【米大統領選2016】渦中に身を投じたコーミーFBI長官とは

ジェイムズ・コーミーFBI長官は、司法省は政治的に中立でないとならないと主張してきた。写真は2015年3月。

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ジェイムズ・コーミーFBI長官は、司法省は政治的に中立でないとならないと主張してきた。写真は2015年3月。

米連邦捜査局(FBI)のジェイムズ・コーミー長官は、大統領選の渦中に身を投じた。司法省の助言を無視し、民主党候補ヒラリー・クリントン氏のメール問題について新たに捜査すると、投開票日の11日前に公表したためだ。

この動きをクリントン氏は「前例がなく」、「非常に懸念される」ものだと呼んだ。そして複数の政府関係者は、選挙介入とみられかねない公職者の行動を禁止する法律に抵触すると指摘する。

今年7月の時点でコーミー長官は、クリントンが米国務長官時代に私用メールサーバーで公務メールを扱っていた問題について、訴追に相当しないという判断を示した。

これに共和党は激しく反発し、下院委員会での証言を強く要求。長官は9月末に、下院監視・政府改革委員会で、判断の正当性を繰り返し説明した。

コーミー長官はさらに7月、「大人になってからというもの」ずっと共和党に登録していたが、今ではすでに党員ではないと説明していた。

ではジェイムズ・コーミー氏はどういう人物なのか。

オバマ大統領が称賛

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2013年にFBI長官に任命したコーミー氏をオバマ大統領は「誠実で高潔」と称賛。写真は2013年10月の任命式。

2013年にコーミー氏をFBI長官に任命したオバマ大統領は、「独立独歩の強い気概をもち、非常に誠実で高潔だ」と称賛した。

マンハッタンの地区検事事務所の若い検察官として、マフィアのガンビーノ一家撲滅に取り組んだコーミー氏を、オバマ氏は高く評価した。

しかしコーミー氏のキャリアで最もドラマチックだったのは、ブッシュ政権の司法副長官だった2004年のことだ。当時のジョン・アシュクロフト司法長官が病気で入院中、政府による令状なし電話盗聴を認める批判の多い計画について認可を求め、ホワイトハウスのアルベルト・ゴンザレス法務顧問(後の司法長官)とアンドリュー・カード首席補佐官が、アシュクロフト氏の病室をいきなり訪れた。そのとき司法長官代理だったコーミー氏は、病室に急行し、病床のアシュクロフト氏に強引に署名させようとする2人を阻止したのだ。

令状なし電話盗聴計画はその後、修正され、コーミー氏の行動は広く称賛された。

オバマ氏はこの一件から、いかにコーミー氏が「根本的に間違っていると感じることに加わるよりは、愛する仕事を手放した方がまし」だと考える人物か、よく分かると述べていた。

クリントン家との関係

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マーク・リッチ氏への恩赦は「とてもまずかった」とビル・クリントン氏は認めた。写真は2002年9月。

コーミー氏がクリントン家の誰かと対立するのは、ヒラリー・クリントン氏のメール問題が初めてではない。

連邦検察官になりたての2002年、巨額脱税などの疑いで起訴されていた米実業家マーク・リッチ氏に、当時のビル・クリントン大統領が恩赦を与えたことが激しく批判されており、コーミー検事はこれを捜査することになったのだ。

リッチ氏は商品取引で4800万ドル以上の所得税脱税や、1979年のイラン大使館人質事件で経済制裁中のイランと違法の原油取引を行ったなどの疑いで起訴され、スイスに逃亡していた。

ビル・クリントン大統領が2001年1月の任期終了直前にこのリッチ氏に恩赦を与えたことについて、特に強く批判したひとりが、当時の首席補佐官で現在ヒラリー・クリントン選対委員長のジョン・ポデスタ氏だった。

恩赦の正当性について捜査を主導したコーミー検事は、民主党とリッチ氏のつながりを中心に捜査を進めた。

コーミー氏は後に捜査を中止したが、その中でクリントン氏は恩赦を与えたことは「とてもまずい政治判断」だったと認めるに至った。「私の評判に傷をつけたし、それほどの価値はなかった」とビル・クリントン氏は述べた。

マーサ・スチュワート事件

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2004年3月に捜査妨害や連邦捜査官への偽証罪などで有罪判決を受けたマーサ・スチュワート被告(当時)

コーミー氏は翌2002年には、米国で最も人気の高かったライフスタイルの伝道師、マーサ・スチュワート氏の起訴を指揮した。

バイオ技術企業イムクローンが承認申請していたがん治療薬が却下される前日に、関連株を売却したスチュワート氏は、インサイダー取引の疑いで捜査され、共謀や捜査妨害などの罪で起訴された。

コーミー氏は当時、記者会見で「マーサ・スチュワートは、有名人だから起訴されるのではなく、犯罪を犯したから起訴されるのです」と指摘していた。

「嘘をついたことが事件なのです。FBIに嘘をつき、証券取引委員会(SEC)に嘘をつき、捜査員に嘘をついた」

スチュワート氏は2004年3月、共謀や捜査妨害などの罪で有罪となり、禁錮5カ月と自宅軟禁5カ月の実刑判決を受けた。

「我々はあらゆる陪審員を前にする」

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2005年当時のブッシュ大統領とゴンザレス司法長官

2006年には司法省で連邦検察官8人が解雇された。これは政治的な動機によるものだったのかと、捜査が始まった。

民主党は当時のアルベルト・ゴンザレス司法長官が政治的理由で検事たちを解雇し、後に理由について偽証したと非難し、長官の辞任を求めた。

これに対して当時のブッシュ大統領は、ゴンザレス長官の辞任を求める民主党こそ政治的動機で動いていると反論していた。

この間、コーミー氏は議会委員会で証言し、ゴンザレス氏を批判。司法省が効果的に機能するには、超党派で非政治的だと認識されていなくてはならないと強調した。

「連邦検察官は大統領による政治任命職」だが、着任後は米国民の利益に奉仕する組織として国民に認識されなくてはならないとコーミー氏は証言し、「我々はありとあらゆる出身や立場の陪審員を前にしなくてはならないし、ありとあらゆる保安官や判事と話をしなくてはならない。(連邦検事は)この政権やあの政権の側に立つのではなく、正義の側に立っていると、国民に見られなくてはならない」