【米大統領選2016】なぜアメリカ人はそんなに怒っているのか
バネッサ・バーフォード、ワシントン

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アメリカ人は一般的に、人生に前向きな人たちだと言われる。しかし11月の大統領選本選が近づくにつれて、有権者の怒りが世論調査結果から見えてくる。政界の主流派ではないドナルド・トランプ氏(共和党)やバーニー・サンダース氏(民主党)が支持を集めているのは、そのせいだと言えるかもしれない。しかし国民の不満に火をつけているのは何なのか。
昨年12月のCNN/ORC世論調査によると、アメリカ人の69%が国内情勢について「とても怒っている」か「やや怒っている」のだという。
そして昨年11月のNBC/ウォールストリート・ジャーナル調査によると、同じく69%の人たちが、アメリカの政治システムは「ウォール街やワシントンの住人のように、金と権力を持ったインサイダーのためだけに機能しているように見える」から、怒っているという。
1月のNBC/エスクワイヤ調査によると、多くの人は怒っているだけでなく、1年前よりももっと怒っている。特に共和党支持者(61%)と白人(54%)の怒りは強いが、民主党支持者(42%)とラティーノ(43%)とアフリカ系アメリカ人(33%)も怒っている。
有権者の怒りを感じ取った候補たちは、怒りの代弁を買って出るようになった。他のどの候補よりも有権者の不満を上手にすくいあげたと言えるドナルド・トランプ氏は、自分が「とても、とても怒っている」と言うし、「怒りを喜んでこの身にまとう」と発言している。共和党のライバル、ベン・カーソン氏も「アメリカン・ドリームがこぼれ落ちていくのを前に、落胆して怒るアメリカ人に大勢」出会ったと口にした。
民主党から出馬しているバーニー・サンダース氏は「私は怒っているし、何百万というアメリカ人も怒っている」と発言。ヒラリー・クリントン氏も「なぜみんなが怒るのか理解している」と言う。
アメリカン・ドリームはボロボロだとなぜ思うのか。有権者がそう思う理由を5つ、挙げてみる。
1. 経済

1975年以降の米家計所得中央値(インフレ調整済み)
「アメリカの中流および労働者階級の経済状態は過去15年間、実質的には改善していない。それが、アメリカ国内の怒りと不満の最も根本的な原因だ」 シンクタンク「ブルッキングス研究所」で統治研究を専門とするウィリアム・ガルストン氏はこう指摘する。
アメリカ経済は景気後退からは回復したかもしれない。国内総生産は復活し、失業率は2009年の10%から2015年の5%にまで回復している。それでも国民は、苦しんでいるのだ。往々にして国民の家計水準は15年間、停滞している。米国勢調査局によると、2014年の家計所得の中央値は5万3657ドルで、2007年の5万7357ドルや1999年の5万7843ドルから減少している(インフレ調整後)。
加えて国民の間には、働く機会はあっても仕事の内容が劣化しているし、働く機会も減っているという感覚もあるとガルストン氏は言う。
「なぜこうなのかと考えているうちに、すぐに悪者探しが始まる。アメリカ政治では議論のレベルがそうやってすぐ劣化しがちだ。左派に言わせれば、悪者は億万長者と銀行とウォール街ということになる。右派に言わせれば、悪者は移民と、アメリカ人から職を奪う外国と、国際経済だということになる。コインの表裏に過ぎない」
2. 移民

2015-2060年の米人口推移予測
アメリカの人口構成は変わりつつある。1965年以降にアメリカに到着した移民は5900万人近くに上る。そのすべてが合法だったわけではない。ピュー研究所によると、40年前のアメリカ総人口に占めるヒスパニックではない白人の割合は84%だった。2015年にはそれが62%に減っていた。この傾向は今後も続き、2055年には非ヒスパニック白人の割合は全米人口の半分以下になり、2065年にはわずか40%にまで減っているだろうとピュー研究所はみている。2055年には、他のどの民族グループよりも多くのアジア系がアメリカに移住するという予想もある。
「The Next America」の著者ポール・テイラー氏は、「人口構成や人種、文化、宗教、世代が大々的に変わった。変化を歓迎する人もいれば、とんでもないことだと嫌がる人もいる。白人高齢者の中には、今のアメリカは自分が生まれ育った国ではないという人もいる。互いにまったく異なる異人の部族が並んでいるような感覚もある」と話す。
アメリカには現在、1130万人の不法移民がいる。南カリフォルニア大学の移民専門家、ロバート・スロ氏は、世間の怒りが移民に向けられるのはよくあることだと指摘する。
「多くの人が自分の不安のはけ口を探し求めているとき、(移民は)テロや雇用や生活への不満といった大問題を象徴する『顔』になってしまう。たとえば(14人が殺害されたカリフォルニア州)サン・バーナディーノの事件の後、それまでメキシコ人を攻撃していたドナルド・トランプがたちまちムスリム攻撃に切り替えたことからも、それははっきりしている」
3. ワシントン

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ピュー研究所によると、政府を信用するかどうか尋ねられると、共和党支持者の89%と民主党支持者の72%が「たまにしか」もしくは「絶対に信用しない」と答えるとう。ギャラップ社調査によると、10人に6人のアメリカ人が、政府は権力を持ちすぎていると感じている。さらにアメリカ最大の問題は何かという調査では、2年連続して、経済や雇用や移民よりも政府が最大の問題だという結果になった。
連邦議会は膠着しているし、有権者に選ばれた政府関係者は無能に思える――。このように感じて不満を抱く有権者は20~30%に上ると、アメリカン・エンタープライズ研究所の世論調査専門家、カーリン・ボウマン氏は言う。
「政治家は争うばかりで何も成果を出さないと、多くの人の目にはそう映っている。加えて、連邦議会の業務内容は1970年代から格段に増えているため、批判すべき内容が単純に増えているとも言える。国民は昔よりも政府を遠くに感じ、政府を疎ましく思うようになっている」
ドナルド・トランプとバーニー・サンダース両氏が支持されるのは、国の仕組みが破綻しつつあると考える人たちの焦燥感に関係するとガルストン氏はみている。
「右には、ベルルスコーニやプーチン的に実行力のある『強い男』として選挙戦を戦う候補がいる。左には、緩やかな社会変化を拒否して政治革命を呼びかける候補がいる」
アイオワ州などの共和党予備選で勝ったテッド・クルーズ氏も、「反主流派候補」として戦っている。クルーズ氏はアイオワ州予備選の後、「今晩の勝利は、両党の職業政治家たちが有権者に耳を貸さず、有権者への約束をあまりに守らない様子に呆れ、落胆してきた全てのアメリカ人のためのもの」と演説した。
4. 世界の中のアメリカ

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アメリカは超大国の立場に慣れているが、ピュー研究所によると、アメリカが「世界のどの国よりも上にいる」と考える国民の割合は、2011年の38%から2014年の28%に減少している。さらに、同研究所の2013年世論調査によると、70%のアメリカ人が、アメリカは国際的な尊敬を失いつつあると考えている。
「世界のトップという地位に慣れている国にとって、外交面でここ15年間は芳しくなかった」とロバート・スロ氏。「9/11以来ずっと戦争しているという感覚がなかなか消えないし、アメリカは何を目指しているのか分からない、物事が思うように進まないという感覚もある」。中国は台頭し、タリバンは打倒できず、いわゆる「イスラム国」との戦いは思うように進まないなどの現状も、国民の不安を高めている。
ニューヨーク・タイムズ/CBSの世論調査によると、テロ攻撃に対するアメリカ人の恐怖の度合いは現在、9/11以来最も強くなっている。サンバーナディーノ事件への国内の反応は、パリ連続襲撃に対するフランス人の反応と異なっていたとガルストン氏は言う。「フランス人はこぞって政府を支持して団結したが、アメリカ人はこぞって政府を批判した。国と国民を守るという政府の最も基本的な責任を、今の政権は果たしていないという印象がある」。
5. 分裂国家

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民主党と共和党のそれぞれの支持者は、かつてないほど政治思想的に対極に分裂している。ピュー研究所によると、現在の典型的な(中央値の)共和党支持者が社会・経済・政治について抱く根本的な考え方は、民主党支持者の94%よりも保守的だ。1994年の時点では同じ項目が70%だった。対して典型的な(中央値の)民主党支持は、共和党支持者の92%よりもリベラルだ。こちらは1994年には64%だった。
加えてこの調査によると、相手の党をきわめて否定的に見ているアメリカ人の割合は倍増。嫌悪感は非常に強く、自分と異なる政治志向の相手と近親者が結婚したら、とても悲しいと答えるほどだという。
この極端な分裂のせいで、移民や医療保険や銃規制といった大問題で妥協点を見いだすのが難しくなっている。一方でこの対立がもたらす議会の膠着は、中道派の怒りを買っている。
「アメリカでは対立が先鋭化しているが、それでも中間にいる大勢の人はもっと現実的だ。まったく無関心なわけではなく、膠着して身動きのとれないワシントンは好ましくないと思っているが、議論の流れにあきれ果てている」とポール・テイラー氏は言う。この中間層には若者が多く含まれ、どちらの党だからどうというレッテル張りに取り合わない。
「この人たちが投票すれば、選挙で大事な役割を演じるかもしれない」とテイラー氏は指摘する。
(英語記事 Why are Americans so angry?)