これぞ究極のじゃんけん 日本芸能界でサバイバル

大井真理子、BBCニュース

Miku Tanabe in a grey pin-stripe suit with a neck tie around her head, seated on a red throne-like chair and with a trophy on her lap. Image copyright AKS
Image caption AKB48に長年在籍しているが、田名部さんは目立つ存在ではなかった

全てがじゃんけん大会で決まってしまうとしたら? それまで築き上げてきた全てが、一瞬の選択に左右されるとなったら? グー、チョキ、パー。田名部生来さん(24)のアイドル人生は、まさにその一瞬にかけられていた。

昨年10月のAKBじゃんけん大会の様子が昨年12月、インターネットで拡散されるや、騒ぎは世界に広がった。勝った瞬間の反応が人類史上、ほかのどのじゃんけん大会よりも強烈でメロドラマチックだったので。

観客の大騒ぎに囲まれた彼女は突っ伏し、嬉し涙を流し、熱狂の渦が湧き上がった――そしてついに、彼女は自分の手……この歴史的勝利の真の英雄、自分の素手を見つめたのだ。

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これぞ究極のじゃんけん AKB48田名部生来米さんに聞く

世界各地でこのビデオを拡散したほとんどの人は、肝心なことを知らずにいた。日本で大人気の女性アイドル・グループ「AKB48」の「センター」を決める大会の映像だと、ほとんどの人は知らずに、それでもビデオを共有しまくった。

「これまで10年間ずっと、テレビに出演したり、AKB48シアターでの劇場公演で前に立ったりすることがあまりなかった」と、田名部さんはBBCに話してくれた。

田名部さんのあの興奮の意味が、これでたちまち理解できた。ほとんど喜劇的といえるほどメロドラマチックなあの光景の裏には、実は彼女の個人的な野望や失望の物語があった。そして日本の音楽業界の独特なあり方を、垣間見せてくれる光景でもあったのだ。

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Image caption 非常に大所帯となったアイドル帝国のトップの座の奪い合いは激しい

2005年以来、AKB48は4000万枚以上のシングルを売り上げている。活動開始以来ずっと、社会現象と呼んでいい存在だ。

AKB48には、48人ではなく130人ほどの女の子が在籍する。全員が楽曲に参加したりテレビ出演できたりするわけではない。メンバーは秋葉原のAKB劇場で毎日ステージを行い、「会いに行けるアイドル」として人気を確立した。

メンバーは通常、人気のあるなしをもとにプロデューサーの秋元康氏が選出する。また、「AKB48総選挙」として知られるものでは2009年以降毎年、AKB48のメンバーのみならず、姉妹グループのメンバーもファンに順位付けされる。

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Image caption Ms Tanabe did not even stand in AKB48's election for the last two years, which in 2014 was won by Mayu Watanabe

メンバー間の競争は熾烈だ。日本で一番人気のポップス・グループのメンバーになったというのに、挫折感に襲われるのは簡単だ。

田名部さんはグループ在籍10年というベテランだが、これまでほとんど脚光を味わってこなかったと言っていいだろう。彼女の過去の最高位は、2014年総選挙での296人中71位だった。

その時は、71位が、自分が望める最高の結果に思えたため、過去2年はAKB総選挙に出馬さえもしなかった。

田名部さんは、成功したメンバーという評価を諦めたかのように見えた。

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Image caption AKB48の総選挙では、日本の選挙ポスターと同じ形式で出馬メンバーのポスターが作られる

しかし7年前、選抜方法は意外な方向転換をした。AKB運営が、年次じゃんけん大会を開催するようになったのだ。

この大会はどのメンバーにもチャンスを与えるため、じゃんけんで勝てば選ばれるチャンスがつかめるかもしれないと知った時、「すごくやる気がでました」と田名部さんはBBCに語った。

6年もの間、運がものを言うこのゲームで、田名部さんは優勝にまるで近づけなかった。2010年には、じゃんけん大会で12位になった。そして2016年10月がやってきた。

「決勝戦まで行った時、本当に優勝できるかもしれないと気づきました。実際は、興奮よりも怖い気持ちの方が大きかった」と当時を振り返った。

その先どうなったかは、インターネットの歴史に刻まれている。

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Image caption AKB48は実質フランチャイズで、日本とアジアで活動する姉妹「48」グループが複数存在する

優勝者として、田名部さんは7人組ユニットの新曲「逆さ坂」でセンターを務めることになった

過去10年の努力が全て報われように感じたと、田名部さんはBBCに話した。

じゃんけん大会で優勝する4カ月前、田名部さんはブログに次のように書いていた。「たぶん私のアイドルとしての寿命はもう終わりに近づいてるだろうけど、やれることだけのことはしたいなぁと思いました」。

それだけに、優勝は予想外だったが、挫折しながらもメンバーの一員としてやってきたことに、間違いはなかったと確信できたという。

ずっとAKB48のメンバーでい続けたからこそ自分は選ばれたのだと、田名部さんは言う。幸運によって、ずっと待ち望んでいた結果になったと。

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Image caption 日本では、ちょっとした議論に片をつけたい時など、じゃんけんを使う

この大会が議論を呼んでいないわけではない。

中国と日本の領土問題がここ最近で最も大きな争点となっていた2012年には、ニュース番組を止めて単なるじゃんけん大会を放送するのは何事かと、一部の視聴者の苦情がテレビ局に集まった。

すでに人気だったメンバーが2013年に優勝した時は、やらせではないかと疑う視聴者もいた。

そして田名部さんはしばし注目されたものの、シングルの売れ行きはあまり芳しくない。

日本の芸能界は入るだけでも大変だが、せっかくがんばって人気を手にしても、人気を維持するのはさらに難しい。実に残酷なまでに競争の厳しい世界だ。そして当然ながら、暗部もある

AKB48はグループとして、浮き沈みしながらこれまで生き延びてきた。それはある意味、じゃんけん大会や総選挙というリアリティ番組的要素のおかげだ。

そして田名部さんは、注目がいつまでも続くわけではないと、十分承知している。

田名部さんはCD発売の日、「もう一生センター…ないです!」と痛切なツイートで、記念に買って欲しいとファンに訴えていた。

(英語記事 Rock, paper scissors and the fierce world of Japanese pop

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