もしもうそを見抜くことができたなら……うそと人間の深い関係

レイチェル・ニューワー

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うそをつくことはどんな時でも最悪の選択だ。私たちはこう言い聞かされているけれど、それが必ずしも真実とは限らない。

米テレビ番組「グッド・プレイス」のシーズン1にこんな場面があった。倫理学と道徳哲学の大学教授、チディ・アナゴンエはある時、同僚から新しいブーツをどう思うかと聞かれて返事に困ってしまう。派手な赤にクリスタルを散りばめたそのブーツは、明らかにチディの趣味ではなかった。でも同僚が気を悪くしないように、すごくいいねと言っておく。

チディはすぐにうそをついたことを後悔し、道徳に背いてしまったという思いに取りつかれた。見かねた恋人が「だれでも時には礼儀としてうそをつくもの」と言い聞かせても無駄だった。ついには罪悪感に耐えられず、同僚に正直な感想を打ち明けてしまう。「そのブーツは最悪でみっともなくて、全然趣味じゃない」と。それを聞いた同僚は見るからに傷ついていた。

チディのような一部の哲学者にとって、うそをついてはいけないという原則は最優先だ。人の気持ちを傷つけないというような、他のあらゆる道徳的原則に優先する。ただし、正直の定義を実際そこまで厳密に守る人はほとんどいない。うそをつくことは日常生活の一環として認められている。例えば、調子はどうかとあいさつされて「元気だ」と決まり文句で答えることも、友だちの新しい髪型(あるいはブーツ)が最悪なのに、どう思うかと聞かれてほめ言葉を返すことも。

うそは生活のあちこちに転がっているけれど、それを見破るのはあまりうまくない人が多い。だがある日突然、うそをつかれた時にそれがうそだと確実に分かるようになったらどうだろう。このあり得ない新技を一体どうしたら使えるようになるのか、技術的、心理学的な仕組みをあれこれ論じたところで仕方がない。そんなことより大事なのは、こう仮定してみることで、暮らしの中でうそが果たす役割、とかく見落とされたり、軽く見られたりしがちなその役割について、何が分かってくるかということだ。

うそは役に立つ

多くの研究者は、人類が言語を発明したのとほぼ同時に、まず人より前に出るための手段として互いにうそをつき始めたと考える。米ハーヴァード大学の倫理学者、シセラ・ボク博士は米誌ナショナル・ジオグラフィックに「力を手に入れる他の方法と比べて、うそをつくことはとても簡単だ」と語った。「だれかの金や富を奪うには、頭を殴ったり銀行を襲ったりするよりも、うそをつくほうがずっと簡単だ」

小児医学と精神医学の権威、米ラトガーズ大学のマイケル・ルイス教授によると、うそは人類の歴史の中で「自分たちを危害から守るための進化の必需品」という役目を果たしてきた。迫害から身を守る役目もそのひとつ。今も世界中で多くの人が、このためにうそをついている。ある日突然、全てのうそが見抜けるようになったら、不倫や同性愛、一部の宗教が違法とされる国々の暮らしは危険にさらされる恐れがある。

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Image caption うそは対人関係になくてはならない要素。例えばだれかの髪型をどう思うか、本心を言わずに済ませる時にも必要だ

リスクがそこまで高くない職場などの場面でも、うそは役に立つ。上司のことを実はどう思っているか本人に告げたり、期限に間に合わなかった本当の理由を明かしたりすれば、クビや格下げになるかもしれない。自分を実際より良く見せるため、プロらしさを演出するためにうそをつくこともある。「私は先日、会議に遅刻した時に地下鉄が遅れたからと言っておいた」と話すのは、カナダ・トロント大学で応用心理学と人間発達学を教えるカン・リー教授だ。「本当は地下鉄のせいではなく、自分のせいで遅れただけ。でも同僚にそれを見抜かれたら、プロとして好ましくなかったと思う」

うそを見抜けたら

一方、仕事上でうそをつかれた時に見抜くことができれば助かるという場合もある。そう語るのは、法学者でうそ検知の専門家でもある米カリフォルニア大学ヘイスティングス法科大学院のクラーク・フレッシュマン教授だ。例えばマイノリティ(社会的少数派)の従業員が多数派と同等の給料や肩書を確保するには、交渉の場でずばり質問して、回答に間違いがないことを確かめたほうがうまくいくだろう。

「人々が知りたいと思う真実を知ることができたら、それは素晴らしい世界だ」と、フレッシュマン氏は考える。「差別が減って、もっと公平な世の中になる」

その一方で傷つくことも増えるだろう。心理学と行動経済学を専門とするデューク大学のダン・アリエリー教授によると、世界からうそがなくなった途端、ほとんどの人がセルフイメージ(自己像)を殴りつけられる。「真実とともに生きるというのは、あなたの仕事や服装やキスのしかた、そういう全てのことについて、今より率直で手厳しいフィードバックを受けるということだ」と、アリエリー氏は言う。「みんなからそんなに注目されてはいないことや、自分が思っているほど貴重で有能な人材ではないことを思い知るだろう」

真っ正直なフィードバックは一方で、私たちに自分を高める機会、学習する機会をもたらしてくれる。ただしそれほどの犠牲を払う価値があるのかどうか、同氏に確信はないという。

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Image caption 人々がライフスタイルや宗教のために迫害の危険にさらされるような場所では、うそが人を守ることもある

セルフイメージへの一撃は赤ちゃんが話し始めるとすぐにも始まり、子供の発達に思いもよらないゆがみをもたらすだろう。「『パパ、ママ、私の絵を見て』と言ってきた子供に『下手くそだ』と答えたとしよう」と、リー氏は語る。「即座に悪い影響が出るだろう。子供らしい無邪気な空想も失われたりする。その中にはサンタクロースや、抜けた乳歯をコインに交換してくれる妖精、復活祭のうさぎといった夢のような作り話も入っている。子供たちは持ち前の好奇心によって、早い段階から人生の厳しい現実にさらされるようになる。これは必ずしも良いこととはいえない」

米カリフォルニア大学の心理学者、ポール・エクマン名誉教授は「子供たちがもし知ったらうまく飲み込めないと感じそうな事実はたくさんある」と指摘する。「隠すという行為は、特に親が子に隠す場合など、その全てに悪意があるわけではない」

社会的な価値

子供自身もごく幼い頃から、うそには社会的な価値があることを学ぶ。「母親は子供にこう言って聞かせるかもしれない。『あのね、おばあちゃんがハヌカ(ユダヤ教の年中行事)にプレゼントをくれるから、気に入ったと言わなくては駄目ですよ。さもないとおばあちゃんががっかりするから』」と、ルイス氏は例を示す。これまでの研究によれば、多くの子供は3~4歳までに、礼儀としてうそをつくという技を身につける

ルイス氏が未発表の論文で示した実験では、子供が見てはいけないと言われたおもちゃをのぞき見したかどうかと聞かれた時、その子の知的能力や情緒の成熟度が高いほど、うそをつく確率も高いことが分かった。カン氏らの研究でも、うそのつき方を学ぶことは子供の認知能力に良い影響を与えるという結果が出ている。

大人になればほとんどの人が日常的にうそをつくようになる。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の社会心理学者、ベラ・デパウロ博士が1996年に実施した代表的な研究によると、大学生が人と接する時はおよそ3回につき1回、より年上の大人でもおよそ5回につき1回はうそをついている。

デパウロ氏は精神医療の情報サイト「サイク・セントラル」で、日常のうそはプラスの感情を抱いているように見せかけるケースが多いと指摘した。「相手のことが嫌いなら、それを隠そうとするかもしれない。相手の話が退屈なら、努めて面白がっているふりをするかもしれない」

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Image caption 2016年の米大統領選前、民主党候補だったヒラリー・クリントン氏はライバルのトランプ氏と比較して、うその発言がはるかに少ないという数字が示された

確かに対人関係という面では「うそやごまかしを実際に見破れたらとんでもないことになる」と、ルイス氏は語る。「人の感情を傷つけたくないというのが道徳の通念になっている世の中に、うそがどうしても欠かせないことは確かだ」

罪のないささいなうそがいたる所にはびこっている状況を、私たち自身がつくり出している。私たち全員が共犯者だ。エクマン氏は「ほとんどの人が知らず知らずうそつきに加担して、だまされるままになっている」と指摘する。例えば夕食会の後には、たとえずっと嫌でたまらなかったとしても、招いてくれた人にとても楽しかったと告げるのが普通だ。招いた側もその言葉をたやすく信じてしまう。自分たちのもてなしや料理がどんなにひどいと思われたか、知りたいはずもないからだ。

このように礼儀としてうそをついた場合の問題点は、また招かれてしまうかもしれないということだ。「だがその代わり、相手の気分を害さずに済んだのだから仕方がない」。世の中にこういううそがなかったら、友情は壊れ、仕事上の人間関係もこじれ、ただでさえ息苦しい親族の集まりはもっと張り詰めたものになるだろう。

恋愛とうそ

恋人とのごく親密な関係も例外ではない。米イリノイ州立大学のサンドラ・メッツ名誉教授が1989年に行った有名な研究では、恋人との関係で「うそが全くないとはいえない」状況に覚えがないと答えた人は390人中、わずか33人だった。また、米ネバダ大学のジェニファ・ガスリー助教とカンザス大学のエイドリアン・カンケル教授が2013年に発表した研究の対象者67人のうち、恋人に対して1週間全くうそをつかなかった人は2人だけだった。

どちらの研究でも、ほとんどの人が相手を傷つけたり、関係を悪化させたりすることを避けるためにうそをつくと答えていた。もしも突然、恋人との間でうそが完全になくなり、相手の寝起きを見た感想から浮気の過去があるかどうかまで全部正直に話すようになったら、多くの関係が終わりを迎えてしまうだろう。

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Image caption 英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる2016年の国民投票では、離脱派が投票前にうそをついていたと非難された

エクマン氏は「よく冗談で、妻との結婚生活が40年も続いているのはバスルームを分けているからだと話す」という。「これは全くの冗談というわけでもない。バスルームの中でどうしているかに限らず、たとえ相手が配偶者でも、人に知られたくないことはあるものだ」

とは言え、うそを見抜く力があれば明らかに役立つ場合もある。例えば病的なうそつきや、なんの社会的メリットもない有害なうそを繰り返す人物をすぐに見分けられると、ルイス氏は指摘する。病的なうそつきはナルシストが多く、恥を極端に嫌う気持ちに駆られて自分自身をだまさずにはいられない。その欲求はとても根が深いために、自分で自分のうそを信じ込んでしまう。たとえそのうそが、すぐ分かるはずの事実や自分自身の言ったことと食い違っていてもだ。

ルイス氏によれば、ドナルド・トランプ米大統領はその代表例だという。「トランプ氏は盛大に自分をだまし過ぎて、自分がうそをついていることさえ気がつかない」と、同氏は言う。

政界とうそ

政治の世界のうそはもちろん、今に始まったことではない。こう語るのは、英ウェールズのバンガー大学で政治コミュニケーション論、ジャーナリズム論を専門とするビアン・バキル教授だ。同氏によれば、古代ギリシャの哲学者プラトンは「高貴なうそ」の効用を認めていた。政治学の古典「君主論」には、うそが政治的リーダーシップに欠かせない役割を果たすと書いてある。

そうは言っても「政治の世界のうそは近年、過熱気味になってきた」と、バキル氏は懸念する。「現時点で特にいけないのは、トランプ氏やロシアのウラジーミル・プーチン大統領をはじめとする世界の有力者ら、一部の著名政治家が平気な顔で常習的にうそをつき、ばれても気にとめていないことだ」という。

ジャーナリズム専門の教育研究機関、米ポインター研究所が運営する政治情報サイト、ポリティファクトによると、トランプ氏は「ほとんどうそ」「うそ」「全くのでたらめ」に分類される発言が70%を占めるのに対し、2016年大統領選の民主党候補だったヒラリー・クリントン氏は32%にとどまっている。

バキル氏によれば、組織がぬけぬけとうそをつく場合もある。英国の欧州連合(EU)離脱派陣営は、英国がEUに払っている拠出金が週3.5億ポンド(約510億円)に上ると主張した。英統計局は後日、これを「公式統計の明らかな誤用」と断じた。

「この主張は間違っていただけでなく、選挙運動の重要な材料として意図的に使われていた。つまり、相手をだます意思があったと言っていいだろう」

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Image caption 私たちは時々、本当はただ遅刻しただけなのに交通機関の遅れだとうそをつくこともある

ある政治家や政治集団が不正直だという十分な証拠があっても、熱心な支持者はそのまま支持し続けることが多い。バキル氏によると、誤った情報を固く信じている人に、それは違うと納得させるのはとても難しいことが、これまでの研究で分かっている。そのうえ人間には「確証バイアス」、つまり自分の世界観に当てはまる物事を信じてしまう傾向がある。

だが人々が自力で反射的にうそを見抜ける世の中になったら、不正直な政治家への支持はそこで落ちていくだろう。「トランプ支持派の多くは同氏が濡れ衣を着せられている、本当はうそなどついていないと思っている」と、フレッシュマン氏は言う。「しかし、だまされていることに自分の頭で気付けるようになったら、多くの人はもはや弁解をやめるはずだ」

うそのない世界

世界からうそがなくなれば、国際関係や外交も混乱状態に陥ることだろう。ただ最終的に、政治家や役人がもっと正直になることは市民に利益をもたらす可能性が高い。同じことが警察や刑事司法制度にも言える。警察による暴力や偏見は減ることだろう。警官はただ、容疑者に武器を持っているかどうか、事件の犯人なのかどうかを尋ねるだけでいい。裁判の代わりに一通りの簡単な質問をするだけで有罪が決まる。

エクマン氏も「刑事司法の世界に活用されれば間違いなくプラスになる」との見方を示す。「私たちが望むのは犯人が見つかること、無実の人を不当に裁かず、犯してもいない罪で罰を科さないことだ」

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Image caption 私たちは親切にしてくれた人の気分を損ねないためにうそをつくこともある

うそが全部さらされた時、私たちにとってどんな良いことや悪いことが起きるのか、その全てを予想することなどできない。ただ確かなのは、私たちが今住んでいる世界とは全く違う世界になるということだ。それでも人間には順応する力があり、「やがては新たな規範や妥当な社会行動のルールをつくり出すだろう」と、バキル氏は語る。

同氏は一方で、人間がテクノロジー、薬物、社会行動や精神修養などあらゆる手を尽くして、うそをついたり相手をだましたりする新たな方法を編み出すだろうと予想する。

カン氏もまた同じ意見だ。「私たちは何とかして互いをだまし続けるだろうと、100パーセント確信している。別の方法を見つけるだけのことだ。うそは生活に欠かせないものだから」

(英語記事 What if we knew when people were lying

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