「R」の発音ひとつで分かる色々なこと あなたは誰?

R

日本ではヘボン式のローマ字表記で「ラ」行に「R」が使われる。その一方で、英語の「R」の発音が苦手な日本人も多い。とはいえ「R」の発音と一口に言っても実は様々で、その人の背景や地域の歴史などを知る手がかりにもなる(文中敬称略)。


ジェイムズ・ハーベック

「R」の発音の仕方と一口に言っても、実に様々だ。うなったり、舌を丸めたり、舌を巻いたり。まるでドクター・フーのように変化して、まったく別の音になるものの、どれも「R」であることに代わりはない。ドクター・フーがどれだけ姿かたちを変えても、同じ「ドクター」だというのと同じように。けれども、どういう「R」の音を出すかによって人は、自分がどういう人間で、出身はどこで、どういう風に思われたいのか、実に雄弁に物語っている。

少なくとも1種類の「R」音を含む言語は、世界全体で75%に上る。「R発音」を英語の言語学用語で「rhotic」と言う。ほとんどの言語に「R」の音が含まれるものの、同じような発音は非常に少ない。口の一番奥で発音するのも「R」なら、唇で発音るすのも「R」だ。舌を細かく振動させるいわゆる巻き舌、空気の通過をしっかりふさぐ舌、空気を少しだけ通す舌、あるいはまったく何もしない舌など、舌の関わり方も様々だ。それでも私たちはだいたいどれも、同じ音のバリエーションだと認識する。たとえばフランス語の場合、「いわゆる」フランス語のRと私たちが思う音は、喉の奥を震わせるうがい音のような「R」だ。言語学者はこれを「口蓋垂音」と呼ぶ。エルキュール・ポワロが名乗るときのあの音だ。

一方でドイツ語の口蓋垂音の「R」は、母音に続く場合はまったく消えるので、フランス語とは少し違う。アーノルド・シュワルツェネッガーが名乗るのを聞くと違いが分かる。あるいは映画「キンダガートン・コップ」の有名な台詞(せりふ)、「It's not a tumour(腫瘍じゃない)」を言う際、シュワルツェネッガーは「It's not a tumah!」と言い、「tumour」の最後の「R」を発音しなかった。

Image caption 特徴的なフランス語の「R」発音は17世紀に人気を得た

すべての「R」音に共通するのは何なのか、言語学者は論争を重ねてきた。米シンシナティ大学による最近の超音波映像実験によると、人が「R」音を出すとき、舌の上や先の動きは多種多様でも、舌の付け根は必ず喉の筋肉を緊張させているのだという。

ほとんどの場合、「R」を発音するには他の音よりも時間がかかる。そしてほとんどの場合、幼児はなかなか「R」が言えるようにならない。舌先を振動させる巻き舌は、特に難しい。なので、もっと簡単な音で代替させようとするのは、ありがちなことだ。もっと簡単に発音するために言葉の音を変えるというのは、変化の大きい要因となる。相手に理解してもらうため面倒な発音もやぶさかではないが、もっと簡単に発音できるならそれに越したことはないのだ。ただし、欧州各地で「R」の発音がバラバラなのは、言いやすさ・聞きやすさが理由ではない。欧州では、流行とアイデンティティーが、「R」の違いの2大要因だ。

どんどん巻いていこう

大昔の欧州では、ラテン語話者は「R」を舌先で発音していた。現代のイタリア語話者の大半が使うあの発音だ。フランス語話者も長いこと、あの「R」音を使っていた。しかし17世紀後半のパリで、喉の奥でうがいするような音を出す「R」がおしゃれ族の間で流行した。舌先を振動させるのが面倒だったのかもしれないし、単にかっこいいとおもったのかもしれない。ほかには「R」を「L」や「Z」に置き換えたり、(とんでもないことに)「R」をまったく発音しないという人も増えた。そのため、有名な医師のニコラ・アンドリィ・ド・ボワ=ルガールは、喉の奥を振るわせる口蓋垂音を使うように提唱した。この口蓋垂音の「R」は次第にフランス中に広まり、舌先を振動させる「R」はやがて「下品」、もしくは「田舎っぽい」と見なされるようになっていった。

そしてこの音は、町から町へとおしゃれ階級の間で広がり、ドイツ、オランダ、そしてデンマークまで伝わりましたとさ……と言われるものの、ことはそれほど単純ではない。喉の奥の「R」はこのころすでにドイツの一部地域で出現していたという記録もある。しかも、使っていたのは都会のおしゃれ族に限らない。とは言うものの、口蓋垂音の「R」がドイツや近隣諸国に広がったのは確かに、都会のおしゃれ族や行商人の移動に伴ってのことだった。1700年までにベルリンに定着し、18世紀後半までにはコペンハーゲンに広がり、そこからデンマーク一帯に伝わり、さらに19世紀後半までにはスウェーデン南部に到達し、そこで止まった。ドイツと古くから交易していたノルウェー・ベルゲン周辺にも伝わった。

同じ音はオランダにも伝わったが、オランダは各地で色々な「R」が混在している。舌先で発音する人も喉の奥で発音する人もいるほか、アメリカ人のように口の中央で発音する人もいる。言語の変化の最先端を行くのは通常、若い女性だが、オランダの若い女性がどういう「R」を好むかは、都市によって異なる。

一方で、お隣のベルギーのフラマン語(オランダ語の一種)は、口蓋垂音の「R」を使わない。ベルギーでは、口蓋垂音の「R」を使うフランス語も公用語なので、それも関係するのかもしれない。つまり、ベルギーでは「R」の発音の違いが、その人がどの言語集団に属するかを表すのだ。

Image caption ポルトガルとスペイン語には2種類の「R」がある

口蓋垂音の「R」は西へも移動した。(一部の例外を除いて)スペインは抵抗したが、ポルトガルでは大流行した。ポルトガル語にはスペイン語と同様、二種類の「R」がある。重い「R」はたとえば「carro(荷車)」、軽い「R」は「caro(親愛な)」で使われる。19世紀後半には、大都市の実力者たちがフランス語の「R」に似た重い音で発音するようになった。フランスの直接的な影響によるかどうかは、分かっていないが、数十年のうちにこの重い「R」がほぼ主流となった。

ポルトガル語における「R」の多様性は、ブラジルでいっそうすごいことになっている。場所と話者によって、オランダ語の「ch」や「h」にも聞こえるし、文脈によってはまったく無音になる。よって、ブラジルでの重い「R」によって「carro」は私たちには「カホー」に聞こえ、「Rio」は「ヒオ」に聞こえるのだ。

Image caption ブラジルでは「R」の発音は地域によって異なる

その一方、軽い方の「R」の音は大なり小なり変わらなかった……最近までは。ポルトガルの都市部では最近、母音の後にアメリカ式に発音する人が登場し始めた。サンパウロに近い農村部ではもう何年も前からその発音だったが、「田舎なまり」と呼ばれ、おしゃれではないので広まらなかった。

他方で私たちイギリス人は、独自路線を突き進んできた。おそらく1000年前には、国内には複数の「R」発音が存在したはずだ。専門家の議論はまだ尽きていないが、シェイクスピアの時代(16世紀後半から17世紀初頭)になるとすでにイングランドの一部で、省エネのために母音に続く「R」を発音しない人が増えていたことは、(文献に残る多彩なスペリングのおかげで)確実に分かっている。しかし、母音に続く「R」は無声という発音が社会の有力者の間でも定着したのは18世紀後半のことで、そのころに一気に広まった。アメリカの独立戦争を経て本国に帰国した入植者たちが、イギリス国内の発音の変化に驚いたほどだ。

Image caption イングランドではシェイクスピアの時代に一部の人が「R」を発音しなくなった

「有力者」というのはこの場合、地図の「右上」のことだ。主にイングランドの幹線道路A5号の北側と東側、そしてもちろんロンドンで、Rを落とす発音が主流になった。ただし、ランカシャーやノーサンブリアは除外される(そしてもちろん、影響はスコットランドの手前で止まる。スコットランドはアイルランドと同様、自分たちの発音がイングランドと違うことを誇りにしているので)。

アイルランドでは「R」を落とさない。「Ireland(アイルランド)」という言葉の発音がその典型だ。イギリスでの発音は「アイランド」に近いが、アイルランド人は「R」を発音する。そしてスコットランド人は「R」を落とさないどころか、振動させる。そのため、「Fergus from Aberdeen(アバディーンから来たファーガス)」は実際には、「Ferrgus from Aberrdeen(アバルルディーンのファールルガス)」のように聞こえるのだ。

イングランド南西部の「R」は海賊を連想させる。世界にこの認識が広まったのは、俳優ロバート・ニュートンのおかげだ。南西部ドーセット出身のニュートンは、1950年代のディズニー映画で黒ひげやロング・ジョン・シルヴァーといった海賊を色々と演じ、すべての「R」をしっかりはっきり発音したことで有名だ。「Ah(あー)」は彼にかかると、「Arrrr(あるるるる)」になった。「treasure」は単なる「トレジャー」ではなく、「トレレレジャーールルル(trrreasurrre)」になった。「Get off my land(うちの土地から出ていけ)」を「Get orrrf my land」と発音する農場主というのも、南西部の人間のステレオタイプだ。それが今では、この南西部でも「R」を発音しない習慣が広まっている。

このほか、ジョーディー(イングランド北部のニューカッスルやダラムなどの人を指す)発音もある。18世紀になるころには、喉の奥を振るわせる「R」はノーサンブリア地方の人間の誇りだった。20世紀半ばまでこれは続いたが、大衆文化や教育や流行のおかげで、わずか一世代のうちにほとんど消滅した。

アメリカ流

アメリカ人も「R」発音の流行と無縁ではない。ボストンやニューヨークを初めとする港湾都市の富裕層や高学歴層は、「R」を発音しないイギリスの流行をたちまち取り入れた。南部の農場主も同様で、そこから周囲に波及した。一方で、同じ南部でも大農園から離れた山間部に住む貧困層は、流行に無縁だった。「R」を全て発音し続けた結果、どうなったかというと、ブラジルと同じだ。「田舎者」と呼ばれる発音になった。とはいえ、口の中央ではっきり強く「R」を発音するのは、必ずしも農村部の人とは限らない。この強い「R」の音は、北京で使われる中国語の大きな特徴だ。

Image caption フレッド・アステアなど米ハリウッドのスターは1930年代には「R」を発音しなかったが、40年後ともなるとその流行は廃れていた

「R」を発音しないのは偉い、かっこいいという風潮はアメリカで長く続いたが、南北戦争(1861-1865年)の後に流行は衰え始め、20世紀に入るとますます廃れていった。

南オレゴン大学のナンシー・エリオット講師は、1932年から1980年にかけてアメリカ映画に主演した俳優の発音を調査し、無声の「R」の使用頻度がどんどん減っていくのを確認した。同じ俳優でさえ、時代の移り変わりと共に「R」を発音するようになった。たとえば、フレッド・アステアは1930年代には「R」の80%を発音しなかったが、発音しない率は1970年代には28%に変化していた。マーナ・ロイは96%から7%に代わった。当初は「R」を落としたほうが社会的地位が高く、礼儀正しいしゃべり方だと思われていた。主演俳優は、主演女優が相手の台詞では頻繁に「R」を落とし、けんかの場面になると「R」を発音した。裕福な役は貧しい役よりも「R」を落とした。しかし、1960年代にもなると、「R」を発音するしないの社会的地位は逆転していた。金持ちでも「R」を発音しない役はあるにはあったが(金持ちの悪者など)、ほとんどの場合、社会的階級が低い役ほど「R」を落とす発音をした。

「R」を発音しなかった時代のニューヨークでは、多くの文献に「New York」が「New Yawk」と書かれている。ボストンなまりを面白がるのによく使われるフレーズは、「Ya cahn't pahk ya cah in Hahvad Yahd' ('You can't park your car in Harvard yard'=ハーヴァード・ヤードは駐車禁止)」だ。「R」をとことん発音せず、母音を伸ばすのだ。

どんな時でも必ず「R」を落としたのが、俳優ハンフリー・ボーガートだ。映画「カサブランカ」の名台詞「Here's looking at you, kid(君の瞳に乾杯)」と、ボーガート演じるリックが言うとき、「Here's」の「R」は聞こえない。ボーガートが「world」と言うとき、「R」が聞こえるときもあるが、「woild(ウォイルド)」と聞こえることもある。

もっと最近の俳優でボーガートに近いのはたとえばハリソン・フォードだが、フォードは必ず「R」を発音する。「スター・ウォーズ」の「He's the brains, sweetheart(頭脳担当はこいつだよ)」や「Never tell me the odds(俺に確率の話は絶対するな)」などの台詞では、「R」がはっきり聞こえる。これがボーガートだったら「R」を落として、「sweet-haht」や「nevah」と発音していたはずだ。

けれども、「R」の変化はこれで終わりではない。どこでどういう「R」の音が好まれるかは、今後も常に変わり続けるだろう。これは単なる流行ではなく、アイデンティティーにも関係することなので。なので「R」の発音は、ドクター・フー・アー・ユー?(Doctor Who-Are-You)、つまり自分は、あなたは何者かを知る手がかりになるのだ。

(英語記事 What a Single Sound Says About You

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