科学者の間でさえ激しい異論がある。しかし今では、放射線の危険をもう少し「理性的に」議論しようと呼びかける科学者が何人かいる。

インペリアル・コレッジ・ロンドンのジェラルディン・トマス教授はその一人だ。放射線が人体に与える影響について、英国有数の研究者だ。英政府に助言するため年に何度か日本を訪れている。教授は、福島第一原発の周辺に住んでいた人たちの帰宅する権利を、強く訴えてきた。

大熊町の中を私と歩きながら、トマス教授は、政府が支給する防護服とマスクは不要だと述べた。

「戻っても安全だと、住民が納得しなくてはなりません。多くの人はもう別の場所で生活を築いていて、帰ってきたくないかもしれません。けれども放射線という意味で言えば、私たちがいま浴びている量はとても少ないし、建物の中にいれば、屋外にいるよりも浴びる量はさらに少ない」

ということは、世界中のマスコミがこの問題について誤って報道してきたのだろうか?

「私はそうだと思っています」と教授は言う。「大災害をもたらしたのは放射能ではありません。放射能に対する私たちの反応、ほかの人に伝えた恐怖、これは本当に危険なんだと言ったことが、災害を作りました。本当に危険ではないし、少なくとも今と同じレベルの環境放射線量で暮らしているところは、世界中にたくさんあります」。

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Image caption 岩手県宮古市を襲った津波(2011年3月11日)

教授の発言を書き写しながら、早くも抗議の声が聞こえてくる。トマス教授の意見は「極端」だと。多くの高名な科学者が異論を唱えていると。けれどもここでしばし、事実関係を見てみよう。

帰還困難区域内の大熊町と浪江町を最近訪れた私は、計ったところ毎時3マイクロシーベルトほどの線量を浴びた。いずれも立ち入りが制限され除染作業も行われていない地区にも入ってのことだ。もしそこで毎日屋外に12時間立ち続けた場合、私は通常より年間約13ミリシーベルト(mSV)多く被曝することになる。

これは些細な数値ではないが、長期的な健康状態に危険を及ぼすとされる数字よりははるかに少ない。

ほとんどの国は、原子力発電業界の放射線従事者の被曝限度を年間20mSVとしている。英国南西部コーンウォールには、環境放射線量が年間8mSVに達する場所もある。

世界で最も環境放射線量が高いのはイランのラムサールで、年間250mSVという驚くべき値だ。

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Image caption 放射線測定を受ける子供

もちろんこれは恐ろしく複雑な問題で、私が「ホットスポット」の危険を無視しているという人や、飲食物やほこりからセシウム粒子を体内に入れて内部被曝することの危険性を無視していると反論する人もいるだろう。しかし、福島のメルトダウンから5年たって、まだ10万人もの人が帰宅できていない。これはとてつもない悲劇だ。

トマス教授が主張するように、もし放射線の危険が誇張されていると科学が証明しているなら、住民を苦しめてきた悲劇は不要に大きいのかもしれない。

(英語記事 Is Fukushima's exclusion zone doing more harm than radiation?

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