新50ポンド札にアラン・チューリング コンピューターやAIの先駆者

画像提供, Bank of England
イギリスの新しい50ポンド紙幣の肖像に、コンピューター科学の先駆者で暗号解読者のアラン・チューリング(1912~1954年)が採用されることが明らかになった。イングランド銀行(英中央銀行)総裁が15日、発表した。
チューリングは第2次世界大戦中、ナチス・ドイツの暗号解読に多大な役割を果たし、連合国の勝利に貢献した。
イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、マンチェスターの科学産業博物館で新50ポンド札の顔を発表。「アラン・チューリングは傑出した数学者で、その業績は現在の私たちの暮らしに巨大な影響を与えた」と述べた。
「コンピューター科学や人工知能(AI)の父として、そして戦争の英雄として、アラン・チューリングの貢献は、多岐にわたる画期的なものだった。現代の大勢が、その恩恵を受けている偉人だ」
アラン・チューリングとは
1912年にロンドンで生まれたチューリングは、パブリック・スクールのシャーボーン校からケンブリッジ大学へと進み、数学で最優等の成績を収めた。第2次世界大戦中には英南部にある「ブレッチリー・パーク」で、その数学の才能を発揮して暗号解読機を開発。これによって、ナチス・ドイツの海軍作戦の暗号通信「エニグマ」を傍受・解読する英軍の作業が加速した。
「エニグマ」解読のほかにも、英国立物理学研究所で初期のコンピューター開発に着手し、後にマンチェスター大学で研究を進めた。演算処理を機械に命令する「アルゴリズム」の概念確立に貢献し、現在のコンピューターの基礎を作った。人工知能の分野でも先駆的な役割を果たし、機械に「知能」があるかどうかを測る「チューリング・テスト」などを編み出した。
1952年に、当時19歳の少年と性的関係を持ったとして、わいせつ罪で有罪になる。禁錮刑の代わりに、薬品投与による「化学的去勢」を伴う保護観察処分を選んだ。イングランドでは1967年まで一切の同性愛行為が違法だった。
「化学的去勢」を受け続けたチューリングは、42歳の誕生日を目前に、1954年6月に死亡しているのが発見された。当時の検視報告では、シアン化カリウムの服用が死因とされた。
チューリングを同性愛者として迫害したことについて英政府の謝罪を求める署名活動が高まり、政府は2009年に謝罪した。さらに、チューリングへの恩赦、あるいは有罪判決の撤回を求める声が高まり、政府は2013年に恩赦を与えた。
どのように新紙幣へと切り替わるのか
2011年から発行されている現在の50ポンド紙幣には、蒸気機関の先駆者のジェイムズ・ワットとマシュー・ボールトンの肖像が使われている。
チューリングを描いた新50ポンド紙幣は、2021年末までに流通が始まる予定で、次のようなモチーフが使われる――。
- 写真スタジオ「エリオット・アンド・フライ」が1951年に撮影したチューリングの写真と、ナショナル・ポートレート・ギャラリーに寄贈されている写真
- コンピューター科学の基礎となるチューリングの1936年論文に書かれた図表と数式
- チューリングが設計した初期のコンピューター「ACE」
- エニグマ暗号の解読にチューリングが開発した計算器「ボンベ」の設計図
- 1949年6月11日付のタイムズ紙にチューリングが語った、「これは今後起こることへの予測に過ぎず、これからどうなるかの前触れに過ぎない」という言葉
- 1947年当時のブレッチリー・パーク来訪者記録に残るチューリングのサイン
- チューリングの生年月日(1912年6月23日)を二進法で描いた紙テープ。二進法テープでデータを入力する機械のアイデアは、チューリングの1936年論文に登場する
紙からポリマーへ
イングランド銀行は2016年9月から、紙幣を紙製から合成樹脂のポリマー(プラスチック)製へ順次切り替えている。
ウィンストン・チャーチル英首相が描かれたポリマーの新しい5ポンド札と、作家ジェイン・オーステンが描かれた10ポンド札は、すでに流通している。画家JMW・ターナーが描かれた新しい20ポンド札は、2020年に流通が始まる予定。
来年登場予定の新しい20ポンド札
同銀行によると、ポリマー製は従来の紙製よりも耐久性があり、安全で、偽造が困難だという。
今回の新50ポンド紙幣が最後の切り替えとなる。
50ポンド紙幣はかつて「腐敗したエリート層の通貨」とされ、他の金額のものと比べて、日常的に取り引きされる量は最も少ない。
イングランド銀行の紙幣流通統計によると、現在では、約3億4400万枚、総額約172億ポンド(約2兆3290億円)分の50ポンド紙幣が流通している。
6週間で22万件超の肖像案
イングランド銀行が国民に対し、新50ポンド紙幣の肖像に採用すべき科学者の提案を呼びかけたところ、6週間で22万7299件の提案が寄せられた。その中で適格と判断された科学者は989人だった。
総裁による最終決定に先立ち、科学分野の専門家を含む候補者リストが、肖像候補を決定する委員会によって作成された。
リストには、チューリングのほか、化石採集者兼古生物学者のメアリー・アニング、理論物理学者のポール・ディラック、物理学者兼結晶学者のロザリンド・フランクリン、天文学者のウィリアムとキャロライン・ハーシェル兄妹、生化学者のドロシー・ホジキン、初期の汎用計算機「解析機関」を考案した分析哲学者兼計算機科学者のチャールズ・バベッジ、バベッジと師弟関係で「解析機関」の著書で知られるエイダ・ラヴレス、理論物理学者で1982年には大英帝国勲章司令官(CBE)を授与されたスティーヴン・ホーキング、理論物理学者のジェイムズ・クラーク・マクスウェル、数学者のシュリニヴァーサ・ラマヌジャン、物理学者兼化学者のアーネスト・ラザフォード、生化学者のフレデリック・サンガーが含まれていた。
今回の決定後に、新50ポンド紙幣の肖像に関する議論が再浮上する可能性はある。
全ての英貨幣に肖像が使われているエリザベス女王を除けば、紙幣に採用されている女性は10ポンド紙幣の作家ジェーン・オーステンのみ。女王以外の女性を採用すべきだと求める運動を受けて、オーステンの採用が決まった。50ポンド札がチューリングに決まったことで、女性は引き続き、女王のほかはオーステンのみとなる。
一方で、黒人やアジア系、少数民族など(BAME) のバックグラウンドを持つ歴史的人物の採用を求める活動も行なわれた。
この問題を提起したヘレン・グラント下院議員への回答として、カーニー総裁は、「イングランド銀行は、(障害、年齢、婚姻、性転換、宗教、信条、人種、性別、性的志向など)すべての保護特性について適切に検討し、イギリス社会の多様性や文化および価値を反映した人物を紙幣に採用するよう努める」と述べた。
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