トランプ陣営とロシアの関係示す情報の中心的内容「証明」と
ポール・ウッド、BBCニュース、ワシントン
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ミハイル・カルーギン氏
ドナルド・トランプ米大統領の選挙戦にロシア政府が関わっていたとする米情報機関報告の根幹部分について、米当局が「証明」できたことが、BBCの取材で明らかになった。米当局によると、ワシントン駐在のロシア外交官が実際に、諜報部員だと判明したという。
トランプ陣営がロシア当局と協力して米大統領選の勝利を奪取したと示す具体的な証拠は、今のところ何も公表されていない。何ひとつ。
しかしジェイムズ・コーミー連邦捜査局(FBI)長官は20日、しんと静まり返った下院情報委員会の公聴会で、FBIはまさにそれを捜査しているのだと証言した。
手を止めてこの事実をしばし、かみしめてほしい。
「捜査は証拠と違う」。大統領報道官はこう述べた。
トランプ氏の支持者たちは、問題が何かあったと裏付ける証拠が何も出ていないのか、問いただす権利がある。FBIには証人を召喚する権限も、捜査妨害で訴追する権限もあるのに。
何も出てこないのは何もないからかもしれない。しかし一部の元政府幹部は、調査手続きに問題があるからだと言う。これについては後述する。
捜査しているとFBIが初めて認めた内容の道筋を最初に示したのは、英国情報部員だったクリストファー・スティール氏がまとめた一連の報告書だ。
スティール氏は、トランプ氏の政敵の依頼で、トランプ氏とロシアの関係について複数の報告書をまとめた。
「dossier(調査書類の束)」と呼ばれるようになったスティール報告書の内容の一部は、激しい批判と反論に遭っている。
報告書の中には、「ロシア外交使節の主要人物ミハイル・クラーギン氏は、ワシントンから急きょ帰国させられた。米大統領選作戦に同氏が深く関わっていたことが(略)現地メディアによって暴露されると、ロシア政府が恐れたためだ」と書いてある。
しかし、ロシア大使館にクラーギン(Kulagin)という外交官はいなかった。カルーギン(Kalugin)外交官ならいたが。
トランプ氏を支援してきたロジャー・ストーン氏は私に、「007は自分のことを真面目に受け止めてもらいたいなら、スペリングを習うべきだ」と皮肉った。「007」とはスティール氏を指してのことだ。
ロシア外務省は、カルーギン氏は駐米大使館の経済部の責任者だったと説明している。
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ワシントンのロシア大使館。カルーギン氏はここで働いていた。
6年間の任期の後、2016年8月にロシアに帰還した。
カルーギン氏は自ら報道関係者にメールで、「私に関する一連の嘘や偽ニュース」について抗議している。
穏やかな顔つきのカルーギン氏ほど、タフで傲慢なKGB(ソ連国家保安委員会)の諜報部員からは程遠く、人畜無害なエコノミストにしか見えない人もそうそういない。
しかし私が信頼する情報源によると、カルーギン氏がスパイとしてワシントンの大使館にいたことを米政府は認定している。
米情報機関が2016年5月の時点でこの「外交官」についてスティール氏の報告を受けた時、すでに彼がスパイだと確信していたかははっきりしない。
しかし「スティール文書」の内容とは別に、情報機関が独自に判断したのだという。
米情報機関を引退した消息筋によると、カルーギン氏は米国を出国するまで監視下に置かれていたという。
さらに、ロシアを担当した国務省職員は、カルーギン氏が通常の外交官ならば何らかの接触があったはずだが、一度も会ったことがなかったと話す。
元政府関係者は「誰も(カルーギン氏と)会ったことがなかった。典型的だ。実に典型的な(ロシア情報機関の)やり方だ」と話す。
ワシントン情報を中心とするニュースサイト「マクラッチー」は2月、米国出国時のカルーギン氏がFBIに「注目」されていたと書いた。私の消息筋は、同氏がロシアのいずれかのスパイ機関、対外情報庁(SVR)か連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の一員だとみているが、マクラッチーはこの点に触れていない。
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CGTNアメリカのインタビューにロシア大使館経済局長として答えるカルーギン氏
スティール氏の情報収集は、トランプ大統領の政敵がでっちあげた「うさんくさい書類」に過ぎないと激しく批判する人も大勢いる。
しかし、カルーギン氏が「外交官という名目のスパイ」だったという、この極めて重要な点については、機密情報を目にした人は誰もがスティール文書の内容に同意している。それによって、スティール氏の他の主張も信ぴょう性が増す。
とはいえ、情報関係者は以前からスティール氏を知っていた。
複数の元米政府筋によると、スティール氏は2013~2016年にかけて米政府にロシアとウクライナについて広範な情報を提供していた。そもそもは民間の委託を受けての情報収集だったが、スティール氏は米当局者に見られることを意図していた。
一連の報告を読んだ元高級官僚は、「ロシアを毎日見るのが仕事の人たちは、価値のある内容だと評価していた」と話す。
「『この中身をどうやって入手したのだろう? 我々の得ている情報とぴったり合致する』という声をよく聞いた。(スティール氏の)報告の信ぴょう性は繰り返し確認されていた」
情報を取り扱った政府関係者は、「誰かに誘導されていることもあったが、常に8割は正確だった」と評価する。
この間の報告はいずれも、トランプ氏とロシアの関係の性質には触れていなかった。
しかし昨年6月になると、スティール氏は後に「dossier」と呼ばれる書類の中身を依頼主に送り始める。
それまでの仕事ぶりから、複数の米情報機関はスティール氏を「信頼できる」情報源と判断した。「信頼できる」とは、米情報機関による最も高い評価だ。
FBIも同意見だった。FBIはスティール氏がMI6にいたころから、協力した経験があった。
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クリストファー・スティール氏
スティール氏は昨年8月、FBIと会合するためローマへ向かった。そして10月初めには米国を訪れ、1週間にかけてFBIの徹底的な聴き取り調査を受けた。スティール氏はFBIに対して、一部の情報源の名前を提供した。「dossier」の「鍵」と呼ばれる名前だ。
一方で事実関係を知り得る複数の消息筋によると、中央情報局(CIA)は一度もスティール氏を聴取しなかったし、聴取しようともしなかった。この消息筋たちは、捜査の進捗に懸念を抱き、失敗するのではないかと憂慮している。
「FBIはロシアを知らない。CIAはロシアを知っている。スティールの情報源がロシアにいたとして、FBIは情報の真偽を判断する術を持たない。CIAにはそれができる(略)この作戦をモスクワで仕切っているのは誰なのか。その側面についてFBIはともかく、諜報能力を持ち合わせていない。クリスが何を入手したのか、理解する能力さえない」
オバマ前政権の関係者の間にもFBIへの苛立ちが募っているという。「自分たちはFBIのことを『feeb』と呼んでいた。単純な主張はしても、大局的な状況に気づかないし、まして理解して追及することもしないので」。
(北米以外の読者のために「feeb(フィーブ)」とは何か解説するよう、編集者に言われた。「頭が弱い人」を意味するスラングで、「FBI」をもじった悪口だ)
CIAへではなくFBIに情報提供したのはスティール氏自身の選択だったと、私は消息筋から聞かされた。FBIとは長年にわたる関係があるが、CIAのロシア担当者は異動か退職してしまっており、CIAとは個人的なつながりがないと、スティール氏は考えていたのだという。
議会証言したジェイムズ・コーミーFBI長官も、「この捜査は7月末に始まった。対諜報捜査としては、まだ時間があまりたっていない」と述べた。
FBI長官「プーチン氏はクリントン氏を激しく嫌い」
複数の消息筋によると、昨年後半になるとスティール氏自身もFBI捜査の進捗に落胆の度合いを強めていた。
「自分が見つけた内容は、選挙結果を左右するはずだと、本気で思っていた」と、消息筋の1人は言う。
このため10月には、報告書の一部が私を含めた数人のジャーナリストに提供された。
情報を得た報道機関のほとんどは、報道できるだけの確度が足りないと判断した。
文書の一部を報道機関に提供したのは、スティール氏自身ではなく、そもそも調査を委託した政治系リサーチ会社だった。
12月初めには、報告書の全35ページが、ジョン・マケイン上院議員(共和党)の手元に渡り、マケイン議員はFBI長官に徹底調査をするよう念押しした。
翌1月には、複数の情報機関が当時のバラク・オバマ大統領とトランプ次期大統領の両方に、文書の内容を説明。さらに、ニュースサイト「バズフィード」が文書全体を公表した。
報告書の中でスティール氏は、「トランプ陣営とクレムリンの間には機能する連携が確立されていた。(中略)少なくとも8年前から情報交換が続いていた」と書いている。
情報機関の分析説明も受けたオバマ政権関係者は、スティール氏が言う情報交換は選挙期間中も続いていたと考えている。
元政権関係者は、「これは3段階の作戦だ」と話す。つまり――
(1) 民主党幹部から問題内容のメールをハッカーたちが盗み取る
(2) ハッキングされたこの情報をもとにした記事が、大量の自動「ボット」によってツイッターやフェイスブックに投稿され、次にロシア国営メディア「RT」や「スプートニク」の英語版サイトに掲載され、「インフォウォーズ」や「ブライトバート」など米国の右翼「ニュース」サイトに載り、最後にフォックス・ニュースや主要メディアのサイトに載る
(3) ロシアがネット上にある有権者名簿をダウンロード
この「作戦」に有権者名簿が登場するのは、「マイクロターゲティング」のためだという。メールやファイスブックやツイッターを駆使した選挙広告は、特定の有権者個人個人に向けた指向性の高い内容を送り届けることができる。
「情報を盗んで、国政の場にその情報をあらためて注入するわけだ。どこの誰にどう狙いを定めて情報を再注入すればいいか、分かった上でのことだ」と元政権関係者は話す。
この作業には、トランプ陣営との協力が必要だったはずだと言われている。
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トランプ氏は根拠を示さないまま、オバマ氏が自分を盗聴していたと主張する
「ペンシルベニアの白人女性が投票しないようにする、あるいはミシガン州の無党派層が投票所に行かないよう呆れさせる。これは投票の抑圧だ。有権者名簿から、どこの地域のどういう集団をターゲットしたらいいか選別できるし、それをもとにボットを駆使できる」
一部の人はこれが、FBIが把握していない「大局」だと批判する。
今のところは何もかも、単なる疑いに過ぎない。トランプ氏と陣営関係者に関わる部分だけでなく、すべてが。
たとえば、米情報機関は昨年10月、ロシアのサーバーが複数の有権者名簿を「スキャンし、精査した」と明らかにした。
しかし、ロシア政府の関与は一度も立証されていない。
様々な偶然が重なっただけか、あるいは極めて大がかりで精緻な陰謀が進行した。後者の場合、解明には何年もかかるかもしれない。
下院情報委員会のエリック・スウォルウェル委員(民主党)は「大勢がこれをウォーターゲートと比較するが、この件は今まで我々がお目にかかったことがないほど複雑に入り組んでいる」と話す。
「ウォーターゲートなど足元にも及ばない。あれはワシントン・ポスト紙の首都圏版に載った強盗事件だった。この件のような国際的な広がりはない。自分たちに結びつかないようにするのが、ロシアのやり方だ。この調査には時間がかかる」
下院公聴会で証言したコーミーFBI長官は、捜査内容について何ひとつ詳細を明らかにしなかった。私が今年1月に書いたように、捜査はFBIの指揮のものと、CIAを含む「対諜報タスクフォース」が行っている。
私は当時、外国諜報活動偵察法(FISA)に基づく米政府の秘密裁判所が、2つのロシア銀行について捜査令状を出したと書いた。
ホワイトハウスはこの記事をたびたび引用し、「オバマがトランプ・タワーを盗聴した(略)まるでニクソンとウォーターゲートだ。悪い(あるいは病んだ)奴だ!」というトランプ氏のツイートの根拠にしようとした。
それは違う。
ウォーターゲート事件以来、誰かの電話を盗聴しろと大統領がCIAやFBIに簡単に命令できるなど、ありえない。
私は「トランプ氏もその関係者も、FISAの令状には名前が記載されていない」と書いた。FISA令状に名前が記載されるには、外国政府の工作員だという「相当な根拠」を裁判所に示さなくてはならない。
情報機関がロシアの銀行など外国機関を盗聴監視した際に、たまたまトランプ陣営の通信内容を傍受した可能性はある。いわゆる「偶然の採集」だ。
オバマ政権による「権力の乱用」を調べるよう連邦議会に求めるショーン・スパイサー大統領報道官の発言は、おそらくこれを念頭に置いているのだろう。
コーミー長官は証言で慎重に、捜査の対象は共謀ではなく「連携」だと述べた。
「共謀とは法律用語ではないし、この場で私はその表現を使っていない。我々は、連携の有無を捜査している」
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下院情報委員会で、大統領選へのロシア介入疑惑について捜査していると証言するコーミーFBI長官(20日)
「あからさまな連携のことか、暗黙の連携のことか」と下院議員が尋ねると、「自覚的、あるいは無自覚の」と長官は答えた。
つまりこの捜査は、様々な可能性を追及しているのだ。一方では、トランプ陣営関係者が無自覚なままロシアに協力してしまった可能性があり、他方では、意識的な「連携」の可能性がある。
ヒラリー・クリントン氏の選対委員長だったロビー・ムーク氏は、ロシアの意図をトランプ氏の側近たちが承知していたなら、国家反逆罪で訴追するべきだと言う。
トランプ氏に敵対する勢力の言い分では、トランプ陣営には裏切り者がいた、あるいは間抜けがいたということになる。
大統領自身は、別の見解だ。「連携」などなかったし、すべては情報機関の受け売りでオバマ政権がでっちあげたとんでもない嘘で、「不正直」なメディアが大げさに騒いでいるだけだと。黒煙はさかんにたなびいているかもしれないが、火などどこにもないのだと。
「スティール文書」が公表された時、トランプ氏は「ここはナチス・ドイツか?」とツイートした。
双方の言い分には、相容れる余地がまったくない。
新しい情報がポツリ、ポツリと出てくるごとに、何もかもとんでもない間違いで、ありえない偶然が重なりあっただけだという可能性は、どんどん遠ざかっていくように思える。
米国の人たちは日に日に、何があったのか、判断するよう求められている。どちらも苦々しい、2つの選択肢から。ひとりの大統領が権力を乱用したのか、それとも反逆行為によって別の大統領がホワイトハウス入りしたのか。
両方とも、というのはあり得ない。