「アビイ・ロード」の写真から50年 今も横断歩道で大勢が撮影

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1969年8月8日の朝、ロンドン北西部で4人の若者が細い道の横断歩道を渡った。そうやって、ポップス音楽の歴史上、最も真似され続ける場面のひとつが出現した。
ビートルズの4人は当時、横断歩道の前にあるEMIのアビー・ロード・スタジオで新譜の録音に取り組んでいた。
撮影したのはスコットランド出身のカメラマン、イアン・マクミラン。片側一車線の道路B507の車の流れを警官がいったん停めるなか、道路の真ん中に脚立を立ててそこに上った。
白いスーツ姿のジョン・レノンを先頭に、リンゴ・スター、なぜかはだし(そしてこれが後に大いに注目された)ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリソンと続き、4人は何度か横断歩道をわたり、マクミランはその様子を6回、撮り続けた。
撮影はわずか10分で終わった。
撮った6枚のうち5枚目が、やがてアルバム「Abbey Road」のカバーに選ばれた。4人の両脚が完全な「人」の形になっている1枚を、マクミランこだわって選んだのだという。
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写真では横断歩道の左側に、ビートルズがアルバムを収録していたアビー・ロード・スタジオがある
ビートルズについて著作のあるスコットランドの作家、ケン・マクナブさんはBBCラジオに対して、撮影当時のビートルズはすでに関係が悪化していて、決定的に決裂する寸前だったと話す。
「仕事の上でもお互いとの関係の上でも、4人は疲れ切っていた」
マクナブさんによると、このアルバム・カバーのアイデアはポール・マッカートニーで、下絵を描いてマクミランに提案したのだという。
あの横断歩道にファン集結 「アビイ・ロード」のカバー写真から半世紀
「Abbey Road」は1969年9月26日に発売された。そしてビートルズは、翌年の1970年5月8日に発表したアルバム「Let It Be」を最後に解散した。
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2018年にロンドンを訪れていたミッチェル・フェデランさんは自分の誕生日記念にアビー・ロードでポーズをとった
ビートルズがこの横断歩道を渡ってから50年の間に、世界中から大勢がこの細い道路を訪れて、車を気にしながら記念撮影を繰り返してきた。
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マルセロさんたちの写真はビートルズにそっくり……というわけにはいかなかった
マルセロ・サントス・ドーさんはロンドン五輪関係の仕事で、サンパウロからロンドンを訪れた際、同僚たちと横断歩道を訪れた。
「僕は写真の左から3人目で、2人目のエドゥアルドの足が僕の足にひっかかって、僕は転びそうになった」。その瞬間の写真が記念になった。
「みんな大笑いしてしまって」
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エイミー・ホルマンさんは1人でビートルズを再現した
アメリカ出身の学生、エイミー・ホルマンさん(18)は1人でビートルズの4人を再現してみせた。
「自分だけで再現したら面白いと思って。私が道を走って渡るのを、父親が撮ってくれました! もちろん後でフォトショップを使いましたよ」
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フリオさんはぐるぐる回ることにした
ブラジルのミュージシャン、フリオ・アンドラデさんは、側転しながら横断歩道を渡った。「ダンスを通じてブラジルらしさを表現」したかったのだという。
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ジェナさんは雨にもかかわらず「きちんと」はだしになった
米アリゾナ州トゥーソン出身のジェナ・メアリー・ポップさんは、アルバムカバーのマッカートニーさんに忠実に、靴を脱いで横断歩道を歩いた。
「ポールみたいに靴を脱いで素足で歩くのが、いいと思って。みんな同じように歩いて渡るから、自分は目立つことをしたかった」
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左から、ナタリー・カルモーンさん、ナタリー・ウォースリーさん、キラ・スカーレットさん、グレイス・ガスパリーニさん
カナダの学生ナタリー・カルモーンさん(21)はロンドン近郊に1学期、留学していた。親友3人が訪ねてきたのを機に、ロンドンの観光名所に行ってみた。
「ちょうど4人だからぴったりだと思った」とカルモーンさんは言う。「友達のグレイスとナットがビートルズに夢中なので、あの有名な写真は必須だった」。
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左から、ペドロ・ポンテスさん、ムリリョ・モラエスさん、ジュゼッペ・トゥルケッティさん、ジャン・セネダさん
アイルランド・ダブリンでソフトウェア開発の仕事をしているムリリョ・モラエスさんも、今年7月に仲間たちとロンドンを訪れた際、「ポップカルチャー史」の一部を自分の目で見に行った。
「こんなに有名な場所に、いつでも行けるわけではないので」