「胸張り裂ける思い」死産した赤ちゃんの父親 ロンドン火災の公開調査で

火災で犠牲になった人々 Image copyright Family handouts

昨年6月にロンドン西部の公営住宅「グレンフェル・タワー」で72人が死亡した大規模火災の公開調査が21日、ロンドン市内のホテルで始まった。妊娠中の母親が被災したために死産した赤ちゃんの父親などが発言に立った。

父親のマーシオ・ゴメスさんは、6月14日に一家が火災から脱出した数時間後に死産した赤ちゃんのローガンちゃんを抱きながら、夢であってほしいと願ったという当時を振り返った。

すべての死亡例について調査を行う公開調査では、犠牲者全員の遺族に発言する機会が与えられている。72人目の犠牲者は、火事の後、病院で手当を受けていたものの今年1月に亡くなった。

21日には、ローガンちゃんのほか、写真家のカディジャ・セイさんと母親のメアリー・メンディーさん、デニス・マーフィーさん、ジョセフ・ダニエルズさん、モハメド・ネダさんの5人が追悼された。

遺族たちの発言に時間制限は設けられず、写真や動画なども使って愛する人たちへの哀悼の気持ちを表した。

Image caption 公開調査では、遺族のゴメスさんが死産したローガンちゃんの写真を見せなから語った

ゴメスさんは、赤ちゃんを歓迎するメッセージを子供部屋の壁に張るなど、「すべての準備が整っていた」と語った。調査では、超音波検査時のローガンちゃんの画像も公開された。ローガンちゃんは予定日の8月14日より2カ月早く生まれた。

妻のアンドレイアさんを隣に伴い発言したゴメスさんは、「胸が張り裂ける思いだった」と語った。「彼(ローガンちゃん)は私のスーパースターになるはずでした」。

Image copyright Grenfell Inquiry
Image caption デニス・マーフィーさんの息子が大学を卒業した日は、デニスさんにとって「最も誇らしい日の一つ」だったという

デニス・マーフィーさんのきょうだい、アンマリーさんは、「彼(デニスさん)が死んだ日、私たち全員の一部も死んだ」と語った。

マーフィーさんの息子やきょうだい、元妻と一緒に出席したアンマリーさんは、デニスさんと最後に話したのは、火災が起きていた午前2時32分で、アンマリーさんたちは現場に向かっていると伝えたという。

アンマリーさんはデニスさんを、「私たちの英雄」で、「家族の要」だったと話した。

モハメド・ネダさんの遺族の弁護士は、ネダさんのきょうだいや息子、妻が述べた哀悼の言葉を読み上げた。

息子のファルハド・ネダさんは、自分にとってモハメドさんは「親友であり、最も尊敬する人だった」と述べた。

被災した際に、母親のフローラさん共に一時意識不明に陥っていたファルハドさんは、「父親と自分は素晴らしいチームだった」と振り返った。

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Image caption モハメド・ネダさんは誰とも仲良くできる人だったと遺族は話した

「夜勤の後であっても、朝になって家に帰ってくれば、私を(テコンドーの)試合に連れて行ってくれた」

テコンドーの大会でもらったメダルや写真は火災で全て失われたという。

父親がファルハドさんの結婚式に出席できず、孫を抱くこともできないと思うと、「深い悲しみ」を感じると述べた。

「お父さんは皆にとても幸せな思い出を残してくれた。いないのは本当に寂しい」

「生涯の恋人」

モハメドさんとの結婚生活が27年間に及んだ妻のフローラさんは、夫とは「一目ぼれ」だったと振り返った。

2人は、アフガニスタンから迫害を逃れて1998年に英国にやってきた。

「私たちの希望や夢は粉々になってしまった」とフローラさんは述べた。「私たちの心には、絶対に消えることのない重苦しい喪失感がある。彼(モハメドさん)は私の夫で親友だった。彼が本当に恋しい。私にとって彼はいつまでも生涯の恋人です」。

公開調査では、逃げ遅れたモハメドさんが最後にかけた電話の音声録音が流された。その中でモハメドさんは、「私たちは今、この世を去ります。さようなら。あなたを失望させていなかったと思いたい」と語っている。

BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」は、グレンフェル・タワーに使われていた外断熱の外装材が安全基準を満たしていないにもかかわらず、使用されていたことを明らかにしている。外装材は火災が制御不能な状態まで拡大した原因だとされる。

番組は、外装材を製造したセロテックス社が行った性能検査や販売方法は、業務上過失致死罪に相当すると指摘した。

セロテックスは、警察による捜査や公開調査に協力しているためコメントを控えるとした。

写真家のカディジャ・セイさんと母親のメアリー・メンディーさんの遺族は、野党・労働党のデイビッド・ラミー議員と共に登壇。いとこのマリオンさんの言葉を遺族の弁護士が読み上げた。

「心の痛みは絶えられないほど。我々の心に開いた穴は言葉で説明できない」

「あらゆる誕生日やクリスマス、新年には2つ空いた席があるでしょうが、私たちの心の中には永遠に2人の居場所がある。我々はずっと2人の思い出を忘れない」

マリオンさんは、おばのメアリーさんを「英雄」、「強い人、戦士で庇護者」だったと述べた。

カディジャさんの父親、モハンマドウ・セイさんは娘の写真に対する強い思いについて語った。

「ある日、カディジャは私にこう言った。『お父さん、私、写真と恋に落ちちゃった』。この強い思いをカディジャは最後まで追及した。それが彼女に素晴らしい満足感を与え、何らかの喜びや幸福をもたらしたからだ」

BBCがベネチア・ビエンナーレ国際美術展のために製作した、カディジャさんの作品についてのドキュメンタリー映画の一部が、21日の公開調査でも放映された。

映画には、グレンフェル・タワーでカディジャさんが暮らしていた部屋の被災後の様子も含まれている。

ジョセフ・ダニエルズさんの息子、サムさんは聴衆に対し、自分の短い哀悼の辞の後に拍手をしないよう求めた。サムさんは、「1982年にロンドンに引越した私の父にとって、グレンフェル・タワーが唯一の住まいだった」と語った。「あの夜の出来事は父の命を奪い、父がこの世界に存在していた証を全て奪ってしまった。父が逃げ出せる可能性はなかった。絶対起きるべきじゃなかった」。

公開調査委員会のサー・マーティン・ムーア=ビック委員長は調査を始めるにあたり、グレンフェル・タワーの火災は第2次世界大戦以降で、「ロンドンを襲った最大の悲劇」だったと語った。

サー・マーティンは、24階建てのグレンフェル・タワーが火にのみ込まれる様子は目撃した全員に「消し去ることのできない記憶を残した」と述べた。

引退前は裁判官を務めていたサー・マーティンは、公開調査を犠牲者への追悼で開始するのは「ふさわしいこと」だと語った。

ロンドン西部サウスケンジントンにあるミレニアム・グロスター・ホテルで行われている公聴会では、犠牲者全員の名前が読み上げられる。

全ての遺族が追悼の辞を述べるのを予定しているわけではないと、BBCの取材では明らかになっている。

公開調査の主任弁護士、リチャード・ミレット氏は、調査を遺族による追悼で始めるのは、「誰のためなのか、なぜするのかということを絶対忘れないという意味がある」と語った。

公開調査はその後、ロンドン中心部にあるホルボーン・バーズに場所を移し、ほかの個人や団体から得た証拠や、専門家からの証言を求める。ホルボーン・バーズではすでに、火災に関するいくつかの公聴会が開かれている。

調査の第1段階では、火災の夜に現場で何が起きたのか事実関係を検討する。これには火災の原因や火が広がった経緯、住民の避難についてが含まれる。

(英語記事 Grenfell Tower: Inquiry opens with tribute to stillborn baby

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