人間の胚を編集 病気の遺伝阻止のため

ジェイムズ・ギャラガー健康科学担当記者、BBCニュース

遺伝子操作された胚の画像 Image copyright OHSU
Image caption 遺伝子操作された胚の画像

米国と韓国の研究チームは2日、重い疾患である肥大型心筋症の遺伝に関わるDNAをヒトの胚から取り除くことに初めて成功したと、英科学誌ネイチャー電子版に発表した。

遺伝情報(ゲノム)のDNA配列の一部を改変する「ゲノム編集」によって1万の遺伝的疾患を予防する可能性が生まれたことになる。

研究チームは5日間にわたって胚を育てることが許された。医療の未来を示唆する今回の研究は、倫理上の深い問題も提起している。

2015年に新たな技術「Crispr(クリスパー)」が生まれて以来、ゲノム編集に関する研究は黄金時代を迎えている。

クリスパーは医療分野で幅広い応用が期待され、嚢胞(のうほう)性線維症から乳がんまで、さまざまな疾患を起こす遺伝子を取り除ける可能性がある。

肥大型心筋症に焦点を当てた今回の研究は、米国のオレゴン健康科学大学とソーク研究所、韓国の基礎科学研究院が共同で行った。

肥大型心筋症は500人に1人が発症する比較的多い病気で、心臓が急に停止する危険がある。一つの遺伝子の異常によって引き起こされ、子供にも受け継がれる可能性は約5割だ。

研究では、肥大型心筋症の男性の精子を、提供された健康な卵子と結合させた後、クリスパー技術で対象の遺伝子を切除した。成功率72%で遺伝子変異のない胚を育てることができた。

研究で重要な役割を果たしたオレゴン健康科学大のシュクラット・ミタリポフ博士は、「異常を起こす遺伝子を血筋から取り除くことになるので、遺伝子修復はすべての世代にわたって引き継がれる」と語った。

「この技術によって、家族の遺伝的疾患の重荷を軽減し、ひいては人類全体に広げることが可能だ」

クリスパー技術の応用はこれまでにも試されてきている。2015年には中国の研究チームが血液疾患に関わる遺伝子異常の修復を試みたが、すべての細胞を修復できなかったため、健康な細胞とそうでないものが「モザイク状」になった。さらに、DNAの別の場所も改変されてしまった。

今回の研究では、中国の研究で示された技術的な課題が克服されている。しかし、これがすぐ一般的な技術になるわけではない。

最も大きな課題は安全性だ。今後、はるかに大規模な研究が必要になる。

また、どういう場合なら遺伝子の修復に値するだけの十分な理由があるのかという疑問にも、答えなくてはならない。着床前の受精卵を遺伝子解析して疾患の可能性を検査する技術は、すでに存在する。

一方で、一つの遺伝子の異常で引き起こされる病気は約1万種類あり、今回の技術を使って修復することが理論的には可能だ。

英フランシス・クリック研究所のロビン・ロベル=バッジ教授はBBCに対し、「問題のある遺伝子を子供に受け継がせないようにできる技術は、当事者の家族にとって非常に重要だ」と語った。

「いつ実現するのかだが、もちろんすぐにではない。安全だと確信できるまでにはかなり時間がかかるだろう」

Image caption モウブレイさん

肥大型心筋症を持つニコール・モウブレイさんの胸には、急な心臓停止を避けるための除細動器が植え込まれている。

しかし、ゲノム編集の技術を使う決心はついてないという。「制限された、あるは困難な人生を送ることになる原因を、自分の子供に受け継がせたくない。子供を作ろうか考える時にはそれが一番気になる。しかし、『完璧な』子供を作りたいとは思わない。私の病気は私を私らしくしているものなので」。

倫理上の課題

英ケント大学で遺伝学を教えるダレン・グリフィン教授は、「一番の問題、おそらく一番議論の対象になるだろう点は、そもそもIVF(体外受精)による胚の遺伝子を、物理的に改変していいのかどうかだ」と語った。

「これは単純な問題ではない。(中略)同じように、命にかかわる疾患を予防する技術がある時に、それを使わないのは倫理的に受け入れられるのかという問題も出てくる」

今回発表された研究にはすでに批判の声も上がっている。遺伝子操作に反対する団体「ヒューマン・ジェネティクス・アラート」のデイビッド・キング博士は、研究が「無責任」で「遺伝子操作赤ちゃん第一号を作る競争」をしていると批判した。

英ロンドン大学セント・ジョージ校のゲノム医療研究者、ヤルダ・ジャムシディ博士は、「研究は、ゲノム編集によって初期段階のヒト胚で疾患の原因となる遺伝子変異をうまくかつ効率的に修正できることを初めて示した」と指摘した。

「我々は遺伝病の複雑さを理解し始めたばかりだが、ゲノム編集は、個人とより幅広い社会の両方に与える利益の可能性がリスクを上回った時に受け入れられるだろう」

研究は現時点で、優れた特徴を持つよう遺伝子が操作された「デザイナーベイビー」とも呼ばれる赤ちゃんを生み出すという、極端な結果への懸念を招くには至っていない。

クリスパー技術は遺伝子操作されたDNAをゲノムに加えるということも可能にしているが、それが試されていないことに科学者らは非常に驚いている。

反対にクリスパー技術は、父親の精子で遺伝子変異のあった部分を壊して、母親の卵子の健康な部分の方が受け継がれるようにすることに使われている。

このため現時点では、両親のいずかのDNAが健康である場合のみ効果のある技術になっている。

ロベル=バッジ教授は、「デザイナーベイビー作りはそもそも正当性を欠いているし、そんなことになる可能性はますます遠ざかった」と語った。

(英語記事 Human embryos edited to stop disease

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