【訃報】スタン・リーさん 多くのスーパーヒーローを創造した天才

スタン・リーさんは1922年に生まれた(写真は2017年撮影) Image copyright AFP
Image caption スタン・リーさんは1922年に生まれた(写真は2017年撮影)

米国のコミックライター、スタン・リーさんは、スーパーヒーローたちの背後にいた人間だった。

多くの人が、リーさんに驚嘆している。リーさんはキャラクターに、非凡な力と日々の頭痛の種を与えた。この方程式が米国のコミックに革命をもたらした。

ハルク、アイアンマン、デアデビル、ファンタスティック・フォー。全て、リーさんの豊かな想像力から生み出され、コミックのページにあふれ出したキャラクターたちだ。

だが、リーさんのキャリアはペンとインクから始まったかもしれないが、その仕事はずっと広い世界へと成長し、進化していった。

グラフィック・ノベル(小説のように重厚なストーリーを備えた大人向けのコミック作品)から、大ヒットしたハリウッド映画まで。マーベル・コミックスを出版社の一部門から巨大なマルチメディア企業にまで引き上げた。リーさんは多作な人だった。

リーさんは1922年、ルーマニアから移民してきた労働者階級の貧しいユダヤ人家庭に生まれた。リーさんは親族が経営する企業タイムリー・パブリケーションズに職を得た。この会社が最終的に、マーベル・コミックスとなった。

同社のコミック部門に配属されたリーさんは、想像力の豊かさもあり、18歳までには編集長に昇格した。

その後20年以上、リーさんは「究極の何でも屋」だった。犯罪もの、ホラー、西部劇、若い読み手を満足させるものはなんでも書いた。

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2音節以上ある言葉は推奨されなかった。キャラクターは完全な善か完全な悪で、グレーの部分はなかった。

リーさんは自分の書いたものをとても恥ずかしく思っており、作者欄に自分の本名、スタンリー・マーティン・リーバーを記すのを拒否した。筆名にしたスタン・リーは「まぬけな名前」と思っていたが、後年その名前に法的に改名した。

40歳になる頃には、リーさんは自分はコミックの世界にいるには年を取りすぎたと判断した。英国生まれの妻ジョーンさんはリーさんに、失うものは何もないのだし、最後の作品は、本当に作りたいと思う種類のキャラクターを書くべきだと勧めた。

競合のコミック会社がバットマン、スーパーマン、ワンダーウーマンというスーパーチームを擁していたこともあり、タイムリーには対策が必要だった。

1961年に出したリーさんの答えは、ファンタスティック・フォーだった。宇宙線を浴びて特殊能力を得た4人組の宇宙飛行士だ。

この4人が、リーさんの人生、そしてコミック業界を永遠に変えた。

リーさんは4人それぞれに固有の、10代が日常的に悩む問題を与えた。頭部のふけや足の巻き爪、にきびなどだ。4人はよく親と口論したり、4人同士で仲たがいしたりした。

ファンレターが殺到した。その時はわからなかったが、リーさんはコミックの黄金時代を導いたのだ。そして、リーさん自身の想像力も再びよみがえった。リーさんが作り出したマーベルの世界は、マーベル・コミックスの新作を生み出した。

そのすぐ後、オタクのピーター・パーカーが、放射線を浴びたクモにかまれ、ニューヨークの高層ビル街の壁面をはい上がれる存在へと変身した。スパイダーマンの誕生だ。

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スパイダーマンは、現代ポップカルチャーの象徴的存在になった。愛情をこめてスパイディと呼ばれたこのヒーローは、とても並外れた能力を持ったが、職場でも家庭でも、恋人とも問題を抱えていた。

ついに、10代のピーター・パーカーはもはや脇役だけでなく、主役のヒーローになった。そしてヒーローはもはや筋肉だけでなく、頭脳も持つようになった。

「彼がヒーローで特殊能力を持つという理由だけで、問題がないという意味にはならない」とリーさんはBBCに語った。

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スタン・リーさん死去 かつて語ったスパイダーマン誕生

ハルク、マイティ・ソー、アイアンマン、その他全てのヒーローが、薬物乱用や偏見、社会的不平等といった問題に立ち向かった。

リーさんが革新的だったのは、作画を担当するコミックアーティストを評価したことだった。ジャック・カービーさん、フランク・ミラーさん、ジョン・ロミータさんや他のアーティストたちは、その功績でカルト的な名声を得た。

新たなスーパーヒーローが、別の方法で新たな地平を切り開いた。デアデビルは目が見えず、ブラックパンサーは黒人で、シルバーサーファーは人類の現状に思いを至らせた。リーさんの影響力は残り続ける。何年か前、マーベルのヒーローの1人ノーススターは、ゲイだと公表した。

マーベル・コミックスは最盛期、年間5000万部を売り上げた。1971年に編集職を退くまで、リー氏は全てのマーベル作品の表紙原稿を手掛けていた。

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1999年、リーさんはベンチャー企業「スタン・リー・メディア」を設立。連載コミックとインターネットを組み合わせることを狙ったが、見事に失敗した。リーさんは破産し、ビジネスパートナーは詐欺で収監された。

それでも2001年、リーさんは映画とテレビ番組を作る新しい会社POW!エンターテインメントを設立した。社名のPOWはPurveyors of Wonder、「不思議の提供者」の略語だった。

半世紀におよんだリーさんの創作物は、人を引き付ける魅力を維持し続けている。Xメン、ファンタスティック・フォー、ハルク、デアデビル、アイアンマン、そしてアベンジャーズ。挙げたヒーロー全てが、ハリウッド映画となった。

スパイダーマンは大ヒット作となった。2002年の初映画化作品と2004年の続編は世界中で合計16億ドル(約1820億円)近くの興行収入をもたらした。この数字にDVDや関連商品の売り上げは含まれていない。

クリス・エヴァンズさんが主演した最近のキャプテン・アメリカシリーズ3作品は、世界で約22億4000万ドル(約2550億円)の興行収入をあげた。ロバート・ダウニー・ジュニアさんが主演したアイアンマンは興行収入約24億ドル(約2730億円)となっている。マーベルの魅力は疑う余地がなかった。

マーベルのライブアクション映画のほとんど全てに、リーさんが短くカメオ出演していることも、ファンを喜ばせた。

リーさんはグラフィック・ノベルでも成功を収めた。2012年に共同執筆した「ロミオ・アンド・ジュリエット:ザ・ウォー」は米紙ニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト入りを果たした。またリーさんは、「スタン・リーズ・ワールド・オブ・ヒーローズ」と名づけられたYouTubeチャンネルも開設した。

リーさんは2016年、コミックなどの大衆文化に関する大規模イベント「コミック・コン」で、デジタル版のグラフィック・ノベル「スタン・リーズ・ゴッド・ウォーク」を発表。書籍化されたこの作品は2017年、独立系出版を表彰するインディペンデント・パブリッシャー・ブック・アウォードで、インディペンデント・ボイス賞を受賞した。

晩年には、リーさんは低下する自分の視力を嘆いた。自分の名をとどろかせたコミック本をもはや読めなくなったためだった。

リーさんは2016年、レディオ・タイムズに対し、「100パーセント読めなくなった」と語っている。

そしてリーさんはこのインタビューで、最も素晴らしい能力についても語った。それは、運だという。

「コミック本のイベントにいくと毎回、少なくとも1人のファンがこう尋ねてくる。『全ての特殊能力の中で最もすばらしいのは何ですか?』と。私はいつも、運こそが最高の能力だと答える。もし幸運があれば、全てはうまくいくからだ」

(英語記事 Stan Lee obituary: The genius of the superhero creator

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