不本意の禁欲主義者――「インセル」たちの知られざる世界

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ジョナサン・グリフィン記者 BBCトレンディング

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カナダ・トロントで4月23日に起きた 、歩行者が次々とバンにはねられ10人が死亡した事件で、逮捕されたアレック・ミナシアン容疑者は、「インセルたちの反乱」についてフェイスブックに書き込みをしていたことが明らかになり、これまであまり知られていなかったインターネット上のサブカルチャー インボランタリー・セリベイト(Involuntary celibate、不本意の禁欲主義者)、略し 「インセル」への関心が高まった。 インセルのネット掲示板に書き込みをしている若い男性たちはどんな人たちなのか。

「言うまでもなく、女性が僕を好きになってくれる可能性なんて元々あんまりない」

シカゴに住むジャック・ピーターソンさん(19)はこう語る。彼も米掲示板サイト「レディット」などで、インセルに関するサイトを訪れる多くの若い男性たちの一人だ。

「恋愛でいやな経験を何度かしたことがあるから、どんな気分になるか分かりますよね(中略)過去にこだわらずに新しい恋愛を始めるのは難しい」とジャックさんは語る。「女性にかなりひどいことをされたことがあるんです」。

このような失敗やいら立ち、怒りや憎しみの空気は、どのインセルの掲示板にも共通している。筆者はインセルの一員だと語る若い男性数人と接触した。10代から20代前半で、女性から拒否されたり、女性に関して嫌な体験をしていた。

掲示板を使うのは孤独感からだ。そこには、自分たちは遺伝子のくじ引きの負け組で、なすすべがほぼないと主張する、怒りを抱えた男性たちがいる。

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Image caption ジャック・ピーターソンさんはYouTubeに集まったインセルたちに最も知られる人物の一人だ

YouTubeやポッドキャストで自分のチャンネルを持っているジャックさんは、トロントの事件が起きた後にメディア取材に応じている数少ないインセルたちの一人だ。

偽名でなら取材に応じると話した人もいた。恋愛がうまくできないのを恥ずかしく思っているせいもあるが、多くの人は極端な意見も持っているのを知られたくないと思っている。

仮に名前をリアムとしておこう。英国に住む19歳の彼は、もっと低年齢だったころから掲示板に活発に参加してきた。家族と同居しており、無職だ。

「僕には女性嫌いっていう、生きていく上でおよそ助けにならない考え方がある」とリアムさんは認める。

女性を憎んでいるの? と直接的な質問をしてみた。

「ある意味、そうです」とリアムさんはしどろもどろに答える。「そうしないようにしているけど、ただ話していて、本当は言っちゃいけないようなことを言ってしまっていることに気が付く。掲示板を前から見てたってだけで」。

私たちの会話はぎこちなく、考えは脈絡を外れ、やりとりの合間に沈黙が入る。実際の生活で言ってはいけないと思うのはどんなことか、リアムに聞いてみた。すると、彼が女性に対してぶつぶつと言うときがあると話す、ここでは紹介できないような侮辱の言葉をいくつかの言葉が挙げられた。インセル社会に彼がかかわってきたせいなのだろうか。

「関係があるのか実際には言えない。もっと若いときにはそもそも、そんな言葉を言うようなことには多分ならないから。だけど、前だったら自分は言わなかったと思う」

「掲示板のコミュニティーとはこういうもの」とリアムさんは付け加える。「引き込まれて、自分と同じような問題を経験した人たちがお互いの考えを増幅するような場所に入っていく」。

「何かちょっと(したことが)頭に浮かんで、(中略)ずっと極端なことを考えている人がいるのを見て、じゃあちょっとくらい言っても大丈夫だと考える」

リアムさんが指摘する極端な意見は、インセルの掲示板には堂々と書き込まれている。

性と遺伝子

女性は皆、お金が好きで、ふしだらで、他人を操作しようとするという見方は、インセルの掲示板の傾向としてはっきり表れている。ここでは、魅力のある女性たちは「ステイシー」という名前で呼ばれる。

「ステイシー」たちは、欲望と同時に嘲笑の対象でもある。インセルたちは、「ステイシー」たちはいつも、自分たちでなく「チャド」たちの方を選ぶと信じている。

「チャド」とは、性的な面での勝ち組の男たちのことだ。それは単なる性格や自信の程度の比較ではない。多くのインセルたちは、自分たちが遺伝子的に「チャド」たちに劣っていると考えている。

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Image caption インセルの掲示板でよく見られる「チャド」の戯画

チャドは通常、豊かな金髪をなびかせ、隆々たる筋肉を蛍光色の緑のズボンの下から誇示する男として描写される。スポーツ車も所有しているが、それよりもインセルたちが羨望するのが、男らしい顎の形だ。

このような粗雑な戯画化はつまらないものに思えるが、自分たちはセックスや愛、幸福とは無縁だと信じるインセルたちにとっては、「自分たち対あいつら」という心理的な図式が得られるために重要なのだ。

彼らは特に、「黒い錠剤」(編注:アヘンを示す俗語)理論と呼ばれるニヒリスティックな考え方に魅力を感じている。セックスや性的魅力をめぐる競争は生まれたときから公正ではない、ということを認識しているのは自分たちだけだという考えだ。

インセルたちの掲示板では、自己啓発や前向きな態度は冷ややかにみられる。女性とうまくやれる男はすぐに「フェイクセル」、つまり「偽インセル」というレッテルが貼られる。

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Image caption アレック・ミナシアン容疑者は犯行の直前、フェイスブックに「インセルの反乱は既に始まっている! 全てのチャドやステイシーたちを蹴落とす! 究極の紳士、エリオット・ロジャー万歳!」と書き込んだ

インセルたちは、レディットやフェイスブック、掲示板の「4chan」に加えて、自分たちが運営するウェブサイトで集団を形成するようになった。一方でインセルたちの考えをばかにする反インセル集団も存在する。「元インセル」だという人物にも、それらの集団を通じて知り合った。

再び偽名だが、マシューと名乗る男性はインセルのことを「4chan」で知った。4chanは自由気ままで、極端な発言も多々見られる掲示板だ。わずか15歳の彼は、なぜインセルに魅力を感じたのか率直に話してくれた。

「かなり太っていたんです。人付き合いが下手で、友人の数は限られていた」と彼は当時を振り返る。「結果、とても自信がなかった」。

「女の子に心を傷つけられて、自信のなかはさらに強まった」

1年がたつうちに、彼の女性に対する態度は極端になっていた。

「ある特定の人にうらみがありました」とマシューさんは語る。「だけどインターネットでほかの人に話すと、(残酷さは)女性一般にあるものだと、説得されることが多かったんです。今考えてみるとひどい話です。女性は生まれつき他人を操作しょうとするもんなんだって。女性は皆、男を利用しようとしていると」。

大量虐殺

インセルの王国で英雄とされるのは、幾分皮肉だが、エリオット・ロジャー容疑者だ。2014年に6人を殺害した後、銃で自殺した。とりとめなく書かれた彼の宣言には人種差別と女性嫌悪の言葉にあふれていた。女性は自分とセックスしたがらないとも書かれていた。

宣言にはインセルについての直接の言及はないが、彼の行為はインセルの掲示板で常に話題に上っている。ブラックジョークのように読めるコメントもあるが、より深刻に思えるコメントもある。

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Image caption エリオット・ロジャー容疑者は2014年に6人を殺害した後、銃で自殺した

あるスレッドには、自殺したいと述べる書き込みがあったり、暴力を示唆するさまざまなコメントがあったりした。

ある書き込みにはこう書かれていた。「自己中心は 良くない 。自殺する前に小学校に行って子供たちを殺すんだ。頼むよ!?!」(太字部分は原文ですべて大文字で強調)

インセルたちの間でこのような書き込みは珍しくない。自殺を考えていると投稿した人に、ほかの参加者たちが火に油を注ぐようなコメントを寄せることも頻繁にある。

19歳の英国人のインセル、リアムさんは筆者と話しながら、ロジャー容疑者の大量殺人について冗談を飛ばそうとする。

「そんなに間違っていなかったと思う」と神経質に笑いながらリアムは語る。筆者が問い詰めると、リアムさんは「人を殺すのは間違っているのは常識だ」と言う。

インセルの掲示板は、腹を立てていたり、自殺したいと考えているときに励ましてもらうような場所じゃないとリアムさんは認める。

「人が普通するような、オブラートに包むようなことはしようとしない」

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インセルを監視

ネットサービスの運営側によるインセルのコミュニティーの対する規制はそれほど厳しくない。レディットは昨年11月に最大のインセルのグループを禁止したが、ほかのグループは未だに活動を続けている。

インセルたちの掲示板を監視している人もいる。

トロントのインセルのコミュニティを何年も監視してきたカナダ人女性のエミリーさんに話を聞いた。レディットのアカウントで男性のふりをしてインセルたちと接触を試みたこともあるという。仮名を希望したエミリーさんはインセルたちから強姦すると脅迫を受けたことがあると話した。

トロントでの事件後に見た彼らの会話に特に心が乱されることがあったとエミリーさんは話す。一部のインセルたちは容疑者から距離を置こうと必死になっていた一方で、それを否定する人たちもいたという。

「攻撃があった次の日、インセルの英国人の生徒がいたんですが、医学部に入学できなかったのは、面接をした女性に自分は医師になるには醜すぎると判断したからだと話したんです」とエミリーさんは語った。

「その夜に自殺するつもりだという彼に対して、コメント欄には「『一人で死なないで』仕返しをしろと呼びかける人たちがいました」

「暴力的な画像が投稿されていました。他人を攻撃するようお互いをたきつけているのに、誰も何もしようとしていない。もしアイシス(イスラム国=ISの別名)が同じことをしていたら、サイトはすぐに閉鎖されて、逮捕者が出るでしょう」

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Image caption 今年4月にトロントでバンの意図的暴走で犠牲となった人々を追悼するため市中心部でキャンドルに火がともされた

エミリーさんによると、トロントには活動が特に目立つインセルのコミュニティーが存在する。それには、首相(ジャスティン・トルドー氏)がフェミニストを自称するようなカナダの政治環境が影響している可能性があると、エミリーさんは話す。

「平等がより身近になると、人々は抑圧されていると感じるんじゃないか」とエミリーさんは語る。「なので、昔は優位な立場にいた人が、周囲の人が皆同じ立場になったことに脅威を感じる」。

インセル文化と、極右の「オルト・ライト」の極端な国家主義・反フェミニスト運動とは、一部が重なっているようにみえる。

両方が、人種的ステレオタイプを伴う集団的な遺伝子の眼鏡を通じて世界を見ており、自分たちは政治的正しさによって不当な中傷を受ける少数派だと考えている。また、両方がほぼまったく自制のないユーモアのセンスがある。

オーストラリア出身の元インセル、マシューさんはインセルが政治的な何かに変化したと感じたこともあり、コミュニティーを離れた。

「以前は今ほど攻撃的ではなかった」と彼は振り返る。「掲示板で怒りの感情に火をつける扇動者がいる。彼らは反動的な運動に向かわせることが多い。一番多いのはオルト・ライトの運動だ」。

「2016年末にインセルを自称するのをやめた。オーストラリアで政治的な議論が過熱し始めたころだ。彼らはすべての問題を女性のせいにしていた」。

現在大学に通うマシューは、他人との交流や女性と話すのが新しい人間関係の中では楽になったと話す。一方で、より内向的なインセルたちが変わるのは困難なのではないかと心配する。

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Image caption アレック・ミナシアン容疑者は犯行から30分以内に逮捕された

インセルを離れる

インターネットにこれだけ憎悪があふれてはいるが、トロントの事件を受けてインセルのコミュニティーに注目が集まるなか、一部のインセルたちは考えを変えている。

前出のジャックさんは筆者のインタビューから数日後、「インセルを離れる理由」と題された動画を投稿した。筆者は彼に再び電話をして理由を聞いた。

「ただ、生産的になって、忙しくし、街中に出かけていって、旅行をし、たくさんのいろんな人と出会う」とジャックさん。「CNNやBBC、ザ・サン(英紙)の記者と話したことで、自分の毎日が単調でつまらないと気が付いた」。

「一日中掲示板に参加して、自分がいかに惨めか語るような生活には戻れないと気付かされた。これについてポッドキャストを作ろうとしている。変わらなくちゃいけない」

「母親と同居して、自分がどんなに負け犬か動画を作っているような、どこにでもいるようなやつだったとしても、ささやかな変化を世界にもたらすことはできる。(インタビュー体験で)自信が出た」

さまざまなメディアに取り上げられたことで、ジャックさんは意外なところから良い反応があったと話す。

「どっかのフェミニストや左派の人たちから好意的なコメントをもらった。インセルのコミュニティーには自殺しろって言われてたけど……あんまり健康的じゃないなって」

一方、エミリーさんは極端な意見を語る人々に対して、驚くほどの共感を示す。この記事を読むインセルたちに言いたいことはあるかと質問すると彼女はこう答えた。

「周りに愛情を示したら、愛情を返してもらえる。女性に対して否定的な態度だったら、仲良くなりたいと思う女性は絶対現れない。だからたくさん内省することが必要。世界は憎しみばっかりじゃない。人はフレンドリーで、あなたは醜くない。あなたには価値がある」

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Image caption ユーチューバーのジャックさんはインセルを離れることにしたと話す

執筆:ジョナサン・グリフィン、取材:エリザベス・キャッシン

(英語記事  Toronto van attack: Inside the dark world of 'incels'