サウジ記者殺害に「皇太子関与の証拠」 国連報告者

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ジャマル・カショジ記者(左)殺害について、サウジアラビアはムハンマド・ビン・サルマン皇太子(右)の関与を否定している
国連のアニエス・カラマール特別報告者は19日、昨年10月2日にトルコ・イスタンブールのサウジアラビア総領事館で起きたサウジ人記者ジャマル・カショジ氏殺害について、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と政府高官が関わっていた証拠があると発表した。
報告によると、これらの証拠は独立した公正な国際機関による調査にかけるに値するものだという。
サウジアラビアはかねて、この事件にムハンマド皇太子は関与していないとしている。当局は代わりに11人をカショジ氏殺害の疑いで非公開裁判にかけており、うち5人には死刑を求刑している。
しかしカラマール氏は、この裁判は国際的な手続きや司法の独立の基準を満たしていないと指摘しており、裁判の中止を求めている。
アデル・アル・ジュベイル外交担当国務相はこの報告書の内容を否定し、ツイッターで「新しい事実は何もない」、「明らかな矛盾と根拠のない疑惑を含んでおり、信頼性に疑問がある」と反論した。
また、「この事件を取り扱う資格はサウジアラビア司法当局にのみあり、当局は完全に独立した形で取り組む」としている。
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カショジ記者殺害事件とは
当時59歳だったカショジ氏はサウジアラビア出身だが、米国を拠点に米紙ワシントン・ポストなどで記者活動を続け、ムハンマド皇太子を批判していた。
トルコ人婚約者との結婚に必要な書類手続きのため、10月2日にイスタンブールの総領事館に入ったのを最後に行方が分からなくなり、その後、館内で殺害されたことが明らかになった。
超法規的・即決・恣意的処刑を専門とするカラマール特別報告者は、カショジ氏はこの日に「残酷に殺害された」と指摘した。
サウジアラビア検察局のシャラアン・ビン・ラジフ・シャラアン副局長は昨年11月、カショジ氏の殺害指示を出したのは同国のアフメド・アル・アッシリ情報機関副長官(当時)がイスタンブールに派遣した「交渉部隊」の部隊長だったとの見解を示した。この交渉部隊は、サウジアラビアから脱出したカショジ氏を「説得によって」、それが失敗した場合は「力ずくで」帰国させるのが任務だったという。
検察は、カショジ氏はもみ合いの後に拘束され、注射による薬物の過剰摂取で死亡したと結論付けている。遺体は総領事館内で切断され、敷地外にいる現地の「協力者」に渡されたという。
シャラアン副局長は、この事件では5人が殺害を自白したとしており、「(皇太子は)この件について何も知らなかった」と主張した。
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報告書の内容は?
カラマール氏は国連の人権高等弁務官事務所から「この殺人事件に関する国家および個人の責任の所在と程度」を明らかにする調査を委託されていた。
サウジ側はカショジ氏殺害は「行きずりの犯行」の結果だとしているが、カラマール氏の報告書は「超法規的な殺人であり、サウジアラビア王国に責任がある」と結論付けた。
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トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館
「国際的な人権法の観点から言えば、国家の責任とはどの政府高官がカショジ氏殺害を指示したのか、誘拐を指示したが失敗し過失致死となったのか、政府高官の行動は自発的または権限を越えたものだったのか、といったような問題ではない」
カラマール氏はまた、「皇太子を含む政府高官の責任調査を進めるのに十分な信頼できる証拠」があると指摘した。
その上で、アメリカを含む国連加盟国がこの件をめぐってサウジアラビアの高官に科している制裁について、ムハンマド皇太子もその対象となるべきだと述べた。
この制裁は政府高官の個人的な国外資産が対象となっているが、カラマール氏は「少なくとも、カショジ氏殺害について一切の責任がないことを示す証拠が出てくるまでは続けるべきだ」としている。
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さらに、カショジ氏殺害は普遍的管轄権(国家の枠を超えて犯罪を裁く権利)に属する国際犯罪だとして、現在サウジアラビアで行われている容疑者11人に対する裁判を中止するよう提言。この主張が認められれば、この件についてはトルコやアメリカなどにも起訴する権利が与えられることになる。
報告では、国連安全保障理事会が追加の刑事捜査を行って容疑者ひとりひとりについて強固な報告をまとめるとともに、裁判などの正式な説明責任のメカニズムを特定するべきだとしている。
事件のあらましを詳細に説明
特別報告書では、カショジ氏殺害の前後に起きたとカラマール氏がみている出来事が詳細に説明されている。
その多くは、トルコの情報機関が持っていたサウジアラビア総領事館内で録音された7件の会話記録に基づいている。カラマール氏はこれらの録音のコピーを入手できず、真偽を確かめることはできなかったが、以下のような内容だったとしている。
- サウジの政府関係者2人が、カショジ氏が総領事館に入る数分前に、どうやって遺体を切断して運び出すかを協議している。うち1人は「遺体は重い。最初は地面でやった。ゴミ袋を持ってきて細かくすれば終わりだ」と話していた。会話の最後にはもう1人が「いけにえの動物」が届いたと発言した
- カショジ氏は息子にメールすれば「助けてやる」と言われたが、拒否している。その後、カショジ氏は「ここにタオルがある。薬を盛るつもりか?」と聞いており、それに対して誰かが「麻酔を打つつもりだ」と答えている
- この会話の後、もみ合うような音の中で「寝たか?」、「頭を上げた」、「押さえ続けろ」などという声が聞こえる。その後、人が動き回る音や荒い息、プラスチックのこすれる音がする
カラマール氏はまた、「さまざまな政府筋」から、現在サウジアラビアで裁判にかけられている11人の名前を入手し、報告書で示している。
うち死刑を求刑されているのはファハド・シャビブ・アルバラウィ氏、トゥルキ・ムセレフ・アルシェフリ氏、ワリード・アブドゥラ・アルシェフリ氏、情報当局のマヘル・アブドゥルアジズ・ムトレブ氏、内務省の法医学者、サラフ・モハンマド・トゥバイギ博士の5人。ムトレブ氏についてアメリカは、サウド・アル・カフタニ前皇太子顧問の下で働いていたとみている。
カラマール氏が行った聴き取りによると、弁護士は裁判の中で、被告人は国家公務員であり上からの命令には逆らえなかったと主張した。また、カショジ氏の誘拐を支持したアッシリ氏は、武力行使を許可したことはないと述べているという。