劉霞氏、軟禁解かれドイツ到着 ノーベル平和賞受賞した故・劉暁波氏の妻

経由地のヘルシンキで笑顔を見せる劉霞氏(10日) Image copyright Reuters
Image caption 経由地のヘルシンキで笑顔を見せる劉霞氏(10日)

昨年7月に死去した中国の人権活動家で作家の劉暁波氏の妻、劉霞氏(57)が8年間に及ぶ実質的な軟禁状態を解かれ、10日夕方、ドイツに到着した。

夫の劉暁波氏は、大学教授から人権活動家に転じたが、2009年に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の判決を受け服役。2010年に獄中でノーベル平和賞を受賞した。肝臓がんのため、昨年7月に死去した

劉暁波氏のノーベル賞受賞後、罪状を特定されないまま北京で軟禁状態になっていたが、今年5月には軟禁への抗議として死ぬ用意があると語っていた。詩人の劉霞氏は、当局による厳しい監視が長期にわたるなか、うつを患っていたとされる。

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中国外務省の報道官は劉霞氏が出国したことを認め、「本人の意思に沿い、治療のためだ」と説明したが、今週の李克強首相によるドイツ訪問とは全く関係がないと述べた。

その後、経由地のヘルシンキに笑顔で到着した劉霞氏の写真が公開された。

ドイツへの出国

友人の野渡氏が各通信社に語ったところによると、劉霞氏は10日午前11時(日本時間正午)にフィンランド航空機で北京を発った。

北京のドイツ大使館から直接確認は得られていないものの、同大使館は劉霞氏の出国を認めるよう中国政府に働きかけていた。

西側諸国の外交官が5月に劉霞氏の自宅を訪問しようとしたものの、当局によって自宅内に入るのを阻止されたという。

劉霞氏が出国した10日は夫の命日の3日前だった。

劉霞氏が置かれていた状況

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Image caption 劉暁波氏の遺影を抱く劉霞氏(昨年7月、中国遼寧省)

劉霞氏は5月に友人の寥亦武氏と電話で話した際に、「生きているよりも死ぬほうが楽だ」と語った。劉霞氏は「怖いものは何もない。もしここを出られないなら、この家で死ぬ。(劉)暁波は死んでしまった。私にとってこの世には何も残っていない」と話した。

寥氏は、その前月に劉霞氏と電話で会話した際の録音も公開しており、劉霞氏が泣きながら「ここで死ぬ気だ」と語る様子がとらえられている。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの中国研究者、パトリック・プーン氏は、「劉霞氏がようやく自由になり、中国当局による迫害と非合法な軟禁が終わったことは素晴らしいニュースだ」とコメントした。

プーン氏はまた、「中国当局は彼女を黙らせようとしたが、人権を訴える彼女は堂々としていた」と述べた。

アムネスティはさらに、今も中国にいる劉霞氏の親族に対する嫌がらせをやめるよう求め、「劉霞氏が今後発言させないよう圧力をかけるため、中国当局が劉霞氏の親族を利用するなら、それは最も無慈悲な行為だ」と述べた。

粘り強い外交が解放に――スティーブン・マクドネル記者 BBCニュース(北京)

劉霞氏は、実質的な軟禁や健康状態の悪化にもかかわらず、中国共産党にとって脅威とされていた。投獄されたまま死亡したノーベル平和賞受賞者の妻として、詩人の劉霞氏が発言するのを当局は恐れた。

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Image caption 劉暁波氏劉霞氏(写真は2002年撮影)

犯罪に問われたことは一度もなかったが、自宅玄関の前や自宅がある集合住宅の出入り口には警官が常駐していた。劉霞氏が自宅を出ないようにし、一方でジャーナリストや外交官や支持者が劉霞氏を訪問できないようにしていた。

中国政府は常に、劉霞氏には市民としての自由があると主張していたが、8年に及んだ軟禁によって、身体的かつ精神的な健康はむしばまれつつあった。

劉霞氏も劉暁波氏同様、自由を得られないまま死ぬのではないか、との強い懸念があった。

劉暁波氏の1年目の命日が近づくなかようやく、ドイツ主導の粘り強い外交努力が実り、自由を得るという劉霞氏の夢はかなった。

(英語記事 Dissident Liu Xiaobo's widow Liu Xia allowed to leave China

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