英首相の「合意なしEU離脱」、議会がストップできるのか
ダニエル・クレイマー、BBC政治記者

ボリス・ジョンソン英首相は、10月31日に予定しているイギリスの欧州連合(EU)離脱を「決死の覚悟で」実現すると宣言している。たとえそれが、合意なしのEU退場だとしても。
一方、多くの国会議員は合意なしのブレグジット(イギリスのEU離脱)に反対している。だが、政府がエリザベス女王に議会の閉会を求めた以上、議員たちは「合意なしブレグジット」に「待った」をかけられるのだろうか。
「合意なし」とは?
「合意なしブレグジット」とは、イギリスがEUとの「離婚」(または分離)の仕方について何も合意しないまま、直ちにEUを去ることを意味する。
イギリスは一夜にして、単一市場と関税同盟(EU加盟国同士の貿易を促進する仕組み)から退出することになる。
そうなれば経済に悪影響が及ぶと、多くの政治家や企業が懸念している。
他方、リスクを大げさに騒ぎすぎだという人もいる。
テリーザ・メイ前首相は、自分がEUとまとめた離脱協定について、与党議員の支持さえ取り付けることができなかった。もし与党保守党の議員たちが、メイ首相の協定を受け入れれば、「合意なし」は避けられるはずだったのだが。そのため、メイ氏は辞任した。
ジョンソン氏が自らのブレグジット案(まだ存在していないが)を議会で通過させない限り、イギリスは10月末に「合意なし」でEUを離れる見込みに直面する。
それを避ける方法は、再び離脱を延長するか、あるいはブレグジットをそっくり中止するか、そのいずれかになるだろう。
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首相はどうすれば「合意なし」を実現できるのか?
理屈の上では、新たな案が出てきて合意まで至らない限り、ジョンソン氏が何をしなくても「合意なしブレグジット」は起こる。
なぜなら、イギリスの10月31日付EU離脱は、すでに法律に刻まれているからだ。ジョンソン氏は時間稼ぎをするだけでいい。
しかし、ことはそれほど簡単ではない。
英議会のほとんどの議員は、「合意なし」の離脱に反対だ。だから、それを食い止めるため、あの手この手を使う可能性がある。
国会議員は「合意なし」を止められる?
残された時間はわずかだが、国会議員にとって「合意なしブレグジット」を防ぐ手立てはまだある。
「合意なしブレグジット」に反対する議員らが超党派の会合を開き、その後に浮上したのが「立法化」だ。
議会で何が起きるかは通常、その時々の政府によるところが大きい。そのため、抵抗勢力はなんとかして、議事日程の決定権を握らなくてはならない。
緊急討議
これから数週間、「SO24」という言葉を耳にするようになるかもしれない。これは、「早急に検討すべき特定かつ重要な問題」について、議員が討議を求めることを認めた規則「Standing Order 24」を指している。
この討議は通常、いかなる強制力も生み出さない。ただし、ジョン・バーコウ下院議長が修正を許可した場合は、いくらかの権限を持ち得る。
例えば、議員が特定の日の審議日程を掌握し、法案を丸々通そうとすることは可能かもしれない。
その新しい法律は、離脱期限の延期をEUに要求するよう、首相に強制する、それだけの内容のこともあり得る。
理論上は、これをやる時間は十分にある。
どんなものでも新たな法律が成立するには、上下両院の全手続きを経なくてはならない。ふつうは何週間かかかるが、3日で終わらせることも可能だ。実際にイヴェット・クーパー議員は今年4月、EU離脱を延期させるため、急いで法案を通した。
ただ、仮に議員がわずか3日で法案を通したとしても、それが発効するのに1日、緊急討論を開くのにもう1日かかるだろう。議会の閉会まで審議日数が4日しかない現状では、これはきつい。
貴族院(上院)でも邪魔が入るかもしれない。「合意なし」への反対議員が多数を占めてはいるが、法律成立を阻止しようとする議員が延々、時間切れまで議論を続ける可能性もある。
不信任決議
「核の選択肢」とも呼ばれる方法を選ぶなら、議員が不信任投票で内閣を追い出すことも可能だ。
これは早ければ、議会の夏休みが明けて審議を再開した翌日、9月4日にも可能だ。
議員の過半数が内閣に反対する票を投じれば、議会任期固定法に基づいて、一連の正式な手続きが始まる。
- 首相には週末を含めた14日間で、議会の信任を得ていると証明する機会が与えられる
- この間に別の議員が、過半数議員の支持を得ていると証明できれば、首相は辞任しなくてはならない
- 14日過ぎても別の政権が成立しなければ、総選挙が行われる。実施までは最短5週間はかかる
不信任投票の後、代わりの政権をつくり、下院で過半数の支持を得ていると示すために議員に許される時間は、14日ではなくわずか数日だ。
14日の期限が切れる前に、首相への不信任決議が成立し、議会が閉会となった場合、何が起こるのかは不透明だ。
だが、実際問題としては代わりの内閣を組閣するだけの時間はなく、自動的に総選挙へと移行することになる。
「合意ありブレグジット」にする!
離脱期限の延期をせず、「合意なしブレグジット」にもしない方法は2つしかない。「合意あり」にするか、いっそブレグジットをやめるかだ。
離脱日の前に、議員が新たな合意を承認することはまだ可能だ。多くの閣僚はこの路線を進みたがっているという。
その場合、首相は新たな協定案を抱えて10月中旬のEUサミットから戻り、議会に提案し、10月31日の期限までに議会の承認を得ることになる。
しかし大きな問題は、協定実施に必要な法案を通すだけの時間が、首相にあるかだ。「合意あり」の法案を通すのは、「合意なし」を食い止める法案を通すより、行程がずっと複雑になる。
司法審査も?
首相の議会閉会の計画を妨げようとするのは議員だけではない。他の人たちも、法廷闘争を挑む意向を表明している。
議会の閉会は政府の決定によるものだが、決定に効力を与えるのは女王だ。しかし、女王を裁判に引っ張り出すことはできない。
それでも、運動家ジ-ナ・ミラー氏は、首相の決定に対する司法審査を要求している。
ミラー氏がBBCに語ったところでは、同氏はジョンソン首相の女王への助言内容を問題視している。さらに、首相が議会を閉会し、次の開会にあたり女王の開会演説を求めたのは、首相権限の適正な行使に当たらないと訴えている。
ミラー氏はこの訴えが、議会の閉会前に審理されるよう望んでいる。
同氏はまた、首相の閉会決定が合法かどうかを判断する立場に自分はないとし、「裁判所が証拠をもとに決めること」と話した。
元首相のサー・ジョン・メイジャー氏も7月に、司法審査を検討を提言していた。
議会の閉会が発表された後、メイジャー氏はジョンソン首相の動機について、「自分のブレグジット政策に反対する議会を回避する」ことが目的だろうと指摘。自分は「この問題や他の問題でも、合法性について意見を求め続ける」と話した。