猿人ルーシーは「木から落ちて死んだ」 320万年後についに死因特定か
ジョナサン・ウェッブ、科学担当記者

画像提供, Science Photo Library
「ルーシー」は320万年前に生きていた人類の祖先。その骨は、現存するものとして最も古く、かつ最も揃っているもののひとつ
「ルーシー」の愛称で知られる人類の祖先は、どこかとても高い場所、おそらく木の上から落ちて死んだのではないか。そんな可能性を示す新たな証拠が見つかった。
ルーシーの骨をコンピューター断層撮影(CT)スキャンで調べたところ、現代人が木から転落した時と同じような損傷があることが分かった。
ルーシーは320万年前に生存していた人類の祖先。化石は木の生えた低地で発見されたことから、死ぬ直前は枝の上にいた可能性が高いとみられる。
ルーシーに代表されるアファール猿人(アウストラロピテクス・アファレンシス)は生活の少なくとも一部を樹上で送っていたと考えられてきた。今回の発見は、その説を裏付けることになる。
米国とエチオピアの共同チームが英科学誌ネイチャーに、ルーシーの死の原因は「垂直減速事象」、つまり転落の衝撃だったとする論文を発表した。
研究チームはとりわけ、粉々に砕けたルーシーの肩関節に注目している。現代人が転落から身をかばおうと腕を伸ばした時にも、同じようなけがをする。このほか足首や脚、腕の骨、骨盤、肋骨(ろっこつ)、脊椎(せきつい)、あごや頭がい骨も折れていた。
画像提供, Marsha Miller, UT Austin
スキャナーに置かれた化石サンプル
筆頭執筆者のジョン・カッペルマン教授(米テキサス大学オースティン校)は、「実際にその場にいて見たわけではない。しかし(ルーシーの骨から)確認した骨折の様子は、高所から転落した患者に関する整形外科分野の膨大な報告例と完全に一致する」と話す。
「地球上のあらゆる救急救命室で日々検証されている内容だ」
ルーシーの化石は1974年、エチオピアのアファール地方で発見された。骨格の4割が残る、世界でも指折りの有名な化石だ。身長110センチ前後で、死亡した時はまだ大人になったばかりだったとみられている。
ルーシーが属するアファール猿人は地上を直立歩行していた形跡があり、サルのように足で枝をつかむことはできなくなっていた。一方で、上半身はまだ木登りに適した骨格を残していた。
限られたチャンスを生かして
ルーシーの骨はこれまでにも詳しく研究され、多くの化石と同じようにあちこち折れていることが分かっていた。だが高解像度のCTスキャナーなど最新機器を使うことによって、研究チームはどの骨折が生前のけがで、死後数百万年の間にどこが折れたのかを判別できるようになったのだ。
「ルーシーの骨が折れているのは、発見当時から分かっていた」と、カッペルマン教授はBBCニュースに話した。「私も30年前からルーシーの化石を見てきて、骨折があることは知っていた」
画像提供, Science Photo Library
アファール猿人の男女の模型
教授のチームがルーシーの骨をスキャンするチャンスを得たのは2008年、ルーシーが全米で巡回展示された合間のことだった。
「エチオピア政府から許可を得られたので、テキサス州ヒューストンでの展示が終わった後、ルーシーをここテキサス大学のキャンパスへ運び込んだ。安全上の理由から作業は秘密裏に進めた。ここには高解像度のCTスキャナーがある」
「全てをくまなくスキャンした。24時間態勢で10日間、休みなく作業を続けた」
この貴重なスキャンデータがなければ、ルーシーのけがの真相が明るみに出ることは決してなかっただろうと、教授は言う。
「CTスキャンを使うと、石化した岩石や骨の内部を見ることができる。愛するルーシーも、今では石と化している。完全に石化している」
重篤な外傷
スキャナーで骨の内部を詳細に調べた結果、生きている健康な体にのみ起きる「若木骨折」がいくつか見つかった。骨がしなやかな小枝のように折れ曲がった状態だ。
つまり、ルーシーはまだ生きている間にけがをしたということになる。しかし治り始めた様子はないため、この不運な出来事はルーシーの死亡時に彼女を襲ったことがうかがえる。
画像提供, Sissi Janet Mattox
化石を調べるカッペルマン教授
転落死の説は、ルーシーは第一肋骨が折れている。これも転落死の説と合致する。第一肋骨は小さくてしっかり保護されているため、「これが折れるのは相当運が悪い」と、カッペルマン教授は説明する。
「肋骨が折れても、第一肋骨が折れることはめったにない。胸部に重度の衝撃が起きないと、ありえない」
だが最大の手掛かりは、ルーシーの上腕部の骨が粉々に折れていることだ。
「我々の仮説が正しければ、これはルーシーに意識があり、転落の衝撃を避けようと腕を伸ばした証拠だ」
研究チームはさらに、スキャンデータを使ってルーシーの上腕骨の3Dプリントを製作し、整形外科医に意見を求めた。今のところ全員が同じ意見だという。
「現時点で9人中9人だ」と、カッペルマン教授は言う。骨の専門医に事情を知らせないまま意見を聞いた。現代人の骨らしく見せるため、3Dプリントの模型を拡大する工夫までしたという。
「これは高所からの転落だという見解で全員が一致した」
画像提供, John Kappelman, UT Austin
ルーシーはこうやって落ちて負傷した?
実を言うとルーシーに関心を持つ人なら、今ではだれでも3D印刷でルーシーの骨が再現できる。研究チームがエチオピア政府と提携し、ファイルをオンラインで公開したからだ。
「エチオピア政府が、ルーシーの右肩と左ひざの3Dファイル公開に同意してくれた。興味がある人は自分でルーシーをプリントアウトして、骨折の状態や我々の仮説を検証してみることができる」
全くあり得ること
カナダ・アルバート大学の人類学教授、ナンシー・ラベル博士はこの研究結果について、意外だが説得力があるとの見方を示す。
ラベル博士はBBCに対し、「突拍子もないように聞こえるが、チームの解釈の反証材料は何もない」と語った。「非常に質の高いコンピューター画像を使っていることも評価できる」。
「ひとつひとつの部分を見ると、まったくあり得ることに思える」
画像提供, Adrienne Witzel, UT Austin
3D印刷したルーシーの上腕骨。上は欠損部分を補ったもの。いずれも、骨折の跡が見える
ただし、木の高さや落下速度の正確な数字については疑問を投げ掛けている。テキサス大主導の研究チームはルーシーが高さ12メートルから時速60キロで落ちたと推定しているが、ラベル博士は「転落事故は死につながる。はしごから落ちて頭のけがで亡くなる人もいる。それほど高い木だった必然性はない」と指摘。
「とはいえ、ルーシーの生活圏に当時木が生えていたと考えられているのは確かだ」
ロンドン自然史博物館のクリス・ストリンガー教授は、ルーシーは木から落ちたのだという見解は、アファール猿人の暮らしぶりに関するこれまでの通説と、うまく合致すると話す。
「アファール猿人は食事や巣作り、あるいは外敵から身を守るために木の上で過ごすことがあったとも考えられる」と、ストリンガー教授。
「例えばルーシーに子供がいたと想定すると、外敵が近くにいる時は地面より木の上の方が安全だったはずだ」