英国の「偽研究」問題 実態に調査のメス

ヘレン・ブリッグス記者

試験管

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英国で起きている研究不正の実態は、これまで考えられてきたよりも深刻そうだということが、BBCの調査で分かった。

公式のデータによると、2012~15年には約30件の告発があったとされる。

しかしBBCが情報公開法に基づいて入手した数字では、ほぼ同じ期間に大学23校だけで数百件の不正行為が告発されていた。

学術研究の公正性をめぐっては、世界各地で懸念が強まっている。

英下院の科学技術委員会は、英国に確固とした対応体制があることをあらためて市民に示すためとして、この問題についての調査を開始した。

スティーブン・メトカーフ委員長はBBCニュースとのインタビューで、公費でまかなわれる研究が国民の信頼を得ることは極めて重要だと述べた。

「研究が後になって不正と判明した場合、国民が受ける衝撃は大きく、そこに不信感が生まれてしまう」と、メトカーフ氏は指摘する。

「我々の目的は、研究が倫理的であること、正確であること、一定の再現性があることを確認する仕組みがどれだけしっかりしているかを調べることだ」

強まる圧力

BBCが情報公開法に基づき、英国内の有力な研究型大学の連盟「ラッセル・グループ」の全24校に請求した情報によると、2011~16年には教員や研究生による不正が23校で計300件以上報告された。

具体的には盗作やねつ造、著作権侵害、違法行為の告発で、このうち3分の1が不正と認定され、30本以上の研究論文が撤回を余儀なくされた。

ラッセル・グループの報道担当者はコメントで「各大学は研究の公正性を重くとらえ、教員と学生が高い研究水準を維持できるよう努力を続けている」と述べた。

さらに「英国は科学研究の質が高いことで世界的に知られる。これは特に、研究の公正性に対する各校の厳格な姿勢に負うところが大きい」と強調した。

メトカーフ氏はBBCが入手したデータについて、議会での調査がいかに重要かを裏付ける数字だと語った。だが一方で、発表された論文の全体の本数に照らして考えるべきだと指摘した。

「ただ確かに、正確な公表データを手にすることは必要だ。そうすれば研究が正しく行わわれていること、不正があったら正す仕組みがあることをだれもが確信できる」

BBCは入手したデータについて、全英の大学学長が参加する英国大学協会(UUK)にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

研究の撤回

研究者に対して「論文を発表して助成金を獲得せよ」とせき立てる圧力は、時とともに強まっている。科学論文が撤回される例は、過去10年間で約10倍に増えた。

科学論文の撤回状況を伝えるブログ「撤回監視(リトラクション・ウォッチ)」の共同創設者、アイバン・オランスキー博士はBBCニュースにこう語った。「どれだけの研究不正が起きているのか、我々も正確に把握しているわけではない。だがこれまでに分かってきたのは、大学や資金提供機関、監視団体が不正を見つけても報告される事例はほんの一部で、この程度なら仕方がないといえる割合にさえ達していないということだ」

よく引用されるデータのひとつとして同博士が指摘した調査によると、研究者のうち2パーセントは、これまでに不正とみなされるような何らかの行為があったことを認めていることが示されている。

「ざっくり言って2パーセントもいるのなら、私たちが耳にする不正の数はそのごく一部だということになる」

「私たちの知らない不正がたくさん起きていることは明らかだ。大学がもっと正直に隠し立てせず、不正を公表する方向へ少しでも動き出すことができたら、それは素晴らしいことだと思う」

監督体制

意図的な不正行為は極めてまれにしか起きないとされている。だが実際に起きたとなると、例えば公共の健康が危険にさらされ、研究に対する国民の信頼が損なわれるなど、重大な事態を招く恐れがある。

英国にも米国やデンマークのように、公的資金を使った研究を監視する機関を設置するべきだという声が上がっている。

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メトカーフ氏はこれに対し、何らかの監督体制を設ける案も検討されるだろうとした上で、「関係方面を広く見渡したところ、今のところそれを望む声はない」と述べた。

同氏によると、科学技術委員会では研究不正に関する公式データがどうしてこれほど少ないのか、その理由も探る見通しだという。

ある情報筋によると、最も信頼性が高いとされているのが、英国の7つの研究会議が共同で設置した英国研究会議協議会(RCUK)の統計だ。

RCUKの報告によれば、2012~15年に告発された研究不正は33件で、そのうち5件は正式に認定された。20件は不正に当たらないとの判定を受け、8件が調査中とされる。

このほかにUUKは、19の大学が公表した2013~14年の研究不正報告書について調べている。それによると計29件の告発があり、調査後に7件が不正と認定された。

RCUKとUUKの数字が同じ事例を指しているのかどうかは明らかでない。

協約

英国の大学は2012年、研究の公正性を確保するための協約を結んだ。

協約では、各大学は透明で揺るぎなく、公平な手続きで不正の告発に対処することが望ましいとされた。

ただ不正が起きていた場合でも、大学にそのデータを公開する義務はないため、問題全体の規模を見極めることは難しい。

UUKの調べによると、不正の告発状況について毎年報告書をまとめ、一般に公開していた大学は、131校中35校前後にすぎない。

BBCの調査では、ラッセル・グループに所属するイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの研究型大学全24校に、2011~16年度の研究不正データを公開するよう求めた。1校を除く全校が請求に応じ、データの全体または一部を開示した。

対象期間に報告された教員や研究生による研究不正は計319件だった。ただし全ての数字を開示してはいない大学もあることから、実際の件数はもっと多かった可能性が高い。

このうち103件が不正行為と認定された。173件については不正が否定され、43件は調査継続中となっている。

不正の認定を受けた研究には、次のような例があった。

・研究内容を改ざんした

・他人の研究を自分のものとして盗用した

・ほかの情報源から取ったデータにもかかわらず、しかるべき許可を得ないまま公表論文に使用した

調査の結果、少なくとも32本の研究論文と3本の博士論文が撤回された。撤回に関するデータは提供できないとした大学があるため、実際の本数はさらに多かったと考えられる。