ドナルド・トランプ米次期大統領、どうやって勝ったのか

アンソニー・ザーー北米担当記者

Republican presidential nominee Donald Trump attends a campaign event in Wilmington, Ohio, U.S. November 4, 2016

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2015年6月の出馬表明以来、ドナルド・トランプ氏はあらゆる予想を裏切り続け、ついに大統領に当選した。

本当に出馬すると思った人はほとんどいなかったが、結局は出馬した。支持率は伸びないだろうと言われたが、支持率はどんどん伸びた。予備選で勝てないだろうと言われたが、次々と勝った。共和党の候補指名は獲得できないと言われたが、見事獲得した。

最後に、まさか本選でまともに戦えるはずがない、まして勝てるわけなどないと言われた。

それが今では、トランプ次期大統領だ。

大方の予想を覆し、多くの人の理解を超えた大勝利はどうやって実現したのか。5つの要因を挙げる。

トランプ氏の白い波

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接戦は次々と接戦でなくなり、オハイオ、フロリダ、ノースカロライナの各州がトランプ氏のものになった。

残ったのはヒラリー・クリントン氏が頼みにした、民主党地盤の「青い州」で固めた「ファイヤーウォール」だったが、その守りも結局は破られた。

クリントン氏の最後の頼みの綱は、中西部の支持基盤だった。中西部の各州は、黒人や白人労働者という民主党支持層のおかげで何十年も、民主党に勝ちをもたらしてきたからだ。

しかし頼りにしていた白人労働者たちは、特に大学教育を受けていない人たちは、男性も女性も、ごっそり民主党から離れていった。

農村部の投票率は高かった。自分たちはエスタブリッシュメントに無視されている、東海岸や西海岸のエリートたちに置き去りにされていると感じてきた有権者たちが、高らかに声を上げたのだ。

バージニアやコロラドは民主党側に残ったが、ウィスコンシンが陥落し、それと共にクリントン氏の希望も掻き消えた。

最終的にはもしかすると、クリントン氏が全国的な得票数では勝つのかもしれない。カリフォルニアやニューヨークでの強力な支持に加え、ユタのような共和党の牙城で接戦にもちこんだことを思えば。

それでもトランプ支持者たちの波は、大事なところに押し寄せた。強力に。

テフロン・ドナルド

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トランプ氏は、ベトナム戦争で捕虜となり勲章を受けたジョン・マケイン上院議員を侮辱した。

フォックス・ニュースの人気司会者、メガン・ケリー氏にケンカを仕掛けた。

ヒスパニック系の美人コンテスト優勝者の体重を馬鹿にしたことについて問われると、自分は正しいと言い張った。

女性に性的な接触を無理強いすると自慢した秘密のビデオが浮上すると、心のこもらない謝罪をした。

3回の大統領候補討論会にあからさまな準備不足で臨み、失言とはったりで切り抜けた。

それでも、何も影響がなかった。いくつかの本当にありえない失態の後には支持率が落ちたが、トランプ氏の支持率はまるでコルクのようで、しばらくすると水面に浮上してきた。

もしかすると、いろいろな問題発言はあまりに次々と矢継ぎ早に続いたので、どれも重傷になるだけの時間がなかったのかもしれない。あるいはトランプ氏の人間的魅力が強すぎて、スキャンダルはくっつく余地もなかったのかもしれない。

理由はなんであれ、トランプ氏にはかすり傷もつかなかった。

アウトサイダー

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民主党と戦った選挙だった。そればかりか、自分の共和党とも戦った。

ひとり残らず、倒していった。

トランプ氏は、共和党予備選で次々と倒した政敵たちの頭蓋骨で玉座を築いていった。マーコ・ルビオ、テッド・クルーズ、クリス・クリスティー、ベン・カーソン各氏といった顔ぶれは、順々に恭順した。最後までおもねることのなかったジェブ・ブッシュ氏とジョン・ケーシック・オハイオ州知事は、今では外から党内を眺めることしかできない。

そしてその他の共和党関係者は? ポール・ライアン下院議長以下の。彼ら共和党主流派の助けなど、トランプ氏には必要なかった。あるいはむしろ、共和党主流派と対決する姿勢を見せたからこそ、最終的に勝てたのかもしれない。

「おぬしら全員呪われてしまえ」的な態度ゆえに、トランプ氏はどの政党からも独立したアウトサイダーという評判を確立したのだろう。国民のほとんどがワシントン政界を唾棄している時代だけに(とはいえ、その国民は多くの現職議員を再選させたのだが)。

アウトサイダーを支持する空気は、他の政治家も感じ取っていた。民主党のバーニー・サンダース氏にしろ、共和党のクルーズ氏にしろ。しかし、トランプ氏ほど的確に感じ取っていた人はいなかった。だからこそ、トランプ氏はホワイトハウスにたどり着いたのだ。

コーミーという要素

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各種世論調査は、有権者の形や好みをろくに予測できなかった。特に中西部の各州では。ただし、選挙戦の最終盤には支持率は確かに伯仲していたし、そこからトランプ氏の勝機が見えていたのも確かなのだ。

しかしその勝機、勝つ道筋は、2週間前にはそれほどはっきりしていなかった。つまり、連邦捜査局(FBI)のジェイムズ・コーミー長官が、クリントン氏の私用メールサーバー問題について捜査再開を告げる手紙を公表するまでは。

確かにこの時点でも支持率は接近しつつあった。しかしトランプ氏の支持率が急増したのは、コーミー氏の最初の手紙の後。やはり訴追しないことにしたという、2つ目の手紙の前のことだった。

この2通の手紙の間に、トランプ氏が支持基盤をしっかりと固め、よそ見をしていた保守層を確実に呼び戻したのかもしれない。おかげで、クリントン氏は国民を最終的に説得することがまったくできなかった。

もちろん、そもそもクリントン氏が国務長官時代に私用メールサーバーを使ったりしなければ、コーミー氏が何をしようと関係がなかったはずだ。この点に関しては、彼女の責任だ。

直感を信じた

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トランプ氏はありえないくらい常軌を逸した選挙戦を展開したが、結果的にはどの専門家よりも正しかったということになる。

世論調査よりも、帽子に金を使った。評論家たちは絶対勝てないと言ったウィスコンシンやミシガンなどを訪れた。

戸別訪問で支持や投票を呼び掛けるより、大規模な集会を開いた。

全国党大会の進行はバラバラで、時に混乱のきわみにあった。最後の指名受諾演説は現代の米政治において最も暗い、陰々滅々としたものだった。

選挙に使った活動資金は、クリントン陣営に大きく後れを取った。共和党予備選の間も同様だった。大統領選の勝ち方の定石を、トランプ氏はすっかりひっくり返してしまったのだ。

トランプ氏の色々な判断は、「専門家」たちの間ではことごとく馬鹿にされ続けた。

しかし最終的には、結果につなげた。最後に笑うのはトランプ氏と、子供たちや最も親しい側近たちだ。しかもホワイトハウスの中から。