中国の「冥婚」が殺人誘発か 遺骨売買も
グレイス・ツォイ、BBC中国語

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先祖供養に供え物を燃やすのは、中国で大事な風習の一つだ。写真は日本のお盆にあたる「鬼節」に、道端で紙銭を燃やして先祖を弔う女性。2014年8月、雲南省魯甸県。
中国・陝西省の警察はこのほど、知的障害のある女性2人を殺害したとして男を逮捕した。いわゆる「冥婚」用に遺体を売るのが目的だったという。
「幽婚」や「鬼婚」とも呼ばれるこの古い風習は、未婚で死んだ人のために死後の世界での伴侶を与えるものだ。いまだに中国の一部で行われているこの幽玄な儀式が、むごたらしい殺人事件によってあらためて脚光を浴びている。
陝西省の警察の調べによると、事件の発覚は今年4月。交通警察が女性の死体を乗せた自動車を発見し、男3人を拘束したことから始まった。
捜査を進めるうちに、次第に凄惨なことの次第が明らかになっていった。男の名前は「マ」としか発表されていないが、容疑者は結婚相手を紹介すると女性たちに近づき、代わりに遺体を売却する目的で女性たちを殺害したというのだ。
「冥婚」とは?
約3000年前から続くこの風習を信じる人たちは、これによって未婚の人たちは死後の世界を独りで過ごさずに済むのだと言う。
そもそもの「冥婚」は、あくまでも死んだ者同士を結びつけるものだった。未婚の死者2人を、生きている人間が結婚させる儀式だった。しかし近年では、生きた人間を死体と結婚させるケースもある。
死者同士の「冥婚」では、「花嫁」の家族は相手に結納金を求める。紙で作った宝石や召使いや屋敷などだ。
伝統的な結婚と同じように、お互いの年齢や家族の釣り合いが非常に重視されるため、どちらの家族も風水師を雇い、しかるべき相手を探す。
結婚式では通常、新郎新婦の遺影が掲げられ、参列者が会食する。花嫁の遺骨を掘り出して、花婿の棺に納めるのが何より大事なハイライトだ。
伝統の暗部は?
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冥婚の花嫁にするため女性の遺骨が墓から盗まれたという報告は近年、相次いでいる。写真は2005年に西安市星火村で、冥婚用に売るため成人女性6人の遺骨を盗んだと逮捕された男性。
中国の一部では数年前から、この儀式が変質して形を変えている様子だ。秘密の儀式で生きている人間が遺体と「結婚」する事例のほか、墓から遺骨を盗みだす、深刻な事例の報告が相次ぎ、殺人さえ絡み始めた。
2015年には山西省の村で女性14人の遺骨が盗まれた。村の住民たちは、墓盗人たちが金目当てで盗んだのだと話した。
2008年~2010年にかけて山西省の冥婚を実地調査した上海大学の黄景春教授は、若い女性の遺体や遺骨の値段が急騰しつつあると話す。
黄博士の調査当時、若い女性の遺体・遺骨には3万~5万人民元(約15万~75万円)の値がついた。今なら10万人民元にはなるだろうと言う。遺体の売買は2006年に禁止されたが、墓の盗掘は後を絶たない。
内モンゴル自治区涼城県で昨年逮捕された男は、冥婚の花嫁を探している家族に遺体を売って金儲けしようと、女性を殺害したと警察に供述している。
なぜ起きているのか
理由は場所によって異なる。山西省など中国の一部の地域では、大勢の若い未婚男性が石炭の鉱山で働いている。死亡事故は頻繁に起きる。
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紙で作った供物が死後の楽な暮らしを約束する。写真は紙製の船に男性の人形が乗っている。
若者の死を嘆く遺族にとって、冥婚は気持ちを癒す手がかりとなる。家族の生計を支えるために働き、その仕事中に死んだ若い息子のために花嫁を探すというのも、遺族の心をなだめる手法のひとつだ。
しかし男女の人数の違いによる影響も大きい。2014年国勢調査によると、この年に生まれた新生児の内、女児100人に対して男児は115.9人だった。
一方で黄博士は、さらに根本的な文化的な要因もあると指摘する。
中国人の多くは、死者の願いをかなえないとバチがあたると信じている。冥婚は、死者を鎮める方法なのだ。
「死者は死後の世界で生き続けるという考え方が、冥婚の背景にある。なので生きている間に結婚しなかったとしても、死後に結婚する必要があるわけだ」と黄博士。
中国以外でもあるのか
冥婚のほとんどは、山西省や陝西省、河南省など、中国の北部や中央部で行われる。しかし香港の風水師、司徒法正氏は、東南アジア各地の中国人社会でもこの古代の風習はまだ続いていると話す。
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香港の施餓鬼供養の供物。写真は2015年8月14日撮影。
台湾では、未婚の女性が亡くなると、遺族が現金や紙銭、髪の一束、爪などを入れた赤い包みを表に出して、男性が拾ってくれるのを待つという風習がある。最初に拾った男性が花婿として選ばれ、亡くなった花嫁との結婚を断るのは不吉なこととされる。
結婚の儀式は中国本土と似ているが、本土と異なり、遺骨を掘り起こしたりはしない。花婿は、生きている女性との結婚も許されるが、冥婚でめとった妻を正妻として尊重しなくてはならない。
台湾・台中市の男性が、亡くなった恋人と大掛かりな式典で「結婚」するビデオが、昨年話題となった。
こうした儀式の根幹にあるのは、死や喪失とどう向き合えばいいのかという、人間にとって普遍的なジレンマだ。
「そういう冥婚はとても感動的です。愛は永遠だと教えてくれます」と司徒氏はBBCに話した。