なぜオリンピック招致から撤退する都市が相次いでいるのか
ギャレス・エヴァンズ、BBCニュース

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2016年五輪のシカゴ開催に反対して抗議する人たち
長いこと、地上で最も偉大なショーとされてきた。
夏季と冬季の両オリンピック(五輪)は、数十億ドル規模の大イベントだ。世界一流のスポーツ選手が一堂に会し、多くのマスコミが報道する。
そのため、カナダの都市カルガリーの住民が13日、2026年の冬季五輪を招致するか否かについて投票した際、熱狂的に賛同するだろうとあなたは期待したかもしれない。
しかし代わりに、住民ははっきりと決断を下した。「ありがとう。でも結構です」だったのだ。
この否認は、多額のコストや経済効果への疑問に関する恐れに突き動かされたもので、今年に入り立候補から撤退した他の3都市に続くことになった。
これは、専門家が五輪そのものの未来を脅かす可能性があると話す、もっと大きな問題の一部分だ。開催したがる都市が、世界中でどんどん減っているのだ。
数字を考えてみて欲しい。最終的にアテネで開催された2004年夏季五輪には、11の都市が開催地に立候補したが、2024年大会はわずか2都市しか集まらなかった。

2004年以降の夏季オリンピックで開催に立候補した国の数

では、この傾向の背後には何があるのだろうか? 2024年大会のボストン開催の反対運動を指揮したクリス・デンプシー氏は、なぜ懐疑的な態度が増えているのか、多くの人よりも熟知している。
デンプシー氏が指揮したボストン開催反対運動は2013年初め、友人たちとの会話を受けて、同氏宅の居間で始まった。
「私たちから見たら、非常に裕福で権力のある人たちが団結して、招致がボストンにとって良いと決めたものでした」とデンプシー氏は話す。「でも私たちは、費用が気がかりでした」
「当初、ボストン住民が五輪開催にとても前向きだということが、投票では示されました」とデンプシー氏は説明する。「しかし細かいところを見始めた時、招致は自分たちにとって一番の得策ではないという決断を住民は下したのです」

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クリス・デンプシー氏は、2024年大会のボストン招致に反対する草の根運動を指揮した
デンプシー氏は、五輪を開催するための財政的な負担が一番の懸念だったと話す。他にも、外部の人間がボストンにとって何が一番いいのかを言ってくることへの腹立たしさもあった。
「私たちの声を聞いてもらいたかったし、自分たちの都市の未来を計画したかった。カルガリーのみんなも同じように感じたのだと思います」とデンプシー氏は話す。
同氏は的を射ているように思える。
カルガリーの住民が先週、五輪招致を圧倒的多数で否決した後、カルガリーのショーン・チュー議員は次のように述べた。「何をすべきか、何を考えるべきかを言ってくる既得権層には、みんなうんざりしたんだと思します。良いことだから多額を費やせと言うのです」
ボストン開催への支持の減少が投票から見え始めた後、2015年夏にボストンは招致から撤退。反対派にとっては、意外な勝利に思えた。
「賛成派は、約1500万ドル(約17億円)を費やしましたが、私たちが活動全体に使ったのは1万ドル(約113万円)以下でした」とデンプシー氏は話す。
デンプシー氏は五輪招致について、市民は開催の誇りや栄誉をただ受け入れるだけでなく、事実を査定すべきだと考える。
「政府が五輪を公共政策の問題と考え、良い点と悪い点を真面目に評価する時、有権者はこれが単に自分たちにとって得策でないことに気づき始めているのです」とデンプシー氏は述べる。
「事実は味方してくれると、私たちは常に自信を持っていました」

五輪開催に伴う経済的利点に対して懸念が高まるのは、不合理な話ではないと専門家は言う。
「都市が心配するのは当然です」と話すのは、数十年もの五輪予算を研究してきたベント・フライフヨルグ教授だ。「一般的な傾向は、費用が増加し、政府があまりにも多額を注ぎ込みすぎることに不安になるというものです」
「五輪を開催するには多額の予算が必要で、しかもそれはスポーツに直接関係している費用にしか過ぎません」と教授は話す。「交通機関の改善などの間接的なインフラ経費もあります」
ロシアのソチで行われた2014年冬季五輪は、510億ドル(約5兆7500万円)がつぎ込まれ、史上最も高くついた五輪となった。2008年の北京五輪は、400億ドル(約4兆5000万円)だった。
フライフヨルグ教授は、1960年以降の五輪は全大会で予算をオーバーしていると話す。中には、驚くような超過額になっている大会もある。

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予算の超過額が多かったをオリンピックをパーセンテージで表した

では、なぜ支出額が増えてしまうのだろうか? 「みんな、より大きなパーティを開きいものです」とフライフヨルグ教授は話す。「誰もが史上最高の五輪にしたいという競争みたいなものがあるのです」。
もう1つの理由として、フライフヨルグ教授は経験のなさを示唆する。
「五輪を開催するどの都市も、これまで開催したことがないか、あってもかなり昔なので、その経験を活用できません。つまり、大金が絡むイベントを担当しているのは未経験の人たちなので、費用超過へとつながるのは当然なのです」
「持続可能ではありません。国際オリンピック委員会(IOC)にとっては、ちょっとしたショックだと思います」
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五輪を主催するIOCは、費用への懸念を確かに認識している。
クリストフ・ドゥビ五輪統括部長はBBCに次のように話す。「五輪の費用が懸念になっているのは分かっています。費用と複雑さを抑えるために、あらゆる努力をしなくてはいけないと感じています」。
ドゥビ氏は、五輪開催費用の低減に向けた対策が近年多く導入されていると説明する。
IOCは経済的負担の一部を埋め合わせるために、資金の提供を申し出るようになった。例えば、2028年の米ロサンゼルス五輪では、IOCは運営委員会に18億ドル(約2030億円)を寄付すると約束している。
IOCはまた、適切なインフラや会場がすでにある都市からの立候補を求めてもいる。これは、五輪終了後に無駄になる高価な設備、いわゆる「無用の長物」に対する懸念の高まりを受けたものだ。
韓国の平昌(ピョンチャン)で今年開催された冬季五輪を例に取ってみよう。大会の中心は、真新しい1億900万ドル(約123億円)のスタジアムで、使用回数は合計で4回だった。
ブラジルでは、2016年の五輪で使用された高価な競技場の多くは放置され、環境に危険な存在となっている。

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使用前・使用後:2016年リオ五輪の後、水泳競技施設は放置された
「一般的な話として、五輪開催前にもし都市に球場や競技場がないなら、なぜ五輪後に必要になるでしょうか?」と疑問を口にするのは、ボストン五輪招致に反対する「ノー・ボストン五輪」運動にも参加したスポーツ経済学者、アンドリュー・ジンバリスト教授だ。
「球場や競技場が五輪開催前には存在しなかった理由は、その投資を行うだけの(中略)経済的に実行可能な理由がなかったからです」と同教授は説明する。
「結局は、経済的・環境的に非常に無駄なものになってしまいます」
こうした全てが、五輪は過剰で贅沢だという見方の一因となっており、IOCはこれに戦おうとしていると言う。ジンバリスト教授は、競場がすでにある都市からの立候補を探すのが、今後は正しい取り組み方だと提案する。
「ロサンゼルスのように、ほぼ何も投資せずに夏季五輪をできてしまう都市もあるので、道理にかなってはいます」とジンバリスト教授は話す。
ではなぜ、適切なインフラがない都市がそもそも五輪招致に立候補するのだろうか?
2012年ロンドン五輪でのマーケティングや、ハンガリーの首都ブタペストによる2024年五輪招致活動に携わったダニエル・リッターバンド氏は、五輪が実のところ、開発途上の都市には良い影響を与える可能性があると主張する。

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平昌五輪スタジアム上空に上がる花火
「将来的に、五輪が変革的な影響をもたらすことができるのは、人口100万人の小さな都市だと思う」とリッターバンド氏は話す。「例えば専門車線などのように、大きな都市では混乱を生じるようなものの中には、小規模の都市にとってはそこまでではないものもあります」。
リッターバンド氏は、一般市民からの支持は「必要不可欠」だと述べる。「支持がないなら、絶望的です。それがボストンで起こったことでした」とリッターバンド氏は説明する。
では、将来的に招致を考えている都市に、リッターバンド氏は何をアドバイスするだろうか?
「五輪は、経済をいかに前進させていくかといった、インフラと土台を築き上る20年計画の一部である必要があります。そうであれば、やる価値は確実にあります」
「おもてなしのプログラムにせよ、短期雇用契約の増加にせよ、雇用や技能に関して市民にはっきりとした利点がなくてはいけません」とリッターバンド氏は加える。
「五輪は、一国が持てる国の誇りとして最高の瞬間です。2012年の(ロンドン五輪についての)みんなの話しぶりは、国全体が誇りで胸を張っていたことを表していました」

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2012年大会の開催地にロンドンが決定したとの発表に喜ぶロンドン市民
しかし現実は、いかに五輪に利点があろうが、小規模の都市からの立候補はない。では、もしIOCにとって最悪の事態が起こり、開催地への立候補がなくなったら、IOCは何ができるだろうか?
「合理的な方向としては、夏季大会と冬季大会を永続的に開催する都市をそれぞれ1つずつ作ること」だとジンバリスト教授は話す。
デンプシー氏は、「それは大いに道理にかなっているかもしれない」と話す。しかしどこが永続的な会場になるのかという疑問が残る。
「問題は、こうした都市は今開催することにあまり興味を示していないということです」と話すのは、五輪が開催地にもたらす長期的な影響について研究を行なっているドナルド・デングル教授だ。
「なので、市民が負担を負うことがないよう、IOCが施設の維持費や管理費を提供しなくてはならないでしょうし、奨励金をもっと多額にしないといけなくなるでしょう」とデングル教授は話す。
「IOCにとっては本当に難しい判断になります」