天皇陛下について10のこと

東北新幹線で栃木県那須の御用邸に向かう天皇ご夫妻 Image copyright AP
Image caption 東北新幹線で栃木県那須の御用邸に向かう天皇ご夫妻(7月25日)

日本の皇室はかつて国民から遠くかけ離れた存在だった。1945年8月15日の玉音放送で初めて昭和天皇の声を聞いた多くの国民が、衝撃を受けたほどだ。

息子の今上天皇は、皇室がより親しみやすい、憲法が規定するような「日本国民統合の象徴」となるよう、改革に取り組んできた。

8日の「お気持ち」表明で、象徴天皇の立場を譲位したいとかつてないほど強く示唆した天皇陛下について、10のことを振り返る。

Image caption 皇室の家系図

1. 家系はとても古い

1933年12月23日に生まれた陛下は、第125代天皇。家系は2600年以上前までさかのぼるとされ、世界最古の現存する世襲制王室・皇室だ。

格式を厳しく重んじる皇室の伝統にのっとり、2歳から両親のもとを離れ、赤坂離宮構内の東宮仮御所で育てられた。

2. しかしその結婚は伝統を破るものだった

Image copyright Getty Images/Asahi Shimbun

皇太子だった陛下は1959年、1500年来の伝統を破り、平民出身の女性、正田美智子さんと結婚した。軽井沢のテニスコートで出会ったため「テニスコートのロマンス」と呼ばれた。ご夫妻には子供3人と孫4人がいる。

3. 「菊の玉座」に座る

天皇家の家紋は、16花弁の八重菊だ。これを受けて、英語記事ではしばしば天皇位のことを「Chrysanthemum Throne」(菊の玉座)と表現する。

1989年1月に昭和天皇が死去したのに伴い、今上天皇は即位したが、即位の儀式が完了するまでには2年近くかかった。伝統的に皇室の先祖とされる太陽の女神・天照大神(アマテラスオオミカミ)を祭る伊勢神宮での儀式も、即位のための手続きの一環だった。

4. 神ではない

第2次世界大戦で日本が降伏した後、昭和天皇は「現人神」としての神格を公式に否定した。

Image copyright AFP
Image caption 現人神ではなくても、天皇は今でも日本伝統の宗教・神道の最高位の神職。写真は1990年11月12日、皇居で即位の礼に臨む天皇ご夫妻。

終戦直後に連合軍総司令部(GHQ)が起草した日本国憲法は、天皇を国の「象徴」と規定しており、皇室もそれを守ってきた。8日の「お気持ち」でも、「象徴天皇の務め」「象徴としての役割」「天皇という象徴の立」などの表現が繰り返された。

一方で日本国内には今でも少数ながら、天皇は神である、あるいは少なくとも神として扱うべきと主張する人もいる。

5. ブッシュ米大統領とテニスをしたことがある

Image copyright Getty Images/Asahi Shimbun
Image caption 1987年10月に訪米した皇太子当時の陛下は、副大統領公邸で当時のジョージ・H・W・ブッシュ副大統領、およびシュルツ国務長官とテニスを楽しんだ。

歴代の天皇とは比べものにならないほど、陛下は数多くの国を訪れ、外国要人と交流している。1998年には、日本軍の戦争捕虜になった一部の元英国兵の抗議を押して、英国を公式訪問。エリザベス女王と会談し、公式晩餐会に出席している。

米国のジョージ・H・W・ブッシュ氏と2度にわたりテニスをし、2度とも勝っている。ただし、1992年に大統領として訪米したブッシュ氏は、試合から間もなく公式晩餐会で体調を崩し、その場で宮沢喜一首相の上に嘔吐する事態となった。

6. 健康が衰えつつある

2003年に前立腺がん、2012年に心臓の冠動脈バイパス手術を受けている。

7. 女子高生が写真をツイッターに

陛下は歴代天皇よりもはるかに頻繁に国内を旅行し、市民ときさくに語らい、国民と皇室の距離を縮めるために努力を重ねてきた。

2014年に私的な旅行で栃木県を訪れた際、女子高校生が写真を撮っても、両陛下は気にする様子はなかった。ただし女子高生がこの時の写真をツイッターに投稿したところ、国民の間では議論になった。

年齢が上の人ほど非常に失礼なことだと反応しがちだったが、多くの若者にとってはこれといってどうということのない、普通のことだった。

8. 震災後きわめて大事な存在だった

Image copyright Reuters
Image caption 東日本大震災の被災者と避難所で語らう天皇ご夫妻

2011年3月16日、東日本大震災の発生から5日後に、陛下は初めてテレビ放映されたビデオメッセージを通じて国民に直接語りかけた。

今回の「お気持ち」と同様、丁寧ながらも分かりやすい表現で、「これからも皆が相携え、いたわり合って、この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願っています」と述べた。

常に控えめな表現で知られる陛下は、福島第一原発の事故についても「事態の更なる悪化が回避されることを切に願っています」と抑制的に触れた。

天皇ご夫妻は震災の翌月には被災各地を訪れ、避難所の床に膝をついて被災者と語らった。その姿は、苦しむ国民に寄り添う気持ちを表すものだと、広く受け止められた。

9. 日本を前進させた

第2次世界大戦が父・昭和天皇の名のもとに戦い、敗れた戦争だったのと対照的に、今上天皇は平和で対立しない時代の日本を導いた。

昨年8月15日の全国戦没者追悼式では「ここに過去を顧み、さきの大戦に対する深い反省と共に、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べている。

10. 自分の名前にちなんだ魚がいる

海洋生物学の研究を熱心に続けてきた陛下は、ハゼの研究が専門。ハゼの一種「エクシリアス・アキヒト (Exyrias Akihito) 」は、陛下の名前「明仁」にちなんで命名された。日本魚類学会の魚類学雑誌など学術誌にたびたび、論文を寄稿している。

ご夫妻が住む吹上御所の敷地内の大半は自然に近い状態で管理されており、陛下自身が生き物の観察記録をとっているという。

(英語記事 Japan's Emperor Akihito: Ten things you may not know

この話題についてさらに読む