ナチスが処刑した女性たちの人体組織を医師が保存 ベルリンで埋葬

Mourners with coffin containing victims' tissue, 13 May 19 Image copyright Reuters
Image caption 遺体の組織を標本にしたたくさんのスライドはひとつの棺にまとめて納められ、埋葬された(13日、ベルリン・ドロテーンシュタット墓地)

ナチス・ドイツが処刑した184人の遺体から解剖医が保存していた300以上の組織標本が13日、ベルリンのドロテーンシュタット墓地に埋葬された。同墓地は、ナチス・ドイツの被害者慰霊碑の近くにある。

ベルリンにあるシャリテ大学病院の解剖学教授だったヘルマン・シュティーフェ医師は、1952年に死亡した。遺産相続人は2016年になって、医師が300以上の組織標本を保存していたことを発見。調査の末、それが政治的抵抗などの理由でナチス・ドイツに処刑された184人の遺体の一部で、その多くが女性だったことが明らかになった。

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Image caption ナチスに処刑され、遺体をシュティーフェ医師に保存された女性の一部(資料・ドイツ抵抗運動記念館)

遺体からとった組織標本のほとんどは全長1ミリ足らずで、シュティーフェ医師の遺品の中から見つかった。小さい黒い箱に収められ、中にはラベルに名前が書かれているものもあった。

発見後には、シャリテ大学病院に移管され、病院がドイツ抵抗運動記念館(GDW)に由来の調査を依頼した。

GDWのヨハンネス・トゥヒェル代表はBBCに対して、300以上の標本はひとつの小さい棺に納めて、ドロテーンシュタット墓地に埋葬したと話した。

シュティーフェ医師が解剖した被害者の中には、当時のドイツ最大のナチス抵抗組織「赤いオーケストラ」に参加した女性13人もいたという。

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解剖して火葬

トゥヒェル教授の調査によると、被害者の多くはベルリンのプレッツェンゼー刑務所で処刑された。遺体はただちに、場合によっては数分以内に自動車でシュティーフェ医師のもとに運ばれ、研究目的で解剖されたという。

シュティーフェ医師はその後、遺体をひそかに火葬し、そのまま埋めたとみられる。

トゥヒェル教授はBBCに、医師がこうした遺体解剖を重ねていたのは1942年から1943年の時期だったと話した。ベルリン市内のヴィルメルスドルフで火葬にした後、市内のパルクフリートホーフ・マルツァーン墓地で埋めたという。

ナチス・ドイツが政権を握っていた間、約3000人がプレッツェンゼー刑務所で絞首刑や斬首刑などで殺された。

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Image caption ヘルマン・シュティーフェ医師はナチス・ドイツに処刑された人の遺体を解剖実験に使った

トゥヒェル教授は独紙ビルトに対し、「(シュティーフェ医師は)こうした犯罪行為の痕跡を抹消することで、(ナチス)政権の司法省を体系的に支援していたことが分かった」と述べた。

シュティーフェ医師は1935年からベルリン解剖学研究所の所長を務め、1952年に脳梗塞で死亡した。

詳細な記録

医師は、大勢の遺体解剖について詳細に記録していた。その記録から、生殖器官に特に強い関心を抱いていた様子がうかがえる。

強い心理的ストレスは女性の生理周期に影響を与えると、最初に発見した研究のひとつが、シュティーフェ医師によるものだった。医師が調べた女性の多くは、死刑宣告という強いストレスを受けていた。

シュティーフェ医師の研究をたどった研究者の1人、ブランデンブルク医学校のアンドレアス・ヴィンケルマン氏はAFP通信に対し、今回のように小さい遺体標本を埋葬するのは極めて異例な対応だと話した。

「けれども今回は特別です。標本にされた人たちは、墓地に埋葬される機会を意図的に奪われていたので。遺族に埋葬場所を発見されないように、わざと無名で埋められたからです」

ドイツ出身の解剖医、ザビーネ・ヒルデブラント医師は、ナチス時代の解剖学と医療者による倫理違反について著書を発表している。2013年のBBCの取材に対し、シュティーフェ医師はナチス政権の政策を自分の研究目的に利用しており、ナチスによる処刑の多用もそのひとつだったと話した。

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Image caption ナチス政権に抵抗した人たちが処刑されたベルリン郊外のプレッツエンゼー刑務所は今では追悼記念館になっている

ヒルデブラント医師によると、シュティーフェ医師は「1933年までは、処刑された男性の遺体は解剖用に確保していたものの、女性の遺体は入手できていなかった」という。「それまでドイツは女性を処刑していなかったので。ところが、(ナチス政権下になると)いきなり女性も処刑されるようになった」。

シュティーフェ医師はナチス党員ではなかったため、第2次世界大戦が終わっても処罰対象にならなかった。

シャリテ医大のカール・マルクス・アインホイプル最高責任者は、標本の埋葬によって、自分たちの病院とドイツ医学界そのものがナチスとどう関わったか、その難しい関係を直視するようにしたいと話した。

「微小な標本をドーロテーンシュタット墓地に埋葬することで、犠牲者が尊厳をいくらかでも回復できるよう、その手助けがしたい」と、アインホイプル氏は述べた。

(英語記事 Berlin buries prisoners' tissue kept by Nazi-era doctor

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