自宅が焼失――どう乗り越える?

ベサン・ベル記者、BBCニュース

ドリューさんの自宅 Image copyright Michelle Drew

ロンドン西部の公営高層住宅「グレンフェル・タワー」を襲った火災を生き延びた人たちもこれから知ることになるが、全てを失くした時に自分の生活を立て直すのは時間がかかる。火事発生直後に感じたショックが薄れ、手元に何も残っていないと気づく。文字通り何も。そんな時はどうすれば良いのだろうか?

現実的な面と気持ちの面の両方で乗り越えなくてはならないハードルがある。火事の被害に遭った3人がBBCに話をしてくれた。


靴すら履いてなかった

Image copyright Michelle Drew

英南西部バースにあるミシェル・ドリューさんの家は今年5月に火事に遭った。自閉症の息子が使うテントで火事が発生した時、ドリューさんは3人の子供と家の中にいた。火はそばにあったソファとブラインドに移り、その後居間へ、最後には家全体に燃え広がった。

ドリューさんと子供たちは全員、けがなく火事から逃げたが、所持品をすべて失った。

ドリューさんは、「火事から逃げた時の服しか持っていませんでした」「靴も履いてなかった。ただ家の外に立って、火が屋根まで燃え広がるのを見ていました」と語る。

「何も持ってなかった。家を失くし、住む場所もなかった」

幸い、一家は保険に入っていたが、保険金が下りるまでは、周りの人が与えてくれるものでしのぐしかなく、友人や家族たちの家に住んだ。

宝飾品や夫がかなり収集していた映画のコレクションなどの貴重品は焼失し、流産に終わった妊娠時に病院で撮ったスキャン画像など、思い出の品も失くなった。

だが、最も影響を受けたのは子供たちだった。

「自閉症にとって、決まった作業の繰り返しや定まったやり方はとても大事なんです。息子はあらゆる変化に対応するのに本当に苦労していました。新しい靴に変えることもできなかったのに、新しい家に変わって、息子の服やおもちゃが全部失くなったと伝えなくてはいけなかった。息子にはかなりこたえています。大混乱です」

「今は新しい家に住んでいますが、息子はまだ苦しんでいます。行儀が悪くなり、自閉症の感覚過敏の問題もあります。また、かなり物を壊すようになりました。でも周りの人たちが本当に素晴らしく、学校もとてもよく助けてくれています」

「一番下の娘には過剰運動症候群があり、なかなか動き回れませんが、乳母車をくれる人がいました。もう1人の娘は喘息の薬が必要でした。娘の学校の校長先生が来て、学校で持っている薬をくれました」

ドリューさんが火事の影響を認識し始めたのは数週間たってからだったという。「起こっていたかもしれないことを考えると、恐ろしくなります。ただ子供たちが無事で良かった」。

同じような状況に陥った人に何かアドバイスはあるだろうか。

ドリューさんは、「自分のことを気にかけてくれる人と一緒にいてください。いま持っているものに目を向けて。失くしたものを考えないようにしてください。それをしても、何も良いことはありません」と話す。

「でも、これからもずっと忘れないのは、周りの人の優しさです。みんな素晴らしかった。わざわざ助けてくれました。火事が起こった日だけじゃなく、その後何週間も助けてくれました」


「子供たちがと言えなくなった」

Image caption マリア・デ・ビタさんの隣人は火事で亡くなった

マリア・デ・ビタさんがバッキンガムシャー州プリンセス・リスバラの自宅でガラスが粉々に割れる音を聞いた時、デ・ビタさんは外で誰かがリサイクルビンのゴミを深夜に出している音だと思ったという。後になって、それが火事で隣家の窓が爆発する音だったと分かった。その火事で近所の人は亡くなった。

デ・ビタさんは若い2人の娘を起こし、何も持たず家から逃げた。娘たちは翌日、パジャマのまま学校に行かなければならなかったという。

「学校はとても親切で、娘たちに余っている制服をくれました」。デ・ビタさんは家財保険には入っていなかった。

「全てが失くなりました。ただただ失くなった。また初めからやり直さなくちゃいけません」

「間違ってほしくないのは、みんなこうして無事だったことにはとても感謝しています。でもその後のことに対応するのはたまらなく大変です」

「色々な友人の家に少しずつ泊まりました。今は住宅手当があるので、地元から40マイル(約65キロ )離れたビー・アンド・ビー(小規模な宿泊施設)で暮らしています。子供たちの通学に片道4時間かかるので、今は学校に行っていません」

「かなり治安の悪い地域にいるので、以前子供たちを公園に連れて行った時、子供たちが怖がりました。だから、外出したくありません。子供たち2人とも影響を受けています。私にくっついて離れないようになり、子供たちは火の話でかなり動揺するので、火の話はできません。子供は火のことをエリフ(erif)と呼ぶようになりました。火(fire)を逆から読んだものです。火という言葉を大きな声で言えません」

「他にどうしようもないので、何とかやっていると思います。でも正直に言うと、苦労しています。何とか乗り越えると思いますが、まだ暗闇の先にある光が見えないような状況です」

「みんな惜しみなく助けてくれます。ある女性はソファを提供してくれましたが、住む場所がないので、お断りしなければなりません」

「この経験のおかげで、人の優しさをあらためて信じるようになりました。でもその優しさを断らなくてはならないのですが」

「ただ家に帰りたいです」


「親しい人を亡くした感じ」

サセックス在住のマーティン・シグストンさんは2001年、クリスマス前に起こった火事で所持品全てを失った。

「ショックと恐ろしさ、むなしさを感じました。自宅が燃えているのを見ると、気が動転する一方で、同時に、何もできないと分かります」

グレンフェル・タワーの火災が起きた際、シグストンさんは気持ちが突き動かされ、自分のフェイスブックのページの投稿で、被災者たちを助ける最善の方法を助言した。

自身の経験から、シグストンさんは、被災者が必要とする物は必ずしもすぐに思いつくような物ではないと指摘した。

「日常で使うものです。自分の生活を整えようとしても、ペンや紙のような基本的なものすら持っていません。それを持ち運ぶものも必要です」

「それから、失くしたことを忘れていて、必要になって始めて気づくものもあります。そういったものが全部積み重なるんです。馬鹿げていて、ささいなことかもしれませんが、プリンタのインクの替えのようなものまであるんです」

「保険に入っていましたが、それでも悪夢のようでした。とても難しかった。新しいスタートだし、ワクワクしないかと言う友人もいました。でも、イケアの店内に立って、ただ疲れ果てていたのを思い出します。どこから始めれば良いか分からなかった」

「新しい家具も大きなテレビも欲しくなかった。ただ自分のものが欲しかったんです」

「親しい人を亡くすような感覚です。実際には乗り越えることはないけど、受け入れるようになります。長く大変ですが、だんだんましになります」

「誰か私と同じ立場の人がいたら、その人には『もう諦めて。もうないものだから』と言うでしょう」

「本当に苦しいですが、いつか良くなります」


心理学者クリスチャン・ジャレット博士の話

私たちの家や所持品は、私たちの人となり、訪れたことのある場所、また愛する人たちを物語っています。

所有に関する心理学の研究は、私たちが所持品を自分たちの片割れだと考えるようになると示しました。ものを持ち始めると、すぐそのものにより大きな価値を置きます。私たちの神経では、自分のものについて考える際、自分自身について考える時に反応する脳の部位と同じ脳の部位が反応します。

人命が失われるような悲劇的な状況において物理的なものを心配するのは、小さなことのように思えるかもしれませんが、災害で生き残った人たちが自分の家や所持品を失う時、しばしば、「自分自身」やアイデンティティ、自分の物語の一部が一生失われてしまったかのような深い喪失感を味わいます。

これは、個人的な意味が込められている所持品においては特に顕著です。例えば、愛する人からもらった贈り物、大事な休暇の時に手に入れたもの、あるいは家宝などです。

たしかに、私たちの所持品の多くが自分たちにとってとても大きな意味を持つ理由に、まるで魔法がかかった神秘的なもののように思えるというのがあります。例えば、愛する人からの贈り物はその人の一部のように感じるので、物理的には全く同じ物があったとしても、その代わりにならないでしょう。

この神秘的な考え方は家にも当てはまるかもしれません。特に、その家が家族の思い出に満ち溢れている場合はなおさらです。

ジャレット博士は英国心理学会研究ダイジェストの編集者

(英語記事 How do you get over your home burning down?

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