「真夜中5分前」の安楽死 認知症にのまれる前に

アンドリュー・ボムフォード、BBCニュース

Annie Zwijnenberg Image copyright Before It's Too Late

オランダの認知症患者が安楽死を求める例は珍しくない。だが認知症が進んで、本人の意思が確認できなくなる場合もある。1人の医師が今、こうしたケースで訴えられている。安楽死の意思を却下されては困ると、本来の希望よりも早い時期に死を選ぶ患者もいる。

アニー・ズウェイネンベルクさんの決意は少しも揺らいだことがなかった。

娘のアネケ・サウテ=ズウェイネンベルクさんは、アニーさんが初めて診断を受けた時のことを振り返り、「神経科医に『残念ながらこれは間違えようがない。アルツハイマー病です』と宣告された」と話す。

「母は『分かりました。それなら自分の望みは分かっています』と答えた」

息子のフランクさんが言葉を足す。「5秒ためらったかな。それから『ならばやるべきことは分かった』と言っていました」

2人とも、母が安楽死のことを言ったのだと分かっていた。

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Image caption 母の最期に立ち会ったフランクさんとアネケさん(写真左から2番目と3番目)

アニーさんの場合は全くぶれのない、はっきりした同意があった。オランダの安楽死はこうあるべきという模範例とみていいだろう。だが本人の同意にここまで一貫性がなく、最期の瞬間にはそれほどはっきりしないケースもある。

アニーさんの話は、オランダ人のヘラルト・ファン=ブロンクホルスト監督によるドキュメンタリー映画「Before It's Too Late(手遅れになる前に)」で紹介された。アニーさんがアルツハイマー病を患い、81歳で安楽死するまでの歩みを追っている。

そこに登場するのは、3人の子供たちを一人で育て、登山を楽しみ、深い信仰を持ちながら認知症に倒れた、誇り高い女性の姿だ。

アニーさんは映画の中で「昔は山登りもスキーもやった」と話している。「村のみんなからは『アニーといえば、いつも走り回っているあの子』と言われた。朝からリュックサックを背負ってハイキングに出かけては、1日中歩き回っていた。でも今は何もできない。すぐに訳が分からなくなってしまう」


安楽死と法律

  • 安楽死とは、苦痛から解放するために当事者の生命活動を終わらせる行為。当事者の自殺を助ける「自殺ほう助」とは異なる
  • 安楽死も自殺ほう助も、イギリスや日本では違法とされている
  • 安楽死が認められているのはベルギー、カナダ、コロンビア、ルクセンブルク、オランダ。一方、スイスとアメリカのいくつかの州では自殺ほう助が認められている
  • イギリスのイングランドとウェールズ、スコットランドでは、自身で判断が下せなくなった時に特定の治療を拒否する「事前決定」をすることができる
  • イギリスの国民保健サービス(NHS)は、当事者の最大利益のために延命治療を終了するのは安楽死ではなく、緩和ケアの一部とみなされる場合もあるとしている
  • イギリスの最高裁は2018年7月、植物状態の患者の治療を終わらせる際には法的認可は必要ないとの判断を出した

アニーさんは自分の決断を人々に分かってもらいたいからと、最期の日にカメラを回す許可を出した。

ソファに座るアニーさんは、リラックスした明るい表情だった。その場には3人の子供たちが立ち会い、安楽死を実行するためにやってきた2人の医師と、前の晩に出かけた記念のディナーについて冗談を言い合っている。

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フランクさんは後日、筆者にこう話してくれた。「みんなで3~4つ星のレストランに行きました」

「私が母に『死ぬ前に何をしたいか』と尋ねたのです。私たちは素晴らしい食事をともにして、笑い、泣いた。明日のことなど考えない。格別の夜でした」

「でもそれが終われば家に帰る。前夜はほとんど一睡もできませんでした」

アネケさんは、アニーさんがその夜に書いた手紙を見つけたという。

「母は神様にあてた手紙で、子供たちをよろしくとお願いしていました。神様がいらっしゃるとすればとても温かく、寛大な方だということを知っていたから」

フランクさんがさらに言う。「母は『あちらがどんな様子か、こちらの子供たちにメールで伝えられないのが残念』と話していました」

映画の中で、医師は細心の注意を払い、アニーさんが安楽死の選択を十分に自覚していることを確認する。何回も繰り返し、自分がこれから何をするのか認識しているかと問い掛ける。

「私が差し上げる薬を飲むことを本当に望まれますね」と、医師が尋ねる。「この薬であなたは眠りに就いて、二度と目覚めないことがお分かりですね」

Image caption 医師に「握手してもいいですか? 良い旅を」と言われ、握手を返すアニーさん

アニーさんは答えた。「夕べ、あらためてじっくり考えました。初めから終わりまで、それからまた引き返して。やはりこれが私の望みです。純粋に自分自身のための望み。私にとってこれが一番です」

アニーさんは致死量の鎮静薬が入った透明な液体のグラスを渡されて、ためらうことなくそれを飲んだ。苦い味がするとだけ不満を漏らした。

最期の眠りにつくアニーさんを、抱き締める家族の姿が映し出された。

「母は薬を飲み干した」と、フランクさんは後に振り返った。「でもそれからしばらく時間がかかった」

「眠りが次第に深くなっていった。とても穏やかなものだった」と、アネケさんが語る。

だが2時間ほど過ぎても、アニーさんはまだ眠っていた。撮影していたブロンクホルスト監督が筆者に語ったところによれば、ここから不思議な場面が展開されたという。

「アニーさんはソファの上で眠っていたかと思うと、いびきをかき始めた。すると家族は『おなかが空いたな。サンドイッチを食べようか』と言い出した。そこで私たちは、みんなでパクパク食べた。ソファに眠る、死にかけた女性を囲んで。こんな状況にも日常がいかに割り込んでくるか、その様子を物語る場面だった」

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医師らはアニーさんが本当に目覚めてしまうことを心配して、最終的に致死薬を注射した。

「20秒間のことだった。それで母は亡くなった」と、フランクさんは語る。

フランクさんもアネケさんも、アニーさんの選択を常に応援し続けたという。たとえ自分たちがいくらかの躊躇(ちゅうちょ)を感じたとしても。

アネケさんはこう話す。「自分の母親が目の前で安楽死するのはつらい。でもそれは私たちではなく、母が決めたことです」

「決断に正解も間違いもない。死にたいと決意することは難しいけれど、生きたいと決意するのも同じように難しいと思う。母は『こんな決断をするなんて勇気がありますね』と言われるのを嫌がった。認知症のまま生きることを選ぶのだって同じくらい勇気がいる、と話していた」

フランクさんも語る。「親しい友人から『お母さんを止めなきゃ駄目だ。息子なんだから止めなきゃ』と言われた。私は『いや、そのつもりはない。母に賛成する』と答えた。友人のお母さんには『自分の母親を殺そうとしている。このままいけば母殺しだ』ととがめられて、やりきれない気持ちになった」

家族や友人たちの間でこういう議論が起きることは珍しくない。それは1970年代のオランダで、医師たちがいわゆる「慈悲殺」の措置をかなりオープンに施すようになった頃から広く交わされてきた議論と重なる。2002年に安楽死が合法化されるまでの間も続き、その後もやむことがなかった議論だ。

安楽死を選ぶ人は、特にこの10年で着実に増えてきた。2002年にオランダ当局が受けた報告は1882件だったが、それから15年で6585件に達した。

安楽死法の条件を満たすために、患者は自分の決断が完全に自発的な意思であること、生きることが「改善の見込めない耐え難い苦痛」となった、あるいは今後そうなると予想されること、そして安楽死以外に「合理的な代替策がない」ことを、医師に認めてもらう必要がある。さらに別の医師が独立の立場から判定を下すことも義務付けられている。

認知症患者が安楽死を認められた例は、法改正から2年後の2004年に初めて報告された。

ただし認知症患者の安楽死は、ほとんどが病気の初期段階で実施される。なぜなら病状が進んだ後で、本人に死ぬ決意を理解する能力があると、医師を説得することは難しいからだ。

2017年に安楽死した認知症患者は初期段階が166人を占め、進行期はわずか3人だった。

Image caption オランダにおける認知症患者の安楽死件数、出典:オランダ地域別安楽死審査委員会

ただし医療倫理学者のベルナ・ファン・バールセン氏は、この傾向が変わりつつあり、今後は進行期がもっと増えるとの見方を示す。

バールセン氏はかつて、オランダ国内のある地域で安楽死の全症例をひとつひとつ審査する委員会のメンバーだったが、難しい症例があまりにもたやすく承認されているとして辞任した。

「私は変化を見てきた」と、同氏は語る。「問題はこの変化をとらえるのがとても難しいということ。それでも変化は起きている。人々のすぐ目の前で。人々は最後になって変化があったことに気付く」

安楽死を考えている患者は病気がまだ初期のうちに、意思表示の文書や遺言状を医師に渡しておくことが多い。その書面に頼りすぎる風潮があると、バールセン氏は指摘する。

「こんなことが怖い、こういう思いはしたくない、と書くことはできる。だがそれは願望だ。恐怖心の表れだ。そして皆さんもご存じの通り、人は変わるものだ」

「初めは『老人ホームで暮らすなんて、そんなのは嫌』とか『車椅子には乗せられたくない』と言っても、やがて現実になる。それでも人は乗り越えるすべを見出すもの。人間であることの素晴らしさはここにある」

だから医師は患者の死に手を貸す前に、それが今も本人の願いだということを常に確認しなければならない。認知症の進行期になると、必ずしもそうできるとは限らない。

バールセン氏は「患者と話ができなければ、本人が何を望んでいるのかは分からない」と話す。


2017年にオランダで安楽死した患者の病状別内訳

  • がん: 64.3%
  • 複数の障害:11.9%
  • 神経障害: 5.7%
  • 老年症候群: 4.4%
  • 心血管疾患: 4.2%
  • 肺疾患: 3.4%
  • 認知症: 2.6%
  • メンタルヘルス: 1.3%
  • その他の疾患: 2.2%

情報源:オランダ地域別安楽死審査委員会


だがたとえバールセン氏の言うように、認知症進行期の患者に安楽死を認める流れがあったとしても、ある進行期の患者を扱った医師の訴追がその流れを逆行させるかもしれない。

その患者は74歳の女性で、安楽死を希望するという文書に署名していた。ただしそこには、自分で心構えができたと宣言した場合に限るという条件があった。そして本人は時々、安楽死では死にたくないと漏らしてもいた。

老人ホームの医師は、本人には言わずに女性のコーヒーに鎮静薬を入れた。その後、医師が致死薬を注射しようとしている時に、女性が目覚めた。

安楽死が完了するまでの間、親族が女性を押さえ付けていなければならなかった。どの程度の押さえ方だったかについては意見が分かれている。

安楽死の症例はすべて、オランダ地域別安楽死審査委員会が審査する。同委員会のヤーコブ・コーンスタム統括委員長は、この医師が一線を越えたのは明らかだと話す。

「委員会によると、書面の内容は不十分だった。医師は患者が立ち上がった時点で処置を中止するべきだった」

委員会は医師がしかるべき注意を怠ったと判断して、事件を検察に送った。

裁判が始まればその行方が注視されることだろう。認知症患者の安楽死はどんな場合に認められるのか、条件を明確にする助けになるかもしれないからだ。

多くの医師がこれを歓迎するだろう。だがアニー・ズウェイネンベルクさんの担当医だったコンスタンセ・デ・フリース氏のように、認知症が進んだ患者にも安楽死を施す覚悟の医師らは、今後の見通しに不安を抱く。

デ・フリース氏は、意思表示が難しくなったような患者でも、意思を示せる間に常々はっきりと希望を述べていたのなら、自分がその患者の命を終わらせてもいいと考えている。

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Image caption 「自分のしていることに強く、強く、強く確信を持てるように努めている」と話すコンスタンセ・デ・フリース医師

同氏によると、患者やその家族と長く付き合い続けることが重要だ。そうすれば意思表示の書面について話し合うことや、安楽死を望む揺るぎない意思を長期にわたって見守ることができる。

デ・フリース氏はその一例を語ってくれた。

「とても機嫌の悪い女性がいた。泣いたり叫んだりして、食事も睡眠も取らず、周りに当たり散らしていた。顔を見れば、どれだけつらいかが目に見えた。そしていつも『孫たちの顔が分からなくなったら、その時は死にたい』と言い切っていた」

女性がついに孫の顔を見分けられなくなった時、デ・フリース氏は家族の賛同を得て安楽死の処置を進めた。

「女性にフルーツジュースのグラスを渡しながら『これを飲んだらあなたは永遠に眠ります』と伝えた。女性が娘のほうを見ると、娘が『それでいいのよ、お母さん』と言い、女性はジュースを飲んだ。実際に本人がすべてを理解していたのかどうか、私には分からないが、我々のしたことがそれでよかったのは分かる。それほどにあの女性はつらい思いをしていた」

安楽死で患者を死なせた医師が初めて訴追されたことで、デ・フリース氏自身も同様の問題に巻き込まれる心配をするようになったかと尋ねてみた。

「それは心配になる」という答えが返ってきた。「今後の判決に少し不安を感じる。だから私は自分のしていることに強く、強く、強く確信を持てるように努めている」

では安楽死から手を引こうという気持ちはあるのだろうか。

デ・フリース氏は断固として「ない」と答えた。

ただ、今回の件で将来、認知症進行期の患者が安楽死を遂げることは今より難しくなるかもしれないと話す。もしそうなれば、この先どこかの時点で安楽死したいと考えている初期の認知症患者たちにも影響が及ぶだろう。

すでに多くの患者が、あまり先まで待ちすぎると安楽死を却下されるかもしれない、と心配している。

こんな不安をみんなが抱くようになって、安楽死に最適な時期をひと言で示す表現も登場した。「真夜中の5分前」だ。だれもがちょうどシンデレラのように、パーティーから立ち去るのはぎりぎりの瞬間、つまり0時5分前まで引き延ばしたいと願う。しかし、そこまで先送りにするのはあまりに危ういと感じている人も多い。

アネケさんとフランクさんも母アニーさんの死について、この点だけを悔やんでいると話す。

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「母は法律を味方につけ、医師を味方につけてもまだ、だれかから『そうか、でも残念ながらあなたは病気が進みすぎた。あなたがこの決断をするのはもう無理だ。悪いがもう手遅れだ』と言われる時がくることを恐れていました」と、アネケさんは言う。

アニーさん自身もブロンクホルスト監督の映画でその話をしていた。「Before It's Too Late(手遅れになる前に)」という映画のタイトルが、アニーさんの不安を映し出す。

「以前近所に住んでいた人と、きのう電話で話しました」と、アニーさんは語った。「その人が『私には分からない。まだ自分で何でもできるんでしょう』と言うので、私は答えました。『いいですか。第一に、私は何でもできたりしない。それから第二に、ここまでという瞬間を待っていたら手遅れになる。その時にはもう、安楽死を認めてもらえなくなるのです』と」

映画「Before It's Too Late」の写真はヘラルド・ファン・ブロンクホルスト監督のご厚意により掲載。

(英語記事 Wanting to die before dementia - at ‘five to midnight’

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