経済の大変革を生んだ小さなピル

ティム・ハーフォード氏(経済学者、ジャーナリスト)

Packets of the contraceptive pill Image copyright Getty Images

経口避妊薬のピルが社会的に大きな影響を及ぼしたことには誰もが同意する。

実際それは重要な目的だった。産児制限運動の活動家マーガレット・サンガーはピルを開発するよう科学者に訴えた。サンガーは女性を性的、社会的に自由にし、男性と同等の立場に置くことを望んだ。

だがピルは社会的な大変革だっただけではなく、経済的な大変革をも巻き起こした。ひょっとすると20世紀後半で最も重要な経済的変化かもしれない。

それはなぜか。まずピルが女性に何をもたらしたか考えてほしい。第一に、他の多くの避妊法とは違い、ピルは効果があった。

何世紀もの間、恋人たちは決して魅力的とはいえないあらゆる避妊法を試してきた。古代エジプトのワニのふん、アリストテレスが勧めたシダーウッドオイル、女性遍歴で有名なカサノバはレモン半分を子宮頚部キャップとして使った。

しかしピルの代わりとなる現代的な避妊具のコンドームでさえ避妊に失敗する確率がある。

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Image caption マーガレット・サンガーは1916年、米国で最初の家族計画センターを設立。当時、避妊と妊娠中絶は違法だった

コンドームを正しい方法で使わないため、破れたり、ずれたりすることがある。そのため、コンドームを使って性行為を行う女性100人当たり、1年間に18人は妊娠をしてしまう。避妊用スポンジの失敗率も同じくらいである。ペッサリーもそれとたいして変わらない。

だがピルの失敗率は、通常の使用法で、たったの6%。コンドームより3倍も安全だ。完璧に使いこなせば、失敗率はその20分の1にまで下がる。

経済的な大変革

コンドームを使うにはパートナーと交渉しなければならない。ペッサリーやスポンジは扱いにくかった。だが、ピルを使うのは女性が決めることで、人には知られずこっそり行える。女性がピルを欲したのも無理はない。

ピルは1960年、米国で最初に認可された。5年後には、避妊する既婚女性の半分近くがピルを使っていた。

しかし、未婚女性が経口避妊薬を使い始めてから本当の変革が来た。それには時間がかかった。だが、ピルが最初に認可されてから10年後の1970年頃に米国の州が次々と、独身女性のピルの入手を簡単にできるようにし始めたのだ。

大学は家族計画センターを開設した。1970年半ばまでには、米国の18歳と19歳の女性の間でピルは圧倒的に人気な避妊法になっていた。

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Image caption 非営利団体「プランド・ペアレントフッド」(家族計画連盟)は全米で情報や避妊サービスを提供した

そしてその時に経済の大変革が始まったのだ。

米国の女性が法律や医学、歯学、経営学修士(MBA)などの学位の勉強を始めた。その前までこのような学位を取るのは圧倒的に男性だった。

1970年に医学を専攻するのは90%以上が男性だった。法律やMBAは95%以上が男性。歯学に至っては99%が男性だった。だが、ピルが使えるようになるなか、1970年代初頭に女性たちがこのすべての専攻に一気に入ってきた。クラスの5分の1しかいなかった女性が、4分の1になり、1980年までには、しばしばクラスの3分の1を占めるようになった。

これは単純に女性がもっと大学に行くようになったからではない。

専門職のキャリアを形成

すでに学生になろうと決めていた女性たちがこのような専門的な学位を専攻するようになった。

医学や法学を学ぶ女子学生の割合は劇的に増加し、当然その結果、このような専門的職業に就く女性の割合はその後短期間で急増した。

ただ、このことがピルとどう関係するのだろうか。理由は、女性が自分の妊娠を制限できるようになることで、自分のキャリアに投資できるようになったからだ。

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Image caption このハーバード大学卒業生たちは、自分が望めば、子供を持つ前に自分のキャリアを形成する自由を当たり前だと考えることができた

ピルが使えるようになるまでは、5年以上をかけて医師や弁護士の資格を得るのは良い時間とお金の使い方には思えなかった。このような専攻の成果を得るためには、女性は子供を持つのを確実に30歳まで遅らせる必要があった。

間違った時期に子供を持つと、勉強が頓挫、あるいは専門職としてのキャリアが遅れるリスクがあった。

性生活のある女性が医師、歯科医、あるいは弁護士を目指すのは、地震が頻発する地域に工場を建てるようなものだった。少しでも運が悪ければ、高額な投資が無駄になってしまうのだった。

結婚モラトリアム

もちろん、専門職のための勉強をしたいのであれば、単純にセックスをしないことも可能だった。だが多くの女性はそうはしたくなかった。

それは単純にセックスを楽しみたいというだけではなく、夫を見つけることでもあった。ピルが登場する以前は、みんな若くして結婚した。キャリアを追い求める間にセックスをしないと決めた女性は30歳で夫を探そうとして、まさに文字通り、良い男性はすべて取られていると気づくのだった。

ピルはこのような状況を変えた。未婚女性がセックスをしても、望まぬ妊娠をするリスクが大幅に減ったのだ。さらに、結婚の動態も変えた。ピルを使用していない女性を含め、結婚する年齢が上がった。

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Image caption 1973年「ロー対ウェイド事件」の画期的な判決で、米国は妊娠中絶が合法化された。妊娠について女性自身がより制御できるようになった

女性自身がいつ子供を産むかを決められるようになり、産む年齢も上がった。つまり女性が少なくとも、専門職のキャリアを積む時間ができたのだ。

そしてもちろん、1970年代の米国女性には他にも様々な変化があった。

女性の所得急上昇

妊娠中絶が合法化され、性差別を禁止する法律が施行された。フェミニズム運動が始まり、若い男性がベトナム戦争のために徴兵され、企業は女性の採用に力を入れざるを得なかった。

ハーバード大学の経済学者、クローディア・ゴールディン氏とローレンス・カッツ氏の入念な統計調査で、女性の結婚、出産を遅らせ、自分のキャリアに投資できるようになったのは、ピルの役割が大きかった可能性が高いことを示している。

両氏は、一つ一つの州でどれほどの女性がピルを得られているかを探った。すると、ピルが入手できるようになるにつれ、大学の専門職コースへの就学率と所得が急増した。

数年前、経済学者のアマリア・ミラー氏は複数の巧みな統計的手法を用いて、20代の女性が妊娠を1年遅らせると、生涯賃金が10%上昇すると明らかにした。子供を産む前に勉学を終わらせ、キャリアを確立することの大きなメリットの一部を示した。

異なる現実

しかし1970年代の若い女性たちにミラー氏の研究は必要なかった。すでに真実だと知っていたからだ。

ピルが入手できるにつれ、思いもよらぬ数の女性が専門職コースに履修登録した。しかしそんな米国の女性たちの反対側に目を向けると、また別の現実が見えてくる。

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Image caption 日本での男女不平等が続いているのは、ピルの普及が進まないせいか

世界有数の技術大国であるはずの日本。しかし、1999年までピルの使用は認可されなかった。同じピルを使えるまで、米国の女性たちより39年も待たなければならなかったのだ。

一方で、米国でED(勃起不全)治療薬であるバイアグラが認可されると、そのわずか数カ月後には日本でも認可された。

日本の男女不平等は先進国でも最悪だと広く認識されており、女性は職場での地位向上に苦戦し続けている。

ここで因果関係をひもとくのは不可能だが、米国で起こった変化が偶然ではないことを物語っている。ピル普及が2世代遅れると、当然女性が受ける経済的な影響は甚大だ。

一粒の小さなピルが世界経済を変え続けている。

(英語記事 The tiny pill which gave birth to an economic revolution

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