世界を揺るがす――変わりゆくマネー 現金はどうなる

金、マネーに関するこれまでの常識など、すべてこの先どうなってもおかしくない。最後に笑うのは誰なのか。

Image copyright Getty Images
Image caption 中国・アリババグループによる電子決済サービス「支付宝 (Alipay)」を導入している香港の店先

ケビン・ピーチー

お金を貯める。お金を使う。どちらの方法も、かつてないほど変化している。世界の中には、機械に向かってニッコリするだけで物が買える場所もある。そのかたわらでITベンチャーが、銀行制度と現金そのものという金融の2大柱をなぎ倒しかねない状態にある。しかし、これほどの変化の代償を払うのは、結局のところは消費者だという事態になるのだろうか。

ファストフード・チェーンのKFCは中国東部の杭州市に「Kプロ」店舗を開いている。店内に入ると、フライドチキンを買いにきた客が、ニコニコしているのが見える。ニッコリ笑うと、チキンが買えるのだ。

この「Smile-to-pay(笑って決済)」では、レジのカメラが客の顔をスキャンし、電子商取引大手アリババのアプリ「アリペイ」を使って認証し、支払いを受け取る。

スマートフォンを使えば、指紋や虹彩や声紋だけで、あるいは店内に実際にいるだけで、商品の対価が払えるというわけだ。

アフリカでは今や、バスに乗ったり地元に送金するために携帯電話でメッセージを送るのが一般的になっている。

「モバイル決済のおかげで、たとえば中国のような主要国があと5年もすればほぼキャッシュレスな社会に移行する可能性は、十分ある。あるいはもっと早いかもしれない」。ケンブリッジ大学オルタナティブ金融センターのブライアン・チャン氏はこう言う。

この分野はあまりにすさまじいペースで変化している。おかげで、今後10~20年の変化を正確に予測しようとするのは「無駄だ」とまでチャン氏は言う。

お使いの端末ではメディアプレイバックはご利用になれません
世界を揺るがす――現金は今でも金融の王様なのか

しかし確かなことがひとつある。今や何百万人もの人がスマートフォンを支払いに使うだけでなく、資産管理の道具として使っている。スマホを使って、ローンを申請したり、最良の保険プランを探したり、チャリティに寄付したりしているのだ。

中国では2014~2015年にかけて、キャッシュレス決済が63%も増えた。英国では今や、キャッシュレス決済が紙幣や硬貨の使用を上回っている。つまり、現金は世界中で課題に直面しているのだ。

その一方で、技術革新はこの世界の金融の基礎となるもの自体を作り替えている。

Image caption 最も初期の通貨は貝殻だった

貨幣の一種と商品が貨幣の一種と交換されるようになったのは、紀元前1600年頃のことだ。その時の通貨は、タカラガイの貝殻だった。

紀元7世紀になると、現在のトルコがあるアナトリア半島の国家リュディアが、世界初の硬貨を鋳造した。川辺で採れる金銀の合金で作った硬貨は、「エレクトロン」と呼ばれた。

さらに大きく時代を下ると、中国で紙幣が導入された。あまりに軽くて便利なので「飛銭」と呼ばれた紙幣は、中央集権的な権威によって支えられていた。大英博物館シティ・マネー・ギャラリーのベン・アルソップ学芸員はこれについて、中国の紙幣は「信用」という、なくてはならない概念を導入したのだと説明する。

貨幣制度を管理する体制への信用。この紙切れに確かに価値があるのだという信用。それがなくては貨幣制度は成立しない。だからこそ長年にわたり、貨幣というものは政府が、中央銀行を通じて発行してきたのだ。

それが今や、仮想通貨はどこにも中心のない仕組みの中で、電子的に存在するようになった。電子的に作られ、電子的に保管される通貨だ。世界中に今では1000種類以上の仮想通貨が存在する。最も有名なのが、ビットコインだ。

ここで浮かぶ課題は、制御と管理だ。貨幣を管理するのは誰なのか。政府か、ネットワークか、コンピューターか。我々の支払いを管理するのは誰なのか。IT企業か、決済カードを提供する企業か、それとも銀行か。

そして、私たちの金融取引の全データを管理するのは誰なのか。あなたなのか。それとも、向こう側の人たちなのか。もしかすると、これが一番大事な問題なのかもしれない。

データの力

ロンドン東部にあるありきたりなレンガ造りのビルの最上階に、人工知能(AI)のスタートアップ企業がある。社員はわずか12人ながら、会社の野望は大きい。

「クリオAI」が提供するデジタルアシスタントは、利用者を銀行口座につなぎ、貯金管理を手伝うためのものだ。利用者はフェイスブック・メッセンジャーを使って、自分の金の使い方について質問し、それにクリオが答える。

創設者で最高経営責任者のバーニー・フセイ=イェオ氏(27)は、「自分の色々な問題を解決してもらうために、クリオを立ち上げた」と話す。

お使いの端末ではメディアプレイバックはご利用になれません
世界を揺るがす――預金管理お手伝いアプリ「クリオ」

「毎月のように金を下しすぎて当座借越になっていた。あまりにバカバカしくて、クリオを作った。クリオで自分のオンライン口座にアクセスして、そろそろ預金がなくなりそうだと教えてもらった。おかげで、金の使い方が変わった。貯金に対する態度も変わった。自分の金に対する姿勢そのものが変わった」

「結局、月末には前よりずっと多くの金が残るようになった」

デジタルアシスタント「クリオ」は英国でサービスを開始し、利用者は10万人になろうとしている。しかし、フセイ=イェオ氏は世界中で10億人の利用者を獲得し、「金融機関に対抗」したいと考えている。

いったいどうやって? デジタルアシスタントは銀行アプリにとって代われるはずだと、フセイ=イェオ氏は言う。クリオは過去12カ月の取引データを分析して、より良い金融商品を見つけてくる。提案された商品に利用者が乗り換えれば、「クリオAI」が一定の成功報酬を受け取る仕組みだ。

Image caption クリオがあなたの金使いについて教えてくれる

「クレジットカードの金利を払いすぎていれば、別のカードを提案する。借越の利子を払いすぎていれば、別の銀行を提案する。将来的には、銀行が提供するものより安くて良くて速い金融商品を、我々が提案していく」

「クリオは絶対に、リテールバンク(小口銀行)にはならない。けれどもいずれ、友達に金を払ったり、ローンを組んだりという、リテールバンクの業務の一部をやるようになる」

フセイ=イェオ氏の自信の拠り所は、中国テンセントの成功かもしれない。テンセントのWeChatアプリは当初、モバイル・メッセージ・サービスとして始まったが、今では様々な金融サービスを提供する巨大ビジネスに成長した。

一方で、クリオの利用者はほぼ全員が20~30代だ。そしてクリオは今のところ、信用貸しの免許をもっていない。それだけに、同社がテンセントの成功に追随できるのか、そして自分たちの野望実現に必要な規模を実現できるのか、かなり大きい疑問が残る。

フセイ=イェオ氏は、自分の会社が抱えるリスクを承知しているはずだ。給料を担保にするローン会社ウォンガのデータ研究者が、そのキャリアの出発点だっただけに。当時のウォンガはちょうど、倫理的に問題の多いずさんな貸し付け業者の代名詞だった時期を経て、会社を建て直そうとしている最中だった。ウォンガの最新決済によると、税引き前の赤字は6500万ポンドに上っていた。

欧州連合(EU)には、新決済サービス指令(PSD2)がある。これを足掛かりに欧州は、クリオのような「フィンテック(金融テクノロジー)」ベンチャー企業を助けて、競争性を高め、業界を一変させられるかもしれない。

PSD2は金融機関に対して、管理する決済インフラや顧客データをフィンテック系などの第三者に公開するよう指示している。

これは実務上つまり、顧客の支払い履歴という貴重な情報を他のサービスと共有できるということだ。たとえば、あなたは石油にかなりの金額をかけている、つまり自動車はあなたの生活の重要な要素だという情報を知りたがる企業は、たくさんある。あるいは、あなたが毎月終盤になると当座借越になりがちだという情報も、たくさんの企業にとって有用だ。

こうしたルールの根底には、消費者の同意が必要だ。消費者がまず、自分の個人情報が第三者に共有されることに同意しなくてはならない。

「消費者は安心安全な方法で、自分の情報や決済を再び自分で管理できるようになる」。英国オープン・バンキングのイムラン・グラムフセインワラ実行担当理事はこう言う。

Image caption 英国オープン・バンキングのイムラン・グラムフセインワラ実行担当理事

理事は、新しい決済サービスについて、「アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API、コンピューター・プログラムの機能やデータをソフトウェアが利用するための規約)」と呼ばれる、プログラミングの規約集を英国に導入し、新規サービスやアプリと金融機関のコンピューターがきちんと会話できるようにする作業を監督している。

いずれは、利用者の同意をもとに、決済サービスが直接、支払金を受け取れるようになる。欧州連合では銀行が独自のAPIを構築するが、原理は同じだ。そしてその原則ゆえに競争が促進され、勢力バランスが動くはずだと、フセイ=イェオ氏は予測している。

「金融の未来は、伝統的な銀行ではなく、ソフトウェア会社の側にある。鍵となるのは、誰がデータを持っているか、誰が取引の主導権を握るかだ。あなたが、つまり消費者が、誰を信用して誰から金融商品を買うようになるのかだ」とフセイ=イェオ氏は言う。

しかし、誰を信用すればいいのか。消費者はあらゆるマーケティング情報の集中砲火を受けて混乱するはずだ。英フィナンシャル・インクルージョン(金融包摂)・センターのミック・マカティーア氏は、一般消費者はたちまち個人情報を手放してしまい、管理しきれなくなり、新しい決済サービスで得をするのは、ITに詳しい人たちだけだと言う。

オープン・バンキングなど「狂った発想」だと、マカティーア氏は批判する。現時点の低所得層はますます、この金融の世界から排除されるだけだと。消費者が自分たちのデータを十分に把握し、活用できるようになり、金融機関の上手をとるなどと規制当局が想定するのは、能天気に過ぎると。

それよりむしろ、消費者がだまされ利用される危険の方が高いと、マカティーア氏は言う。給料日に高額なローンを提供する会社に利用される可能性もあるし、悪徳業者や個人に個人情報をソーシャルメディアなどでさらされ、情報を悪用される恐れもあると。

財布のデジタル化

世界銀行によると、世界中で20億人が銀行口座をもたない。しかし、モバイル口座がアフリカで広まっているおかげで、この人数は減りつつある。

一方で、新規サービスが開発され、新しい決済方法が発明される動きのなか、取り残される人たちはどうなるのかという懸念が、あらためて浮上している。

重要情報を含むインタラクティブな暗号の「QRコード」がよく分からない人はどうすればいいのか。あるいは、銀行の支店ネットワークがないため、携帯電話を使う以外の支払い方法を持たない人はどうすればいいのか。

この問題に取り組んでいるのが、インドで2011年に立ち上がった「Ezetap(イージータップ)」だ。インドでは何百万人もの人がモバイル・テクノロジーを利用するが、人口の大多数が現金しか扱わない。

Image caption イージータップを使うとインドの店先で手軽に電子決済ができる

そのせいで、政府が高額紙幣を禁止しようとした時には、大きな混乱が起きた。インド経済を紙ベースから脱却させようという動きを背景に、「イージータップ」のソフトウェアを使えば、小売業者はスマホさえあればどのような決済方法でも受け付けられるし、売上金はその業者の銀行口座に滞りなく入金されるようになった。

こうしたデジタル取引をさらに何歩か前に進めれば、自動調節力のあるデジタル通貨という、頭が痛くなるような概念へと突き進む。大口投資家は、世界最大の仮想通貨、ビットコインをはじめとする何百種類もの仮想通貨に賭けている。ビットコインを受け付ける小売業者も増えているが、食料の買い出しにも仮想通貨財布を使いますという人は、まだまだかなりニッチな存在だ。価格の乱高下は大きく、取引手数料は高い。加えて、仮想通貨についてはまだ全般的に、一定の不透明要素が残っている。

では、仮想通貨と仮想通貨の「マイニング(採掘)」は、なぜ大事なのか。起業家にとって、従来とはまったく異なる資金調達の方法だというのが理由の一つだ。いわゆる新規株式公開(IPO)ならぬ未公開仮想通貨購入(ICO)の際には、スタートアップIT企業が資金調達のためにデジタル・トークンを売り出している。

お使いの端末ではメディアプレイバックはご利用になれません
どんなデバイスにも対応 進むインドの電子決済

こうしたデジタル・トークンは理論上は、投資を続ける人がいる限り価値は上がるはずだ。手っ取り早くて簡単だが、同時にリスクが高く、なんの規制もない。中央当局が歓迎するようなものではない。中国人民銀行は先日、ICOを禁止した。

仮想通貨を下支えする「ブロックチェーン」システムの巨大な可能性に、大勢が注目しているというのも、重要な要素だ。ブロックチェーンは、取引や合意や契約などのデジタル台帳を意味する。昔ながらの銀行台帳のようなものだが、1カ所で保管されているのではなく、世界中の数千台ものコンピューターに分散している。

新しい取引や合意が交わされるごとに、ブロックに入力され、そのブロックはチェーンに追加される。以前の取引内容をどこか1カ所のコンピューターが変更しようとすれば、全コンピューターに周知され、阻止される。

実務上は、こうした取引を認証する信販会社や弁護士や銀行などによる中間手続きが省略される。理論上は、資産購入に伴うやりとりはブロックチェーンを通じて、瞬間的に実行することができる。

日常的には、ブロックチェーンは自動決済の根幹になり得る。前述のチャン氏は、人工知能を搭載したスマートマシン同士なら相互決済が可能だと話す。スマート冷蔵庫なら、新鮮な牛乳を注文して支払いを済ませられる。もっと規模の大きい話をするなら、遅延した航空機は自動的に払い戻しを乗客に払うこともできる。

王冠がずり落ちてきた

お使いの端末ではメディアプレイバックはご利用になれません
世界を揺るがす――ATMが銀行の支店にとって代わる?

こうした諸々の変革は、現金の立場を危うくしている。現金はこれまで長年、決済の王様だったが、今ではその冠がずり落ちそうだ。

しかし実際の証拠を見ると、現金の支配はまだまだ終わったわけではないと分かる。国際決済銀行(BIS)によると、主な西側諸国で流通する紙幣や硬貨の価値は比較的変わっていない。

米国では2011年から2015年にかけて、流通する紙幣・硬貨の価値は上昇した。ブラジル、ロシア、インド、中国の有力新興国(BRICs)では、現金自動預払機(ATM)の数は急増しているし、西側諸国ではほとんど変わっていない。

欧米のATM台数は変わっていないが、その中身は進化している。ATM運営会社が、「箱の中の銀行」を作る技術を採用したからだ。この技術は同時に、銀行ATMにとって最大の脅威となるかもしれないのだが。

英国では50年前、バークレイズ銀行の支店の外に大勢の買い物客が集まっていた。ATMから初めて現金が出てくる瞬間を、夢中になって眺めていたのだ。ATMを運営するNCRは、携帯電話とインタラクティブでビデオリンク機能も備わった最新型のATMなら、普通の銀行支店が取り扱う業務の8割を処理することができるという。

ATMの人口あたり普及率が西欧で最も高いポルトガルでは、ATMネットワークを通じて納税し、公共料金などを払い、コンサートや映画のチケットを買うこともできる。

Image caption ポルトガルのATM

ATMはいずれ、銀行の新支店になるのかもしれない。ただし、ゆっくりと。

銀行は巨額の資産を抱えているが、フィンテック・スタートアップのように素早く新製品を開発することはできない。なので、業界を大きく揺さぶりかねないスタートアップと協力し合わなければ、自分たちと互角な事業規模の巨大IT企業の挑戦をまともに受けることになる。

銀行もスタートアップも巨大IT企業も、顧客をつかもうと競争している。その当の利用者にしてみれば、これまでよりも安くて便利な商品が使えるようになるのは、ありがたいことだ。ただし利用者自身が、金融サービスの自動化によるリスクに気をつける必要があるが。

金が物を言うのはこれからも変わらない。しかし金が使う言語はいま急速に、コンピューター言語に切り替わりつつある。


<英語記事 The Disruptors: Money Changing

(DXCテクノロジーと共同企画記事)

記者:ケビン・ピーチ―

ビデオ製作:エイドリアン・マリー

ビデオ編集:サラ・ヘガティー

オンライン製作:ハープーン・プロダクションズ

編集:ロブ・スティーブンソン

製作責任:メアリー・ウィルキンソン

プロダクション・チーム:

  •  ジャスミン・グー、カーティス・ロッダ(中国)
  •  アミール・ペールザダ、ジャルツォン・アッカナト・チュマール(インド)
  •  ピーター・ペイジ(英国)
  •  アンジェリカ・カサス(米国)

グラフィック・アーティスト

  •  ウィリアム・プルーデンス
  •  イアン・ポール・ジョイス

写真

 AFP、ゲッティ・イメージズ、アリペイ、大英博物館、バレンティノ・フンギ、クリオ、オープン・バンキング、BBC

○ BBC「世界を揺るがす」シリーズ これまでの記事

この話題についてさらに読む