「身長5フィートの巨人」、緒方貞子さんが死去 92歳 

Sadako Ogata visits 12 June 2000 a refugee camp near the eastern Sudanese town of Kassala Image copyright Getty Images
Image caption スーダンの難民キャンプを訪れた緒方さん(2000年)

女性初の国連難民高等弁務官(UNHCR)となり、人道支援に尽力した緒方貞子さんが亡くなったことが、29日に明らかになった。92歳だった。

日本メディアによると、葬儀は29日、東京都内の教会で営まれた。親交のあった上皇后さまも弔問に訪れた。

緒方さんが2003年から9年近く理事長を務めた国際協力機構(JICA)によると、緒方さんは今月22日に亡くなった。

緒方さんは、深刻な難民危機が相次いだ1991~2000年に難民高等弁務官を務めた。1991年の湾岸戦争後にイラクから逃げるクルド人難民、バルカン紛争の戦争被災者など、「何も持たず、身を守る手立てもない」人々を守るために情熱を捧げた。

緒方さんの並外れた交渉力や、紛争の敵対勢力と向き合う能力は、国連職員や各国首脳から尊敬され、「身長5フィート(約150センチ)の巨人」と称賛された。

まずは難民の声を聞き

1927年に外交官の娘として東京で生まれた緒方さんは、幼少期を海外で過ごした。1932年の5・15事件で殺害された犬養毅首相は、曽祖父にあたる。

聖心女子大学英文科を卒業後、米ジョージタウン大学で国際関係論の修士号を、カリフォルニア大学バークリー校で政治学の博士号をそれぞれ取得した。

UNHCRに就任する前は研究者として上智大学の教授となり、同大学の外国語学部長などを務めた。

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Image caption ボスニアを視察する緒方さん(1994年)

1991年にUNHCRに就任。初の女性で初の日本人、さらに初の学者出身の難民高等弁務官だった。

就任から間もなく、イラクを逃れる数百万人ものクルド人という深刻な難民危機に直面した。

「自分がどういうことになるのか、よく理解していなかった。というのも、自分が就任した後に起きたことは、それ以前に誰もが思っていた世界情勢とかなり違ったので」と、緒方さんは2005年に「ジャパン・タイムズ」に話している

緒方さんはイラク北部やボスニア・ヘルツェゴビナ、コソヴォ、アフリカ大湖沼地域などでの大規模な救援作戦を指揮することになる。

2006年出版の自伝「紛争と難民――緒方貞子の回想」で緒方さんは、難民高等弁務官の仕事は世界中をめぐる「消防隊」のようなものだと説明している。

UNHCR職員のヨハン・セルスさんはジャパン・タイムズに対して、緒方さんは「思いやりの深い」人で、紛争地では「まずは難民の声を聞いてから、地域の政治指導者たちと交渉していた」と話した。

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Image caption ベルリンで204年に開かれた国際会議で、60カ国以上の首脳と共に集合写真に写る緒方さん(中央)

1995年にはアメリカの国立憲法センターによるフィラデルフィア自由賞を受賞。授賞に際し同センターは、「緒方氏は世界の難民のために働いた最も偉大な活動家。緒方氏以上に人道的な役割を果たし、未来への希望の偉大な象徴となった人物はいない」と評価した。

2003~2012年には日本の国際協力機構 (JICA)で 理事長を務め、発展途上国への支援に尽力した。

国連70周年に寄せた記事で、緒方さんは「私はよく、元気の源は何かと聞かれることがあります」と書いている。

「私はしばしば、キャンプや村々、一時収容施設、スラム街などで出会った多くの難民のことを考えます。私がここまで続けてこられたのは、私たちの集団的な努力で、避難生活の恐怖や苦痛を、家族や友人の安全と結束に変えられると確信しているからだと思います」

「結局のところ、一番大事なのは人間です」

(英語記事 First female UN refugee chief and '5ft giant' dies

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