私の秘密――同性愛を否定する宗教と家族で育ったが……

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チャヤさん(仮名)は超正統派ユダヤ教徒の女性で、同性愛者でもある。BBCとのインタビューで、自分の性的指向を受け入れるまでの葛藤(かっとう)や、周りの人々に隠し通さなければならない理由を語った。周りに知られれば、自分自身のアイデンティティーを取るか、家族を取るかの選択を迫られることになるからだ――。


もし自分が同性愛者だと告白したら、私は何もかも失ってしまう。私たちの社会は結びつきが強くて、世間からとても遠く隔絶されているけれど、それを自覚している人は多分めったにいない。私の住む世界では、同性愛者は悪人と同じ。同性愛は自然の摂理に真っ向からから反する、邪悪な欲望だと思われている。

一緒に育ってきた友だちからも疑いの目で見られるだろう。同性愛者の私が信仰心を持てるなんて、信じてくれる人はほとんどいないはず。その末に超正統派のコミュニティーから出て行くことになれば、私は仕事も家も、もしかしたら子どもたちまで失ってしまう。

私には変わったところなど何もないと、みんなでそういうふりをする方が楽なのだ。実際ほとんどの人は、この世に同性愛など存在しないかのようにふるまいたがる。

まだ学校に通っていた頃、同性愛者だということを初めてラビ(ユダヤ教の聖職者)に告白してみた。ラビから返ってきたのはただ「そういう年頃なのです。多くの女の子が経験することです」という答えだった。

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Image caption ロンドンの超正統派ユダヤ教の男性たち

思春期に同性愛を体験することは、確かに珍しくない。私たちの学校は完全な男女別学なので、子どもたちは3歳以降、異性とほとんどかかわりを持たない。特に厳格な家庭では、異性のきょうだいが一緒に遊ぶことさえ控えさせるほどだ。

子どもは新しいことを試してみたがるものだ。私が女の子と関係をもつようになったのは12歳の時からだが、それはだれもがやがて卒業する体験のはずだった。ただ私は他の子たちと違っていて、成長するにつれ同級生から「レズビアン」と呼ばれるようになった。実際には、その頃の私はもう何もしていなかったのだけれど。

真実を無視し続けるのがだんだんと難しくなり、母に打ち明けてみたのは16歳の時。勇気を振り絞って口に出したのに、母は私を真正面から見据えて、私の言うことをただちに否定した。あれ以来、母と正面からこの話をしたことはない。

それからまもなく、両親は私のお見合いをもくろみ始めた。私のように問題のあるケースを扱う仲介人もたくさんいて、婚約にこぎ着けた場合は最高1万5000ポンド(約230万円)の報酬が払われる。でもうちの家族は、自分たちで相手を探そうということになった。夫探しには私以外の全員が参加した。

身元調査が終わって相手の男性が合格となると、次に30分ほどの顔合わせがあった。ダイニングルームで彼の家族と私の家族がテーブルを囲み、何分間かぎこちない会話を交わした。それからみんなが出て行って、私たちは2人だけでぎこちない思いを分け合うはめになった。

そんな感じではあったけれど、私は婚約してほっとしていた気がする。正式なカップルになることで、私にもついに居場所ができると思ったのだ。その一方で結婚を数カ月後に控えた頃、私はある女性とつきあい始めた。私たちは内緒のままつきあって、結婚式の直前に別れた。おかしな話に聞こえるかもしれないけれど、私はその時もまだ、何もかも過去のことにできるはずだと思っていた。

Image caption チャヤさんはしきたりに従って、結婚以来、かつらをかぶり続けている

結婚式の日が近づくにつれ、不安が膨らんでいった。式を挙げた日に初夜を迎えることになるのは知っていた。ただお祝いが明け方の5時まで続くこともあるので、その場合は初夜が翌日に持ち越される。避妊は好ましくないとされているのだが、その夜が生理と重ならないようピル(避妊薬)を飲まされた。夫も私も、何をどうすればいいのか分からないままだった。彼はあまりにも荒っぽくて、行為は延々と続いた。

私たちの社会では子だくさんが奨励される。私はまもなく妊娠した。結婚式の後もピルを飲み続けたいと思ったら、ラビの許しを得る必要がある。そんなことは、子どもを少なくとも2人は産むまでとても言い出せないと、私は感じていた。

妊娠したらその子どもが自分の人質になり、自分もまたその子の人質になる。我が子に自分の身を捕らわれるのだ。子どもは8~9人産むのが望ましいとされていて、私は立て続けに妊娠した。自分の中にだんだんと感情がうっ積していく。とうとうある日、どこか小さな袋小路を歩いている時に頭の中で雑音が鳴り響き、大声でこう叫び出していた。「私はゲイ(同性愛者)だ、私はゲイだ、私はゲイだ!」

これをきっかけに何とかしなければならないという気持ちになり、やがて夫に打ち明けた。夫はその時すでに、私が同性愛者だということを知っていたと思う。それでも、これはきっとただの潜在的な欲望にすぎないと自分に言い聞かせていたのだろう。私にとっては切り離すことのできない、アイデンティティーの一部なのに。

私たちはこれからどうするか、今もまだ決まっていない。子供たちがいるし、家族の形はうまくいっている。夫と私が別れれば、それを全て失ってしまう。家族がバラバラになったら全員が何かを失うことになると思う。だから結婚生活は続けた方がいいのだろう。

どういう形になるかは分からないけれど、家族が一緒にいられたらいいなと思う。人の間柄にはさまざまな形がある。人と人をつなぎとめるにはどうするべきかという方法について、ラビたちは独自の考えを持っている。私のような場合は、夫婦がどちらも幸せになれる道を探すのではなく、ただ私が戒律に従って妻としての務めを果たすべきだということになるだろう。それはもちろん、私の本心とは全く逆の考えだ。

私が戒律に従いさえすれば、この家ははるかにうまくいく。そう知りながら暮らすのは苦しいことだ。全て私が悪いのだという気持ちになってしまう。けれど、もしも超党派ユダヤ教徒であることと同性愛者であることが両立できないとしたら、神様は私をこのようにおつくりにならなかったはずだと思う。

私は何か計画があってこのようにつくられたのだ。それがどんな計画なのか、私にはまだ分からないけれど。信仰は私にとって真の安らぎになったが、ここへたどり着くまでには長い時間がかかった。私の宗教は儀式や祈り、礼拝、信仰行為で成り立っていて、それぞれに意味がある。これらを捨てなければならない理由などないと、私は思っている。

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自分のアイデンティティーのひとつの面を選び、もうひとつを捨てるなんて間違っている。これは性的指向だけの問題ではなく、コミュニティーの中で個人として生きること、自意識を持つことにもかかわる問題だ。理想とされる妻の伝統的な役割とは家族の先頭に立ち、信仰面では夫に従う強い女性だ。

妻はその家の女王ということになっている。結婚当初は夫がまだ神学生として律法を学んでいて、妻が家計の大半を担うケースも多い。家の外へ働きに出ることもあるが、働き方には細かい制限がある。

多くの女性は居住区内にある私立学校の教師や、秘書の仕事をしている。身だしなみの決まりは特に厳しい。夫にとっては魅力的な妻でありながら、他の人に魅力的に見えてはいけないとされているからだ。

その加減は難しい。ひじから鎖骨、そしてひざまでは全て覆うのが決まりだ。もっと厳しく考える人もいて、スカートの丈は座った時にひざが隠れるよう、ふくらはぎの半ばまでくるべきだという。髪はいつも完全に覆っていなければならないし、人目を引いてはいけない。

周りになじまない者がいたら、人のうわさになる。私は野心家で、家にとらわれず、その上あまり女らしくない。女たちは大勢で助け合うのが普通だ。親戚の人数が多いから、料理や子どもの世話など、日々の家事を手伝い合える姉妹や女のいとこがたくさんいる。でも周りと同じようにふるまわなければ、彼女たちは手を差し伸べてくれなくなってしまう。

私はずっと厄介者呼ばわりされてきた。私がうまくやれないのは「慎みに欠けている」からだと言う人もいる。スカートが短過ぎるだの、タイツの厚みが足りないだのと言われ、髪型も話の種にされる。

私たちの社会では、頭を常に何かで覆うことになっている。私も仕事の場ではたいていウィッグを着けるけれど、それ以外の時は帽子かスヌードを使う。かぶり物の下の髪は短く刈っている。皮肉なことに、これはとがめられない。髪をそるのは信心深さの証とされているからだ。多くの女性は結婚式の翌朝、夫の母に髪をそってもらう。でも私の髪は私が自分で選んだスタイルだから、それとは違う。

私はどうやら自分自身の髪を取り戻すことができたようだ。今度は自分の宗教を取り戻すために、やるべきことがまだたくさんある。見渡せば宗教の精神をゆがめている人がたくさんいるけれど、そういう人々にゆがめさせてはならない。彼らに崇高な魂は宿っていない。

私は自分自身の宗教のあるじだ。これからもずっとユダヤ教徒であり続けるだろう。それは他のことと同じように、私のアイデンティティーの一部だから。呼び名だって考えてある。「超正統派」や「現代正統派」という呼び方はもうあるので、それとは別に私の宗教を「正直な正統派」と名付けよう。ひょっとして40年後には、これがひとつの運動になっているかもしれない。


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Image caption 超正統派ユダヤ教のコミュニティでは身だしなみが重視される

<英国の超正統派ユダヤ教徒>

・超正統派コミュニティーの中にもさまざまな系統がある。

・超正統派ユダヤ教徒の大半はロンドン市内に住んでいる。ロンドン北部のハックニー特別区当局によると、同区内には超正統派の住民が約3万人いると推定される。

・超正統派のシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)に所属する信者の数は過去20年間、着実に増え続けている。

・英シンクタンクのユダヤ人政策研究所(JPR)によると、5歳未満のユダヤ教の子どもたちのうち3分の1は超正統派を両親に持つ。

・超正統派は今世紀末までに、英国内のユダヤ教徒の過半数を占めると予想される。

<英国内の支援、相談機関>

・「ストーンウォール」は性的少数者のカミングアウトに関する支援と助言を提供している。

・「スイッチボード」は性的少数者らを対象とした電話相談サービスを設けている。

・「マバール」は「超正統派コミュニティーの人々が新たな生き方を探すのをお手伝いする秘密厳守のサービス」を掲げる。


(英語記事 My secret life as a gay ultra-Orthodox Jew

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