米国の「新たな対IS戦略」、その実像は

ジョナサン・マーカス、防衛外交担当編集委員

いわゆる「イスラム国」と戦う勢力への米国支援が拡大している。写真は、ラッカ北でユーフラテス川を前にした、クルド系とアラブ系の連合勢力「シリア民主軍」(SDF)の戦闘員(3月8日)。 Image copyright Reuters
Image caption いわゆる「イスラム国」と戦う勢力への米国支援が拡大している。写真は、ラッカ北でユーフラテス川を前にした、クルド系とアラブ系の連合勢力「シリア民主軍」(SDF)の戦闘員(3月8日)。

米国のティラーソン国務長官は先日、過激派組織のいわゆる「イスラム国」(IS)と戦う国や組織による広範な有志連合の閣僚級会合に出席し、IS打倒は米国にとって今でも「中東地域における第一の目標」だと述べた。

しかしトランプ政権の発足から3カ月が過ぎ、対IS戦略の全面的な見直しが行われた今になっても、オバマ前政権が取ったアプローチとの実質的な違いは見えてこない。トランプ氏はオバマ氏の処方を強化して軍事資源を増強し、より柔軟に運用している。そこが最大の違いかもしれない。

「オバマ・プラス」

米軍は最近、シリアに追加の兵員と武器を送り込んだ。同盟勢力の作戦を支援する米軍部隊の役割は、従来よりもはるかに拡大している。

トランプ政権の「オバマ・プラス」アプローチをよく示す例のひとつが、シリア北部ラッカ近郊のタブカ・ダムに対する空爆だった。ISが支配するラッカへの補給路を断ち、孤立させる作戦の一環として実施された。米軍は有志連合側の戦闘員数百人を現地へ空輸し、通常の空軍機に加え攻撃用ヘリコプター「アパッチ」や海兵隊からの砲撃で作戦を支援した。

さらに視野を広げると、米軍の軍事顧問団は以前よりも前線に近付いたように見えるし、武装勢力の指導者らを狙った無人機攻撃は地域全体でこれまでになく活発化している。クウェートに増派された陸軍第82空挺師団の約2500人は、シリアやイラクへ素早く駆け付けることのできる実質的な予備部隊だ。

作戦を進める上で、軍の指揮官の自主性が拡大している様子がうかがえる。例えば国防総省がホワイトハウスや国家安全保障会議(NSC)から細かく口出しされることはなくなり、イラクでの空爆を現地の米司令官が要請する裁量も拡大した。

この流れからはおのずと問題が生じている。

Image caption 2月末までの有志連合による空爆回数。緑は対イラク、赤は対シリア。

一例として、民間人の死者が目立って増えているという報告がある。ただし、その理由ははっきりしない。作戦のテンポが速まったせいで誤爆が起きているのかもしれない。あるいは、イラク北部モスルの奪還作戦が最終段階に入っているため、家屋密集地域の戦闘で犠牲者が増えるのは不可避だからかもしれない。

米国の報道官は、空爆の承認手続きが最近変更されたわけではないと主張するが、イラク当局者の発言からは変更があったことがうかがえる。

有志連合の米報道官は「イラク治安部隊が空爆を必要とするその時、その場所に現場司令官がより素早く対応できる」よう、「一部の空爆について承認権限が委譲」されたことを認めている。

米軍は、部隊を前線展開していないという決まり文句を今も繰り返しつつ、イラク、シリア両国でこれまでよりずっと密接に戦闘にかかわっている。

米軍部隊は後方支援や戦闘支援、兵士らの訓練に深く関与している。つまり少なくとも軍事面では、オバマ・プラスというアプローチの成果が出ていることになる。モスル奪還の最終戦は厳しい戦いになりそうだ。ラッカでも最終的に同じ困難が待ち受けているだろう。しかしISが両都市をついに失い、自称「イスラム帝国」が崩壊することによって、大きな打撃をこうむることは間違いない。

だが、この作戦の指針となる総合的な地域戦略はどうなっているのか。さらにずばりと言ってしまえば、そもそも戦略自体が存在するのだろうか。トランプ政権は今のところ、独自の考え方をほとんど示していない。ここでも前政権のアプローチをほぼ受け継いでいるようだ。

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Image caption モスルで民間人の犠牲が増えていると言われる。写真は、イラク軍とISとの戦闘で煙が立ち上るモスル市街地。

ひとつ違うのは、シリアの避難民を保護する「安全地帯」の設置に対する姿勢だ。オバマ前政権は断固反対していた。それに対してティラーソン国務長官は漠然とした表現ながら、「暫定的な安定区域」をトルコやヨルダンとの国境沿いあたりに設置する可能性を示唆している。ただし、国境付近のかなりの地域はトルコ軍やシリアの親トルコ勢力が占領しているため、この問題の決定権は米国よりむしろトルコが握っていると言えそうだ。

オバマ政権でもそうだったが、今の米国にはシリアの、そしてイラクの将来に向けた明確で包括的な戦略が欠けている。そのために、多くの疑問点に答えがないままだ。

  • シリアでISから奪還された土地はだれの手に渡るのか。
  • 親米勢力の間でも、クルド系と親トルコ派の要求は競合する。米国はこのうち一方をどうやって選ぶのか。
  • シリア、トルコ両国で強まるイランの影響力を、どうすれば封じ込めることができるか。
  • 内戦状態のイエメンに介入しているサウジアラビア主導の連合軍に対して、米国が支援を強化することによるリスクは何か。
  • イスラム教シーア派主体のイラク政府を、スンニ派の国民がもっと受け入れやすくするためにはどうしたらいいか。
  • 米国が中東政策をめぐり、ロシアとの間で了解を取り付けることができたとして、それはどのような内容になるのか(トランプ氏は対ロ関係の改善を大々的に掲げていたが、これは世論を騒がせ続ける政権の「産みの苦しみ」のあおりを受けて、早くも消えつつある公約のひとつだ)。

米国が奮闘しているのは当然ながら軍事面、外交面に限った話ではない。このほかにイデオロギーという重大な側面もある。つまりイスラム教徒がISの有害な思想に抵抗できるよう、その心をつかむことが必要だ。ここでもまた、トランプ政権は発足早々からつまずいてしまっている。イスラム世界を主な対象とした入国禁止令や治安対策は説明が不十分で、合法性にも疑問が生じた。

米国の新政権は代々、急上昇の学習曲線をたどることが要求されるものだ。現政権もまだ発足したばかりとはいえ、世界の紛争は待ってくれない。だからこそ、トランプ政権チームによる主要ポストの任命が遅れていることも非常に気掛かりだ。米国は今、ISへの軍事作戦を強化してはいるようだが、それに伴って外交努力をまともに強化する気配はみられない。

(英語 A new US strategy in the fight against so-called Islamic State?

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