【ロンドン襲撃】 ハリド・マスード容疑者とは?

ドミニク・カシアーニ内政担当編集委員

Khalid Masood Image copyright Metropolitan Police

ロンドン中心部の英議会議事堂近くで22日午後に、大勢の死傷者を出した襲撃事件の実行犯は、警察発表によるとハリド・マスード容疑者(52)だという。

少なくとも3人の子供がいた。

ロンドン警視庁は、容疑者の誕生時の名前は「エイドリアン・ラッセル・アジャオ」だと言う。しかし複数の別名や偽名を相次ぎ使っていた容疑者の半生は、なかなか一筋縄ではいかないようだ。

英南東部ケント州ダートフォード地区の出生記録によると、容疑者は1964年12月25日、クリスマスの日に生まれ、それから間もなく「エイドリアン・ラッセル・エルムス」として届けられている。

「エルムス」は母親の姓だったが、容疑者誕生の2年後に「アジャオ」という姓の男性と結婚。容疑者はこの後、「エルムス」と「アジャオ」の両方の姓を使い分けたが、イスラム教に改宗して「マスード」を名乗るようになった。

「村でのけものに」

母親と継父は、ケント州タンブリッジウェルズに長く暮らし、当時はエイドリアンと呼ばれた幼いマスード容疑者は、地元の男子校に通った。同級生によると、「パーティー好き」の人気者で、スポーツが得意で、友人が大勢いて「誰からも好かれるいい奴」だったという。

両親は後に南西部ウェールズのカマーゼンシャーに引っ越し、警察は事件後にこの家を家宅捜索したが、事件関係者としてではない。容疑者は両親と以前から疎遠になっているという。

マスード容疑者はかねてから、暴力沙汰や公序良俗違反で繰り返し検挙されていた。

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Image caption 「エイドリアン・アジャオ」は学校のサッカーチームに加わっていた

初めての有罪判決は18歳の時。1983年11月に器物損壊罪で有罪となった。

その10年後には一見すると、落ち着いたかのように見えた。パートナーとの間に2人の子供をもうけ、南東部イーストサセックス州のノージアム村で暮らし始めた。

しかし2000年になると、「エイドリアン・エルムス」は地元のパブで重大な暴力事件を起こす。人種差別的な挑発を受けたか、あるいは村の中でのけ者にされたか、何らかのいさかいが原因だった可能性もある。

いずれにしろ容疑者は、地元ピアス・モットさんに対して激高して刃物で切りつけ、その左ほほに長さ8センチの傷を負わせた。

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Image caption 「エイドリアン・アジャオ」として、ケント州の男子校に通っていた

モットさんはすでに亡くなっているが、妻のヘザーさんは事件について「夫は、同僚をかばったんです。何がどのようになって事件が起きたのかは知りません。ピアスは、単に仲間をかばっていたんです」と話す。

「エルムス」は犯行を認め、2年のあいだ服役した。ノージアム村で暮らすことは二度となかったが、かつてのパートナーと子供たちは事件後も数年、村で暮らした。

出所後には南岸イーストボーンに移った。そこで容疑者を少し知っていたという電気技師はBBCに対して、容疑者がコカインとボディービル用のステロイド剤を使っていたと話した。

さらにここで容疑者は、自分のアイデンティティーを大きく変えようとしていた。

「2001年のクリスマス・イブのころに初めて、パブで会った。『ブラック・アディ』だと紹介された。刑務所を出たばかりだったと思う」と、電気技師はBBCに話した。

容疑者は状況によって人柄がいきなり急変する、小説「ジキルとハイド」のような人間だと思ったという。

「ピンクの髪の女たち」

「すごく礼儀正しい奴だと誰もが口を揃えたけど、ある晩、パブでビリヤードを男2人がしていたら、誰かが何かを言ったせいで、(容疑者は)キューで2人とも叩きのめしてしまった」

「コーランを持っているのに気付いて、『それ読んでるのか?』とからかったこともある。宗教にはまるタイプとはまったく思えなかったので。でもしばらく一緒に住んでいた友達に聞いたら、しょっちゅうコーランを読んでいたらしい」

「次に会ったのは2002年の夏で、ステロイドを使ってたけれども、体はそれほど大きくなかった」

「コカインはかなりたくさん使っていて、ピンク色の髪の女性が好みらしかった。彼女がひとりいて、胸にシリコンを入れてた」

この知人と容疑者は、お互いが同じ女性とつきあっていると誤解したことがある。その時「エルムス」は、友達じゃなければ顔を刺してるところだと話したという。

そして2003年には言葉通り、別の男性の顔を刺し、「エルムス」は刑務所に戻った。今度は6カ月、服役した。

合計すると「エルムス」は暴行や傷害、武器携行などの罪状で、イーストサセックス州ルース、ノーフォーク州ウェイランド、ウェストサセックス州フォードと3カ所の刑務所で服役したことになる。


Image caption マスード容疑者が暮らした場所。赤い印のダートフォードで生まれた。緑は服役した刑務所の場所。

最後の服役は40歳になる手前だった。一般論として、暴力や窃盗など細かな犯罪の世界にはまって抜けられない、怒れる若者としては、すでにかなりの年齢になっていた。

「エルムス」がいつイスラム教に改宗したのか、はっきりしたことは分からない。しかし2004年にはウェストサセックス州クローリーで、パキスタン系のムスリム(イスラム教徒)女性と結婚した。

この時点での容疑者の法律上の姓はまだ「エルムス」だが、結婚相手の親類はBBCに対して、自分たちは彼の姓は「マスード」だと思っていたと話した。

2005年11月には、サウジアラビア・ジェッダの民間航空総局で英語教師として働き始めた。

2006年には再びクローリーで有権者登録。2008年4月には再び、サウジアラビアに渡った。

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Image caption 警官を刺し、撃たれた直後に議事堂前で手当てを受けるマスード容疑者(22日、ロンドン)

イスラム教に改宗する人の多くが、同じような行動をとる。信仰や生活様式を受け入れようとする間、イスラム圏で働き生活する機会を探し続けることが多い。

マスード容疑者が生活の拠点を英国に戻したのは、2010年だった。その頃にはロンドン郊外のルートンで、アフリカ系の別の女性と暮らしていた。最初のパートナーとの間の一番上の子供も、一緒だった。

その6年後にも、容疑者は同じアフリカ系の女性とロンドン東部に暮らしていた。議会襲撃の後、この女性も一時逮捕されたが、間もなく保釈された。

容疑者の最終的な住所は、英中部バーミンガムだった。

事件に先駆けてバーミンガム北部のレンタカー店で、犯行に使った乗用車を借りた。ヒュンダイ(現代)車を借りてから1時間もしないうちに、容疑者はレンタカー会社にもう車はいらないと連絡した様子だ。

襲撃前には南岸ブライトンのホテルに泊まっていたことも分かっている。

ホテル支配人はBBCに対して、「ハリド・マスード」(訳注・警察発表の姓はMasood、ホテルで使った姓はMasoud)としてチェックインし、クレジットカードで支払ったと話した。

「人当たりがよくニコニコ」していた容疑者は、バーミンガムから友達に会いに来たのだと話したという。

受付係は、ホテルのデータベースに「良い客」と書き込んでいた。

ホテルを家宅捜索した警察は、ズボンプレスやシーツ類、タオル、やかん、トイレットペーパーのホルダーを押収した。容疑者の身柄特定に使うDNAを採取するためと思われる。

「周辺人物」

マスード容疑者は22日にホテルを出発し、その日の午後2時半過ぎに犯行を開始した。

テロ関連の犯行で有罪になったことはなく、テリーザ・メイ首相は議会に対して、事件当時に何らかの捜査対象だったこともないと報告した。

しかし「数年前」には、「過激主義の懸念に関連して一度、捜査されたことがある」と首相は補足。しかしその捜査において容疑者は「周辺人物」だったという。

「当時の捜査はすでに過去のもので、現在の情報機関による捜査対象の中には含まれていなかった」と首相は述べ、容疑者の「意図や犯行計画について、事前情報はなかった」と重ねた。

首相が報告したこの捜査とは、シリア紛争や過激派のいわゆる「イスラム国」の危機が深刻化する以前のものだと、BBCの取材で分かった。では「周辺人物」だったとは、どういうことだろう?

いくつか可能性を挙げてみる――。

・情報機関が何らかの形で監視していた重要容疑者の関係者や友人だったが、当時は結果的に、過激主義傾向がないと判断された。

・過激主義行動を意図するグループ中枢の近くにいたかもしれないが、本人は危険人物ではないと判断され、捜査対象は別の人物に移った。

・容疑者のイデオロギーや意図について懸念される追加情報があったかもしれないが、具体的な犯罪容疑を構成できるものがなく、そのうちに重大な脅威から除外された。

・あるいは、対テロ作戦の一環で逮捕されたが、後に不起訴で釈放された。

ロンドン警視庁は、容疑者が「テロ・プロパガンダに影響された単独犯だったのか、誰かに応援、あるいは支援、あるいは指揮されていたのか」理解するまで捜査を続けるつもりだと説明している。

しかしその一方で、ニール・バス警視監補は25日、容疑者が「なぜこのような犯行に及んだのか、決して理解できないままで終わる可能性を受け入れなくてはならない。なぜという理解は、本人と共に死んでしまったかもしれない」と声明を発表した。

(英語記事 London attack: Who was Khalid Masood?

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