【米大統領選2016】主な政策課題――それぞれの立場は

Hillary Clinton and Donald Trump

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今回の米大統領選はもっぱら政策に関する議論よりも、両候補の性格や資質の違いが注目されてきた。しかし主要な論点はどこにあり、ドナルド・トランプ氏とヒラリー・クリントン氏はそれぞれどういう立場なのか。(文中敬称略)

○ 税金

ヒラリー・クリントンは、富裕層への増税で所得格差を解消する方針。所得500万ドル(約5億円)超の高額所得者には4%の付加税を追加し、キャピタル・ゲイン課税を増税し、ヘッジファンド・マネージャーが受け取る成功報酬はキャピタルゲインではなく所得として扱うよう提案している。さらに富裕層の「税の抜け道」を閉ざし、相続税を引き上げる方針。また中流家庭の医療費・教育費については、控除枠の拡大を求めている。シンクタンク「税制センター」の分析によると、米国で最も富裕な1%に属する人たちが、クリントンが提案する増税分の約75%を負担することになる。

保守系シンクタンク「税金基金」の分析によると、ドナルド・トランプの最新の税制改革案を実施すると米政府の税収は10年間で約5兆9000億ドル(約607兆円)減収となる。これは昨年9月に提示した当初案の約半額。最新の案では、税率の段階を7段階から3段階に減らし、法人税を減税し、相続税廃止や個人納税者の基礎控除拡大などを提案している。「税金基金」の分析によると、トップ1%の最富裕層は収入が2ケタ%増となり、最も収入の低い25%は収入が1.9%増える。

○ 雇用創出

トランプは、10年間で2500万人分の雇用を創出すると主張。外国への雇用流出が、特に製造業で多過ぎると批判している。米国の法人税率を現行の35%から15%に引き下げると提案。インフラ投資、貿易赤字削減、減税、規制緩和が雇用を生み出すと主張する。

クリントンは、先端製造業や先端技術、再生可能エネルギーと中小企業に投資することで雇用を生み出すと提案。富裕層からの税収増を財源に、職業訓練の機会を拡大する方針という。第三者専門家の推計では自分の計画で1000万人分の新規雇用が生まれるとクリントンは言う。

○ 移民

トランプの主要テーマ。費用がかかりすぎる、非現実的だと批判されながらも、全長3000キロ以上の米・メキシコ国境に頑強な壁を設置するという提案を主張し続けている。合法移民の削減も提唱し、不法移民の強制送還を延期するオバマ大統領の大統領令を取り消すと表明。さらに、米国内で暮らす不法移民を削減するため、対策強化を主張する。米国内に住む1100万人以上の不法移民を強制送還するという公約や、すべてのイスラム教徒の入国を一時的に禁止するという公約は、あまり口にしなくなったものの、撤回はしていない。

クリントンは、オバマ大統領の大統領令に基づく政策を継続・拡大し、米国に長く暮らす不法移民と家族の法的地位を正常化していく方針。不法移民が段階的に永住権を獲得し、最終的には市民権も獲得できるようにするなど、包括的な移民政策改革を提唱している。民間運営の不法移民収容施設に反対し、壁の建設は国境強化策として「馬鹿な方法」だと批判してきた。

○ 外交政策

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シリア対策について両候補は大きく食い違っている。写真はアレッポの瓦礫の前に立つ市民

上院議員および国務長官として、クリントンは外交において「タカ派」だと言われた。イラク戦争開戦を支持し(今では後悔していると表明)、オバマ政権のリビア空爆開始を提唱する主要閣僚の1人だった。シリアにおける過激派勢力のいわゆる「イスラム国」(IS)掃討については、米軍地上部隊の投入には反対しつつ、米国が役割を拡大すべきと主張し、飛行禁止空域の設定や反政府勢力への武器供与を求めている。クルド人自治政府の治安部隊ペシュメルガへの武器供与も支持する。アフガニスタンでの米軍駐留継続を支持。北大西洋条約機構(NATO)を通じて欧州の同盟国を強化し、ロシアに対抗するためにも、NATOにおける米国の役割を推進する。

トランプはイラク戦争を批判(もっとも、開戦当時から反対していたという主張は事実と異なる)。他の中東地域における米国の軍事行動も批判している。ウラジーミル・プーチン大統領率いるロシアとの接近を求め、欧州やアジアの同盟国には国防費の負担増を求める。米国の外交政策は常に、米国の国益を最優先しなくてはならないと強調。その一方で、IS掃討の姿勢強化を求め、米軍は数万人規模で地上部隊をISとの戦闘に投入すべきと主張したこともある。NATOは中東のテロ対策に今まで以上に尽力する必要があると述べ、同盟国のテロ対策費用を米国が負担しすぎていると、同盟国の負担増を求めている。

○ 通商協定

共和党はかつて、完全な自由貿易を支持する政党だった。トランプによってそれは一変した。原則的に貿易に反対ではないが、あらゆる通商協定は米国の産業を守るものでなくてはならないとトランプは言う。環太平洋経済連携協定(TPP)には絶対反対で、北米自由貿易協定(NAFTA)などすでに締結済みの通商協定についても交渉を再開し、米国の要求が通らなかったら合意から脱退する方針という。メキシコや中国などの貿易国については、不公平な通商慣行、為替操作、知的財産の窃盗などが横行していると批判し、改革を実施しなければ一方的な関税など懲罰措置を適用すると脅している。

クリントンはかつて、TPPは国際通商協定の「黄金律」だと称えた。夫ビル・クリントン元大統領は大統領1期目にNAFTAを成立させた。しかし、通商協定を世論が支持しなくなると、クリントンも積極的に支持しなくなり、今では現行のTPPと中米自由貿易協定(CAFTA)には反対の立場を示している。予備選中の2月の討論会では「世界中と貿易しなくてはならないが、米国の労働者が世界経済で競争し、競争に勝つために必要な基本的なセーフティネットの保障を提供できずにいる」と述べた。

○ 難民

トランプは、特定地域から難民を受け入れる米国政策は米国の安全保障を深刻に脅かすものだと、警告し続けている。特定地域とは中東のこと、あるいはさらに漠然とイスラム教国家を指す。この主張を支えるため、たとえばシリア難民のほとんどは若い独身男性だなど、すでに反証されつくしているインターネット上の噂をしばし取り上げる。米政府は、過激派を排除するための思想テストなど「過激な審査」手続きを実施するまで、難民の再定住を中止するべきだと主張している。すでにシリアやイラクから何百万人もの難民を受け入れている中東諸国が、紛争を逃れる難民のための安全地帯設置にさらに尽力しなくてはならないと要求している。

クリントンは、米国に再定住するシリア難民の数を現行の年間1万人から6万5000人に増やすべきだと提案。これは、トランプが頻繁に指摘するように、550%増にあたる。クリントンは難民を「慎重に審査」するべきだと慎重な対応を求めつつ、現在の審査手続きはすでに数年かかるもので、難民はどの国に再定住できる分からない状態だと指摘する。抑圧と暴力から逃れる人たちを歓迎する伝統が米国にはあり、その伝統を継続したいと話している。

○ 気候変動

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トランプ氏は環境保護のための規制を批判。写真はカリフォルニア州ロングビーチの発電所

クリントンは環境問題については、民主党主流派とほぼ一致している。気候変動は米国の安全に対する脅威だと言い、エネルギー業界に対する厳しい規制を支持する。アラスカでの原油・天然ガス掘削拡大や、「キーストンXLパイプライン」と呼ばれるカナダ~米国間の石油パイプライン敷設に反対している。その一方で、「フラッキング(水圧破砕法)」と呼ばれる手法によるシェールガス採掘に対する一時中止命令を支持しなかったため、一部の環境保護活動家の怒りを買った。

トランプは公式サイトに、環境問題について何も立場を表明していない。しかし演説や討論会では、「極端な政治目的をもつ政治活動家」が後押しする、経済的に負荷の高い環境規制には反対すると繰り返してきた。清潔な水や空気を支持するものの、環境保護庁(EPA)の予算は削減したい構えだ。また人間活動による気候変動は「まやかし」だと言い、気候変動問題に対するパリ協定などの国際的取り組みは「キャンセル」すると表明している。

○ 妊娠中絶

クリントンは、民主党の基本的な方針と同じ立場だ。妊娠20週以降の人工中絶を禁止しようとする動きに反対している。中絶手術の提供者に対する州法による規制強化に反対し、戦争地域の強姦被害者に中絶手術を提供する非営利団体には連邦政府が資金援助するべきという案を支持している。女性に健康支援を提供する民間医療団体「Planned Parenthood(家族計画)」が中絶手術も提供するからと、連邦政府の資金提供を停止させようという動きを、批判してきた。

トランプは今年3月、人工中絶は違法にすべきで、中絶手術を受けた女性には「何らかの罰」を与えるべきだと発言した。選対本部はただちに発言を修正し、候補は実際には、中絶の合法性は各州政府が判断すべきで、刑事罰の対象は手術をする側に限定するべきだと考えていると説明した。トランプは「強姦、近親相姦、母体の命が危険な場合」を除く中絶禁止を支持すると表明。「Planned Parenthood」への公的資金供与を中止する方針。2000年の時点まで、中絶の権利を支持していたが、「ロナルド・レーガンのように」考えを改めたのだと話している。

○ 法と秩序

クリントンは「大量収監」および最短刑期の義務化に反対。また警察組織にはいまだに人種差別傾向があり、対応が必要だと述べている。人種プロファイリングを禁止する法律を支持。凶暴性のない薬物違反者には長期の禁錮刑よりもリハビリと社会復帰を優先するべきという姿勢。疑わしい人物を警察が「stop and frisk(制止し、不審物の有無を衣服の上から探る)」捜査手法は、効果的ではないことが分かったと批判している。

トランプによると、米国内の暴力と無法状態は、手が付けられないことになっている。度を超えた「ポリティカル・コレクトネス」のせいで、捜査機関は犯罪と戦えなくなっている、捜査機関は犯罪者にもっと厳しく対応できるようにしなくてはならないと言う。米本土へのテロ攻撃を阻止するには、警察によるプロファイリングは必要という考え。「stop and frisk」の手法はニューヨークで大成功したと支持するが、専門家の多くは大成功していないと反論。ニューヨークの連邦判事が「stop and frisk」について、「間接的な人種プロファイリング」で違憲だと判決を下している。この点については、第1回目の大統領候補討論会で、クリントン氏にも指摘されている。

○ 子育て 

クリントンは、家計の1割以上を子育てに使わなくてもいいようにすると公約。国による支援事業の拡大を通じて、低所得の保護者を助けたい考えのほか、米国のすべての4歳児に就学前の教育を提供すると約束している。

共和党の既定路線とは異なり、トランプは6週間の有給育児休暇を提案。これは母親が失業保険として受け取る額に相当する。しかし父親には適用されない。クリントンの育児支援拡充と同様、財源は提示されていない。

○ 銃規制

以前の大統領選と異なり、銃規制の是非は主要論点となっている。クリントンは、繰り返される乱射事件に、身元調査の強化を支持すると繰り返し、半自動式ライフル銃など殺傷力の高い銃器の禁止を呼び掛けている。武器の保有権を保障する憲法修正第2条を撤廃するつもりはないと述べている。

トランプは、一部の乱射事件は銃規制のせいだと発言。銃を持つ人がもっと現場にいれば、反撃して人命を救えたはずだと述べている。「クリントンは銃を持つ権利を廃止するつもりだ」と非難し、自分は憲法修正第2条を保護すると支援者に繰り返している。

○ ロビー活動

トランプは、「ロビイスト」とは何かを定義してから、ロビイストを規制したいと表明。現在、ロビー活動に使う時間が2割以下の人は、「顧問」や「コンサルタント」を名乗ることができる。トランプはこれはロビー活動の抜け穴で、禁止する必要があると指摘。さらに政府関連の職を退職したばかりの人がただちにロビイスト企業に就職できないよう、5年間の禁止期間を提案している。さらに、外国政府のために働いたことのある元政府関係者は、ロビー活動を終身禁止されるべきだと主張。外国政府のロビー活動に携わったことのある人物は、米国選挙の資金集めに関与できないよう、選挙資金法の改正を連邦議会に求めている。自分の選挙活動は「私費によるもの」と主張してきたが、実際には裕福な支援者から寄付を集めるために、元ヘッジファンド・マネージャーを雇っている。

クリントンはロビイストを批判し、無軌道な活動を制御するには公の場で辱めるのが最適だと言う考えだ。2月にニューハンプシャー州で開いたタウンホール集会では、「たとえばソーシャルメディアを使って? この連中の行動をみんなで絶えず指摘して、社会が圧力をかけるようにして、名前を広めるとか?」と提案した。しかし今回の選挙のどの候補よりも多額の選挙資金を集めることに成功したクリントン陣営は、資金集めにロビイストを活用してきた。告発サイト「ウィキリークス」が暴露したメールには、外国政府のために活動したロビイストが集めた資金を陣営が受けれることにしたという内容が含まれている。