ゴルバチョフ元大統領が死去、91歳 ソ連最後の指導者

Mikhail Gorbachev

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ミハイル・ゴルバチョフ氏

ソヴィエト連邦最後の最高指導者で、冷戦を平和的に終結へと導いたミハイル・ゴルバチョフ氏が30日、死去した。91歳だった。

1985年にソ連のトップとなったゴルバチョフ氏は、ソ連を世界に開くとともに、国内でもさまざまな改革を行った。一方で、ソ連のゆるやかな崩壊を止めることはできず、現在のロシアの誕生につながった。

各国の政治家が弔意を表明しており、国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「歴史の道筋を変えた人」だとたたえた。

グテーレス氏はツイッターで、「ミハイル・ゴルバチョフ氏は唯一無二の政治家だった。多国間主義を信じ、休まず平和を推し進めた偉大な指導者を世界は失った」と述べた。

ゴルバチョフ氏が亡くなった病院によると、同氏は長く重病をわずらっていた。近年は体調を崩し、入退院を繰り返していたという。

今年6月には各国メディアが、ゴルバチョフ氏が腎不全で入院したと報じていた。ただ、死因は発表されていない。

タス通信によると、ゴルバチョフ氏はモスクワのノヴォデヴィチ墓地に、1999年に亡くなった妻のライサさんと隣り合わせに埋葬される。

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旧ソ連最後の指導者、ゴルバチョフ氏の政治人生を振り返る

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ロイター通信によると、ロシアのドミトリ・ペスコフ大統領報道官は同国のインターファクス通信に対し、ウラジーミル・プーチン大統領が弔意を表していると述べたという。

欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、ゴルバチョフ氏は「信頼と尊敬を受けた指導者」であり、「自由なヨーロッパへの道を開いた」と称賛した。

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、ゴルバチョフ氏の勇気と誠実さを尊敬していると述べた。

「プーチンがウクライナに攻め込む中、ゴルバチョフ氏がソ連を開放するために払ったたゆまぬ努力は、我々全員への教えとして残り続ける」

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1987年に中距離核戦力全廃条約に署名するゴルバチョフ氏(左)とロナルド・レーガン米大統領(当時)

ゴルバチョフ氏は54歳でソ連共産党の書記長に選ばれた。

同氏は当時、ソ連の主要決定機関「政治局」の最年少メンバーであり、年長の指導者が続いた後の新しい風として期待されていた。前任のコンスタンティン・チェルネンコ氏は、就任1年強で73歳で死去していた。

ゴルバチョフ氏が推進した「グラスノスチ(情報公開)」により、ソ連国内ではそれまで考えられなかった政府批判が可能となった。

一方で、これがソ連各地でナショナリズムを盛り立て、その後の崩壊につながった。

外交面ではアメリカと軍縮条約を結んだほか、東欧諸国で共産主義の指導者への反発が高まった際に介入を拒否した。

そのため、西側からは改革の主導者であり、1991年の冷戦終結の環境を作り出した人物と評価されている。1990年には「東西関係の急激な変化で主要な役割を果たした」としてノーベル平和賞を受賞した。

しかし1991年にロシア連邦が誕生すると政界から身を引き、教育や人道プロジェクトに注力した。

1996年には一度政界に戻ろうとしたものの、大統領選での得票率はわずか0.5%だった。

ゴルバチョフ氏の評価は

リチャード・ニクソン米大統領時代に国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャー氏はBBCのニュース番組「ニューズナイト」の取材に応じ、ゴルバチョフ氏は「人類とロシア国民のためになる歴史的な変革を始めた人物として歴史に刻まれるだろう」と述べた。

ゴルバチョフ政権と共に東西ドイツの統一交渉を行った元米高官のジェイムズ・ベイカー氏は米紙ニューヨーク・タイムズに、「ゴルバチョフ氏は彼の偉大な国家を民主主義へと導いた巨人として、歴史に名を残すだろう」と語った。

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ヘンリー・キッシンジャー氏

一方で、多くのロシア人がソ連崩壊後の混乱について、ゴルバチョフ氏を許せないと感じている。

ウクライナのロシア占領地で、ロシアの任命を受けて公務員となっているウラジーミル・ロゴフ氏は、「ソ連を故意に破滅に導いた人物」だと述べ、裏切り者だと評した。

ロシアのタブロイド紙コムソモリスカヤ・プラウダは、ゴルバチョフ氏をロシアで最も賛否が分かれる政治家だとし、「自由をもたらした人と言う意見もあれば、祖国を奪った人物だという評価もある」と説明した。

英語メディアのモスクワ・タイムズは、ゴルバチョフ氏は「冷戦を終わらせたと尊敬されている」一方で、「国内では意見が分かれる人物」だと評した。

BBCのジョン・シンプソン世界情勢編集長は、ゴルバチョフ氏の「私は法律を勉強したが、国内で順守されていないことに気づいた」という言葉を紹介。救えないものを救おうとした、謙虚で思慮深く、規律正しい人だったとした。

ジェレミー・ボウエン国際編集長は、「冷戦中に育った人は、常に『相互確証破壊』という言葉がついて回っていたのを覚えている。ゴルバチョフ氏が書記長となってからはそれが消え、1990年代にはもう永遠に戻ってこないと思っていた」と回想。

しかし、西側諸国の首脳はゴルバチョフ氏が始めたことの上に成果を築くことができず、プーチン氏にはその意欲もなかったため、現在の大きな混乱があると分析した。

プーチン氏や核兵器に言及

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ゴルバチョフ氏とプーチン氏

ゴルバチョフ氏は生前、プーチン氏に対する意見を公にしており、軽い称賛と手厳しい批判を繰り返していた。

2013年にはBBCの取材で、プーチン氏との関係を「気まずい」ものだと述べていた。

また、ゴルバチョフ氏のプーチン政権批判をプーチン氏が警告した出来事に触れ、「プーチン氏は時折、激怒することがある」と説明。「彼はとても神経質で心配性だという印象を受ける。すべてがうまくいっているわけではない。やり方を変え、政権に変化を加えるべきだと思う」と語った。

当時新たに制定された政権批判を抑圧する法律については、「自国民を恐れてはいけない」とメッセージを発した。プーチン氏の側近についても、「泥棒と汚職政治家」だと批判していた。

2019年のBBCのインタビュー(下の動画)では、核兵器が今も世界を脅かしていると指摘。全ての国家が核廃絶を宣言すべきだと話した。

ゴルバチョフ氏は1980年代、ソ連の改革と西側諸国との緊張緩和に努め、1987年にはレーガン米大統領と中距離核戦力(INF)全廃条約に調印するなど、冷戦の軍拡競争に歯止めをかけた。

しかしアメリカとロシアは2019年、INF全廃条約から離脱すると表明。兵器開発競争も再燃している。

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世界は「非常に大きな危機に」 ゴルバチョフ元ソ連大統領インタビュー

ウクライナをめぐる思惑は

一方でゴルバチョフ氏は2014年、北大西洋条約機構(NATO)のウクライナへの拡大がロシアの脅威になるというロシア政府の意見を支持。

また、西側諸国によるロシアへの制裁に反対し、クリミア半島の併合にも賛意を示した。

これを受けてウクライナは2016年、ゴルバチョフ氏に5年間の入国禁止を言い渡していた。

しかし今年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻について、ゴルバチョフ氏は反対だと述べていた。

侵攻が始まった2月24日に発表した声明で同氏は、「早期の敵対行為停止と和平交渉の即時開始」を求め、「この世界に人命よりも尊いものはない」と訴えた。

反政府派のジャーナリストであるアレクセイ・ヴェニディトフ氏は米誌フォーブスのロシア版で、ゴルバチョフ氏を取材した際、は生涯をかけた仕事をプーチン氏に台無しにされたと感じていると語ったと述べた。