【元ロシア・スパイ】スクリパリ親子は「事件前からロシアの監視下に」 BBC記者は昨年夏に接触

マーク・アーバン外交・国防編集長、BBCニュースナイト

Yulia and Sergei Skripal Image copyright Reuters/BBC
Image caption セルゲイ・スクリパリ氏(右)と娘のユリアさん

3月に英南部ソールズベリーで有毒の神経剤「ノビチョク」による毒殺未遂に遭ったロシアの元スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏と娘のユリアさんが、事件の数カ月前からロシア当局に監視されていたことが分かった。BBC報道番組「ニュースナイト」が伝えた。同番組のマーク・アーバン外交・国防編集長が解説する。


英政府は北大西洋条約機構(NATO)への書簡で、ロシア当局が2013年にユリアさんの電子メールアカウントをハッキングしていた疑いがあると指摘した。

閣僚と同盟諸国政府に対する政府説明は、ロシアの行動はハッキングに留まらないと示唆する内容だったらしい。

事件から4カ月がたち、容疑者特定に至っているのか警察は明らかにしていないが、ロシアに対する英政府の主張は依然としてほとんどが機密情報にもとづくものだ。

元情報将校のスクリパリ氏と娘のユリアさんが3月よりかなり前から監視されていたことは、事件後に明らかになった。

事件以来、捜査当局はユリアさんの携帯電話を詳細に調べた。位置特定に使われた不正ソフトウエアが仕込まれていないか、探るためだ。

毒殺未遂以前に2人に対する監視行動がいくらかでも察知されていたのかどうか、そしてもしそうなら、警備を強化すべきではなかったのか、依然として疑問が残っている。

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親子毒殺未遂がロシアによるものだと英政府が非難する主な理由が、もうひとつある。神経剤「ノビチョク」だ。使われたのがノビチョクで、かつ独特の化学的組成を特定したことで、英政府はロシアの関与を断定した

3月末には化学兵器禁止機関(OPCW)の専門家がソールズベリーに招かれ、標本を採取した。

OPCWは報告書の公開部分で、英政府と同様に使われたのはノビチョクだと結論し、スクリパリ親子には高純度のノビチョクが使われたと強調している。

報告書の機密部分ではさらに、神経剤の純度や持続性の詳細が書かれているのだそうだ。

こうした調査結果から、OPCWはノビチョクが非常に高度な研究施設において、高水準の技術者によって製造されたと推理している。

使用された神経剤の製造元になり得た研究所は、世界で1、2カ所しかないと、OPCWは示唆している。

ノビチョクはソビエト連邦崩壊直前に、ロシア南部シハニーの施設で開発されたものだ。

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Image caption 2006年にモスクワの裁判所で撮影されたスクリパリ氏

セルゲイ・スクリパリ氏とのインタビュー

私は昨年夏に何度かスクリパリ氏と会う機会があった。スクリパリ氏は当時ですら、注目されることを望まない、多くを語らない人物だった。

取材を申し込んだ私にスクリパリ氏は、記者としての私ではなく歴史書の筆者としてなら会っても良いと応じてくれた。私は当時、冷戦後のロシアと西側諸国の間の諜報戦について本を書こうと、調査を進めているところだった。

この際のインタビューで得た情報は、毒殺未遂事件直後の「ニュースナイト」報道に取り入れた。

自分がスクリパリ氏と直接会っていたことをはっきり認めるのは、今までためらっていたが、本がまもなく完成するので、公表しても良いだろうと思うようになった。

スクリパリ氏は1人の男として、ロシアの諜報機関に入る前と後の自分の業績を、どちらも誇りに思っていた。

スクリパリ氏は大真面目に冗談を言うタイプで、これまでの数々の挫折を思えば驚くほどにストイックだった。彼は2006年に英国の二重スパイとして活動した罪で有罪判決を受けて服役し、2012年には妻リュミラさんをがんで亡くした。昨年夏には息子アレクサンデルさんが若くして亡くなっている。

スクリパリ氏の日常は規則的で静かなものに見えた。墓地やお気に入りの店をよく訪れ、最近では鉄道同好会に顔を出していた。

自分が深刻な危険にさらされていると感じている様子は、まったくなかった。

友好関係にある情報機関に講義や助言をしに時折出かけていたスクリパリ氏は、ソールズベリーで半ば引退生活を送っていたと言ってもいい。しかしこのライフスタイルは、亡命者にとってはおなじみの状態のようだ。ソ連国家保安委員会(KGB)に所属していたオレグ・ゴルディエフスキー氏も、英秘密情報部(MI6)の訓練コースや外交機関で講義していた。

スクリパリ氏のこうした活動から、スパイ業界への復帰をロシア当局に疑われたのではないか。英捜査当局はこの可能性を探っている。

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Image caption スクリパリ親子が発見された周辺を調べる防護服を着た捜査官

スクリパリ氏とユリアさんは、将来について難しい決断をしなければならない。

ユリアさんは「いつか」ロシアに帰りたいという希望を口にしている。ユリアさんは3月、2週間の滞在予定で英国の父親の元を尋ねていたが、今後については不透明だ。当面はスクリパリ氏の回復を支えるつもりだと、その意志は固そうだ。

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神経剤から回復のユリアさん 「助かったのはとても幸運」

スクリパリ氏の状況は、まったく別だ。スクリパリ氏はロシアに戻るつもりはなかったし、英国の自宅に戻れないことも分かっている。ソールズベリーの自宅は、犯罪現場として、そして今後も徹底的な除染が必要な場所として英国政府が買い上げた。

スクリパリ氏は米国や英連邦のどこかの国で、新しい身分や名前で生活を始めるのだろうか?

その場合、スクリパリ氏は極めて難しい決断を迫られることになる。

米国の証人保護プログラムでは、対象者は自分の過去と決別しなくてはならない。昨年夏にソールズベリーで穏やかに暮らす彼の様子を見た私からすると、それはスクリパリ氏にはかなり厳しい選択ではないかと思う。

英政府としては、スクリパリ氏とユリアさんは自分の今後を自由に選んでいいという立場だが、同時に、ロシアと政治的に紛糾し続けるのは避けたい気持ちもある。

しかし、2006年にポロニウムで毒殺された元情報将校アレクサンドル・リトビネンコ氏の事件を思い返せば、たとえ政府関係者がスクリパリ氏の事件を過去のものにしたいと願ったとしても、その思い通りにはならない可能性がある。

リトビネンコ氏の事件では、警察が事件の7カ月後に容疑者の逮捕状を取ったことで、ロシアとの対立が再燃した。もし警察が向こう数カ月以内にスクリパリ親子の毒殺未遂やそれに先立つ監視行動に関わったとみられる人物を名指しした場合、この問題は再び世界中でトップニュースとなるだろう。

(英語記事 Skripals 'were under Russian surveillance'

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