【解説】また核兵器の開発競争に? 米のINF全廃条約離脱

ジョナサン・マーカス防衛・外交編集担当委員

Mikhail Gorbachev and Ronald Reagan signing the INF treaty in 1987 Image copyright AFP
Image caption ゴルバチョフ氏(左)とレーガン氏は1987年、INF全廃条約に調印した

米国は20日、米国が1987年に旧ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱すると表明した。この決定は将来の軍備管理や、米国の姿勢およびその世界戦略だけでなく、米ロと米中の戦略的競争に重大な影響をもたらすだろう。

INF全廃条約の重要性は、ひとつのカテゴリーの核ミサイルをまるごと禁止したところにある。つまり、射程範囲500~5500キロの核弾頭および通常弾頭を搭載した地上発射型の短距離および中距離ミサイルだ。中距離ミサイルは東西の不安定要因として大きな問題だっただけに、INF全廃条約は軍備管理に大きな前進をもたらした。冷戦時代には対立を管理し緊張緩和を図るため、複数の軍縮・兵器削減条約が結ばれ、軍縮体制として一大ネットワークが作られた。INF全廃条約は、その体系の重要な要素だった。

今日、ロシアと西側諸国の関係は再び緊迫しているが、軍備管理の体系そのものも徐々に崩れつつある。欧州における通常兵器の増強を制限するための条約は、ほとんど無視されている。ロシアもシリア政府を支持することで、化学兵器の使用禁止体制を弱体化させている。

さらには、米ロ間で結ばれた2011年発効の新戦略兵器削減条約(新START)の行方にも、疑問が生じている。この条約は長距離・戦略核弾頭の配備数に上限を設けたものだが、2021年2月に期限が切れるため、延長か失効かの瀬戸際になる。失効してしまうと、1972年以降で初めて、世界の二大軍備国の戦略的兵器保有数を制限する法的手段がなくなる。

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サイバー兵器から遺伝子兵器まで、技術の進歩によって全く新しい種類の兵器の出現が危惧されている。それだけに軍備管理の推進派は、今は既存の軍縮条約を破棄している場合ではないと警鐘を鳴らす。今は既存の条約を土台に、軍縮体制の対象を新分野にまで範囲を広げるべき時なのだと。

INF全廃条約が崩壊すれば、ロシアが製造・配備を疑われているミサイルの追加配備が可能になる。これは北大西洋条約機構(NATO)加盟国への脅威が高めるだけでなく、多くの加盟国と米国の戦略的方向性の落差も広がる可能性が高い。

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Image caption INF全廃条約で禁止されているミサイルの射程距離

欧州は落胆

米国の主張を信じるなら、ロシアは条約に違反していたかもしれない。しかし条約崩壊の責任はトランプ政権にある。トランプ大統領はすでに、イランの核合意から気候変動に関する条約、貿易協定にいたるまで、前任者が取りまとめてきた条約を次々と反故にしてきた。

トランプ氏は米国が中心となって第2次世界大戦後に構築してきた自由主義国際秩序を段階的に破壊していると、大勢が危惧している。もちろん、これはトランプ氏が1人でやっていることではない。現代の世界体制の混乱には、ロシアや中国、トルコ、サウジアラビアなど、強権的な指導者が支配する大小さまざまな国が関与している。自分たちの国益追求に必要と思うことなら、なんでも実施する覚悟の指導者が率いる国々だ。

トランプ氏を批判する人々は、世界秩序の担い手でなくなった米国は、こうした強権主義の風潮に一役買ってしまっていると言う。そうした批判にトランプ氏は、自分はより良い条件のINF全廃条約を結びたいだけだと反論するかもしれない。イランとの核合意についても、より好条件で制約的な合意を結び付けたいだけだと主張してきたように。しかし、INFにしろイラン核開発にしろ、トランプ氏の言う目標実現の可能性はどれくらいあるのか。

ロシアの行動については多くの友好国が米国と同じ評価を下しているものの、トランプ政権のINF全廃条約離脱には落胆したと各国が表明した。米国が新たな地上発射型の核兵器を配備するとなっても、西欧は決して歓迎しないはずだ。

危険な新時代

INF全廃条約の崩壊は、より一般的には、米ロの戦略的敵対関係に新たな危機的状況を生み出すことになる。核を保有してはいるものの、ロシアは米国と比べれば弱い立場にある。しかし、その限られた力を引き続き妨害に使おうとしている。ウクライナやシリアでの軍事活動とは大きく違い、いくつかの国で選挙キャンペーンや内政に介入したロシアのサイバー攻撃や情報戦活動は十分に立証されている。

トランプ政権のロシアに対する姿勢は、時にどっちつかずに見えることがある。これは主に大統領本人が、ウラジーミル・プーチン大統領に対して奇妙な態度を取り続けているせいだ。しかし、トランプ氏の個人的なツイートの嵐はさておき、全体の姿勢は厳しくなりつつある。

我々は新しい戦略的競争の時代に突入している。ただ、ロシアの軍事力はソビエト連邦のそれには遠く及ばないので、必ずしも第2次冷戦とは言えない。それでも、特に「交通規則」を作っていた条約の多くが破棄されてしまえば、危険な時代といえる。

太平洋の重要性

米国防総省がINF全廃条約の破棄に同意したのは、中国との戦略的対立が悪化しているからだという指摘もある。米中のこれこそが、今後数十年を形作られる軍事競争になる。

世界の経済力が東へと移動しつつある中、米国は中国を封じ込めないまでも、急速に刷新・整備される中国の軍事力により効果的に対抗するため、自分たちの軍事力を増強したいと考えている。中国が勢力範囲を次々に侵食してくる状況で、米国は国際水域へのアクセスを維持するとともに、自分たちは今後とも太平洋地域の大国であり続けると、地域の友好国を安心させたいのだ。

中国はINF全廃条約には参加しておらず、その制約を受けない。例えば2015年には、太平洋にあるほとんどの米軍拠点に到達する射程範囲3000~4000キロの弾道ミサイル「東風26号」を配備した。

しかし、米国がINF全廃条約を破棄した場合、米国が中国と同じようなミサイルを開発・配備する価値がどの程度あるのかは不透明だ。たとえば、どこに配備するのか。同盟国の多くはこうしたミサイル・システムの受け入れを渋るかもしれない。空や海から発射するミサイルの方が有用かもしれない。

アジア・太平洋地域だけでなく、欧州でも事情は同じだ。INF全廃条約は地上発射型のミサイルシステムを禁止しているが、空や海から発射するタイプには触れていない。米国が本当にこの条約をどうにかしたいのなら、ロシア政府の背中を押して順守を求め続けながら、条約に違反しない独自の新ミサイルシステムを開発することもできるはずだ。しかしそれは、トランプ氏らしくない。

ロシアの政府報道官は、米国の条約破棄に対して自分たちは「核防衛のバランス回復のために必要な措置」を取って対応すると強調した。つまり、新たな核兵器開発競争の危険は迫っているのだ。

(英語記事 Back to a nuclear arms race?

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