【解説】北朝鮮外交官の脱北、その先は闇か

ローラ・ビッカー、BBCニュース・ソウル特派員

North Korean defector activists carry bags of bottles containing rice, money, and USB sticks, on Ganghwa island, west of Seoul on May 1, 2018. Image copyright ED JONES
Image caption 物資と、韓国国内での報道内容を入れた袋を韓国側から流そうとする脱北者。その活動は韓国にとってジレンマとなっている

北朝鮮の最高指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、間もなくドナルド・トランプ米大統領との2度目の首脳会談に臨む。しかし北朝鮮がほぼ完全な孤立状態から徐々に脱却し、少しずつ世界と接触していく一方で、脱北した北朝鮮外交官にどう対処するかという問題がさらに悩ましいものになっている。

脱北は簡単なものではない。北朝鮮からの逃亡は、自分だけでなく愛する人たちの命も危険にさらす。特権階級としての生活を謳歌(おうか)していた北朝鮮の外交官にとっては、脱北の危険はさらに現実的なものだ。

北朝鮮の外交官は、同国の掲げるチュチェ(主体)思想の、外国での最前線を担っている。

外交官の主な仕事は北朝鮮政府の資金を集めることだが、本国ではエリートとされるものの、国外であまりそうした特権の恩恵を受けていない。大使や職員は北朝鮮の視点を世界に広め、駐在国で親北朝鮮的なグループを探すよう求められる。また各国のニュースやテレビ網、新聞を監視し、金一族に関する記載がないかを調べている。

イタリアでは昨年、駐イタリア北朝鮮大使代理だったチョ・ソンギル氏(48)が自宅から姿を消し、残された娘の処遇に懸念が集まっていた。2016年に脱北した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使は、この娘が北朝鮮に強制送還されたとみられると語っていた。

イタリア外務省も20日、この事実を確認したと発表した。

究極の裏切り者

こうした訴えを確認することはほぼ不可能だが、これだけでも外国で北朝鮮を代表できるほど信頼され特権を得ていたエリートにとって、脱北がいかに危険な賭けかがわかるだろう。

高い地位にいればいるほど、逃亡のリスクも高まる。金委員長の政権下では、脱北が許されることは考えられない。脱北したエリートには、北朝鮮に残した家族が罰されたり投獄されたりしたという人もいる。中には、家族の一員が銃殺されたと考えられるケースもある。

北朝鮮の外交官は、大抵の場合この国に敵対的な世界に相対して活動する金一族の勅使であり、金一族の利益を保持する役割を持つ。北朝鮮側の理論からしてみれば、外交官として働いている時に国に逆らうことは許されてはならないことであり、それが許されると思われることすら許されない。

Image copyright www.kimjongun.it
Image caption Jo Song-gil was thought to have been living in Rome with his wife and children before he disappeared

北朝鮮は、脱北した外交官を究極の裏切り者とみている。金一族にとっては明確すぎる屈辱だからだ。しかし、脱北者は後を絶たない。

在ヴェトナム北朝鮮大使館の1等書記官だった韓進明(ハン・ジンミョン)氏は2015年、物品売買によって得た金銭を外務省の職員に分け損ねたのをきっかけに脱北したと語った。

韓氏は北朝鮮情報に特化したウェブサイト「NKニュース」の取材に対し、外交官の給料は少なく、韓氏は月に400ドル(約4万5000円)しかもらえなかったと話した。韓氏の上司が彼について本国に報告したことで、身の危険を感じたという。厳しく罰されることは確実だと思い、すぐに逃亡することを決めた。

「韓国は北朝鮮人を受け入れるべき」

外国で生活する外交官は、他国の生活や仕事がどのようなものかを見る機会に恵まれる。そして他の人生に思いを馳せることになる。例えば、子どもをインターナショナルスクールに入れるような。こうした自由を垣間見て、彼らはさらに次が見たくなる。

娘の安否が取りざたされる中、チョ・ソンギル氏とその家族についての情報はほとんど出てこない。彼らが最後に目撃されたのは昨年11月のことで、イタリアではない別の国での亡命を望んでいたと考えられている。アメリカに渡航しようとしているとの見方もある。事態の詳細はぼんやりとしたままで、実際に何が起こったのかを知るのはまだ先のことかもしれない。

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一方で脱北した政府高官は、特に韓国が北朝鮮と慎重に友情を育もうとしている今、韓国側にもある種のジレンマを与えている。

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Image caption 2016年に脱北した太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使

韓国ではこれまで、脱北者に対して保護を与えるれっきとした理由があった。1980年代に脱北した李韓永(イ・ハニョン)氏は、金正恩氏の従兄弟に当たる。李氏は金一族のことを語った著書を出版した後の1997年、ソウル郊外の自宅前で射殺された。犯人は捕まっていない。

2016年に脱北した太・元駐英公使は記者団に対し、韓国政府はもっと次善策をとるべきだと語っている。一方で、チョ氏が韓国に助けを求めるべきだとは思っていないとも話した。

「韓国は、北朝鮮人を受け入れる姿勢を明らかにすべき」だと太氏は話した。

「しかし現状そうはなっていない。チョ氏の脱北後、韓国政府も韓国国民もチョ氏とその家族を助けようとする意志を見せていない。この現状に悲しみを覚えている」

「北朝鮮国民に、韓国は彼らの祖国だと伝えなくてはならない。そして誰であれ、韓国に来たいと思っている北朝鮮人を受け入れるべきだ。

Defectors from North to South Korea

Source: South Korea Ministry of Unification

北朝鮮から韓国に逃亡した人数を年ごとにまとめたグラフ。出典は韓国統一省

しかし、韓国での温かな歓迎は保障されていない。これまでの保守派政権は脱北者を北朝鮮のイメージを損なわせるために使い、人権侵害を強調してきた。

しかしリベラル派の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は北朝鮮との接触を図る政策を進めている。文政権はどのような路線をとるべきか考えあぐねているかもしれない。

韓国は長い間、全ての朝鮮人は政治的にも経済的にも自由であるべきだという理想を掲げてきた。北朝鮮はこれに対し、韓国がこうした造反を企てることで北朝鮮を傷つけ、辱めていると批判している。

文政権が求めていることは、こうしたやりとりではない。

What jobs did defectors have before leaving?

Those who left between 1998-2018

Source: South Korea Ministry of Unification

脱北者を職業別にまとめたグラフ。青が男性、オレンジが女性で、左から管理職、軍人、労働者、無職、ボランティア、芸術・スポーツ、専門職、未成年。出典は韓国統一省

北朝鮮の外務省は太氏など、公然と意見を発する脱北者への怒りと不快感を隠していない。

名指しこそしていないものの、同省は太氏を「人間のくず」と呼び、韓国政府が国会で太氏に発言を許したことを非難している。

BBCニュースは韓国の統一省と外務省に対し、北朝鮮人が受け入れられていないという懸念について取材した。

統一省の報道官は、声明で注意深く言葉を選んでいた。声明では統一省の立場としては「自由意志で韓国に来たいと願う全ての北朝鮮からの逃亡者を受け入れる」と述べた。

韓国政府は北朝鮮からの亡命者に救援物資を提供している。韓国への過酷な旅を達成した北朝鮮人は現在、約3万2000人。彼らには新しい生活の支援として住居や教育の機会が与えられる。

しかし統一省は、脱北者の動きを北朝鮮がどのように捉えているかを懸念しているようだ。

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Image caption 脱北者のカン・チョルファンさんは、アメリカで自身の経験を語った

昨年、文大統領と金委員長による初会談のわずか数日後、ある政治活動を行っている脱北者が、パンフレットとメモリーカードを付けた風船を北朝鮮側に飛ばそうと準備していた。この脱北者は15年にわたってこうした活動をしてきたが、この時、風船を飛ばすのをやめるよう電話がかかってきたという。

この脱北者と支援グループが風船を飛ばすことを決めると、警察に囲まれてしまったという。

また、現在は韓国の朝鮮日報に務める脱北者のキム・ミョンソン記者は昨年、南北軍事境界線上の板門店で行われた南北首脳会談の取材を禁止された。2013年以来、キム記者は南北問題の取材が仕事だったが、統一省はこの会談の「特別な状況」を受け、「必要な措置」を取らざるを得なかったと説明している。

この出来事で「傷ついた」と、キム記者はBBCに語った。

「脱北者は韓国国民だ。抑圧的な独裁政権を離れて韓国に来て、民主的な韓国政府を全面的に信じている。しかし政府は、北朝鮮からの要請がないのに脱北者のジャーナリストを除外することを決めた」

「自分の立場が弱いのだと感じたし、韓国政府は必要であれば脱北者を手放し、我々を守らなくなるのではと恐ろしくなった」

情報の宝庫

それでもなお脱北者、とりわけ北朝鮮の労働党幹部とつながりのある人物を受け入れるメリットはある。

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北朝鮮兵が脱北 劇的な瞬間

ソウルの国家安全保障・戦略研究所で所長を務めていたキム・チョンボン氏によると、現在、チョ・ソンギル氏は情報の宝庫と目されているという。

キム氏はBBCの取材で、「我々はチョ氏から北朝鮮の最近の外交戦略や、過去3回の南北首脳会談や米朝首脳会談後に外交高官に出された指令などの説明を受けることができる」と説明した。

「金正恩委員長が外交官に、経済支援を得るために韓国を協力したいとか、アメリカとの交渉にもかかわらず核兵器を諦めるつもりはないなどと伝えている可能性もある」

「特に、チョ氏には(そう言っている)可能性がある。チョ氏の父親と義父は共に外務省の高官だった。義父は外務省の名誉大臣で、金日成(キム・イルソン)や金正日(キム・ジョンイル)が各国首脳と会うときに同席していた。もしチョ氏が韓国に来ていたら、北朝鮮の70年にわたる外交史のパズルを完成させ、抜け落ちている情報を埋めることができるかもしれない」

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Image caption 感謝祭の日に、先祖への祈りを捧げる脱北者。脱北者の残された家族は、北朝鮮で大きな危険にさらされている

キム氏は、チョ氏がアメリカに渡っていると考えている。また、アメリカと韓国が北朝鮮と協議している間は、チョ氏に関する情報が得られる可能性は低いだろうと指摘した。

「アメリカがこの件について一切声明を発表しない可能性は十分にある。1997年に駐エジプト大使だったチャン・スンギル氏とその兄弟のチャン・スンホ氏が、フランス滞在時にアメリカへ亡命した際も、アメリカは沈黙を保っていた。

「チョ氏に関しても、同じようになる可能性は高い」

(英語記事 The sorry fate of North Korea's diplomat defectors

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