【ジャパン2020】 アイヌや琉球、「別の」日本を浮かび上がらせる織物コレクション

アンドレア・メアチャル=ワトソン

Textiles of Japan: The Thomas Murray Collection at The Minneapolis Institute of Art Image copyright Textiles of Japan: The Thomas Murray Collection at

日本の文化に浸りきる。なんて素晴らしい時間なのだろう。でもどこから始めればいい? ラグビー・ワールドカップ(W杯)も終盤、来年には東京でオリンピック開催を控える中、この魅力的な国のスポーツに、多くの人が興味を向けている。

BBCの旅番組「Japan with Sue Perkins」では、案内人のスー・パーキンスが花見をしたりバーを訪れたり、その後は相撲を観戦していた。番組によれば、相撲という古来の儀式を通じて日本の文化が垣間見えるという。

同じように日本文化を垣間見れるのが、最近発売された「Textiles of Japan: The Thomas Murray Collection(日本の織物:トーマス・マリー・コレクション)」という図録だ。

総重量4キロにもなるこの図録は、日本の織物を知らない人にとっては、腕の筋肉を鍛えなおすだけでなく、織物という芸術を見直すきっかけになるだろう。

そこには江戸城や能楽堂を彩った豪華な絹や錦の織物ではなく、「別の」日本が生み出した、しかしなお日本文化の根幹を成すような織物が収録されている。

それは庶民の、農民や猟師の、そして古代にルーツを持つ少数民族の世界だ。

Image copyright Textiles of Japan: The Thomas Murray Collection

トーマス・マリー氏のアジアの島々への興味は、アイルランド人で船乗りだったおじのトーマス・キルケニー氏が語った、食人習慣や首狩りの話に端を発する。

1960年代、マリー氏はシャーマニズムへの興味や、ヒッピーカルチャー、ドラッグなど(マリー氏はこれらをおおっぴらに認めている)に影響され、インドネシアの織物や彫刻を集め始めた。

日本の織物に出会ったのは1982年、シャーマニズムに関する展示にコレクションを出品してほしいと頼まれたときのことだった。

マリー氏は、「私はコレクションをひとつも売らなかった。今でも、『これは欧州の趣味だ。しかし私たちは日本人だから、独自の好みがある』という辛らつな非難を覚えている」と語っている。

福岡市美術館の岩永悦子学芸課長は図録の序文で、「トーマス・マリー氏はこの日本らしさ、日本の美学の本質といったものを見つけるために奮闘した」と書いている。

「その答えがこの本の中にあるはずだ」

Image copyright Textiles of Japan: The Thomas Murray Collection

マリー氏はまた、「織物や衣服の小さな隙間から、社会全体についての非常に広い知見を得られると気づいた」と述べている。

「私はこの本を、自分の脳の2つの側面を使って書いた。厳格に学術的な側面と、直感的で織物を愛する側面だ。私が保証できるのは、この本で上半身を鍛えられるということだけだ」

マリー氏の織物コレクションは今年3月、米ミネアポリス美術館が非公開の値段で買い取っている。

庶民の芸術を保全する

日本の織物の中でマリー氏が注力したのは、北海道のアイヌ民族の作品と、1879年に日本に併合されるまで琉球王国という別の国だった沖縄の、紅型(びんがた)と呼ばれる色鮮やかな織物だ。

他の文化に染まっていない先住民族の芸術、また現地社会や自然素材への憧れに押され、マリー氏は民芸運動を踏襲し、民芸品を集め始めた。

民芸運動とは、大正後期から始まった、古来の民芸品や庶民の日用品に美を見いだす活動のこと。運動の中心人物だった柳宗悦氏によって1936年に建てられた日本民芸館には、現在1万7000点の収蔵品がある。

アメリカで美術品の取引などを行っている増元クミさんは、「工芸品は粗悪で洗練されていないというイメージがあるが、日本の民芸品は多くの分野で、その洗練された水準が評価されつつある」と話した。

18世紀から20世紀半ばにかけ、アイヌの衣服はイラクサや麻といった植物やニレの樹皮、そして鮭の皮などで作られていた。

狩猟や採集を主とし、日本社会から疎外されてきたアイヌは、こうした基礎的な素材を金にも匹敵する織物に変えてきた。実際、アイヌの衣服は現在、かなりの値段になる。

また、アイヌは不思議で高価な綿(何しろイラクサよりもずっと柔らかい)を使い、素晴らしいアップリケを施した礼服を作った。こうした礼服はクマをいけにえとする儀式などでしか着られないため、その多くが素晴らしい状態で残っている。

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一方、沖縄の織物はアイヌのものに比べ、日本の美学に近しいものがある。

紅型には、防染(布の一部を染めない手法)や型染めといった、インドネシアや中国、インドから渡来してきた技術が使われており、その歴史は14世紀までさかのぼる。

染めのパターンは草花、魚、木、水など、自然から着想を得ている。また、着ている人の階級が一目で分かるよう、デザインは厳格に決められていた。明るいデザインは高い階級でしか使われず、庶民は藍や黒に染めた、シンプルで暗いデザインのものを着ていたという。

また、前もって染め分けた糸を織っていくイカットの手法も、貴族階級にだけ許されていた。

マリー氏の図録を出版したハリ・パブリケーションズのダニエル・シャファー主任編集長は、「アイヌの織物は高額だし、沖縄の素晴らしい紅型はなかなか市場に出てこない」と話す。

一方でシャファー氏は、この本の成功には驚いているという。

「我が社で最も成功した本になったし、すでに第2版が決まっている」

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宮廷や貴族階級のまとう華美な衣服ではない代わりに、地域社会で生まれた衣服や織物にはある共通のモチーフが使われている。強運や富、幸せを呼び寄せたり、あるいは悪を寄せ付けないための意匠だ。

アイヌの衣服においては、おそらくスキタイやシベリアに由来する動物の意匠に加護の力があると考えられていた。

英ヴィクトリア・アンド・アルバート(V&A)美術館でアジア美術を担当するアンナ・ジャクソン氏はこの本の序文で、「こうした織物の中には、霊的信仰と切り離せないものもある」と説明している。

吉兆の印や動植物の意匠は、マリー氏が所蔵する他の織物にも登場する。羽織や寝具、火消しの法被などだ。

こうしたモチーフは今日まで日本の織物に使われ、その精密さと芸術性が評価されているが、これこそが日本の芸術家たちが取り上げる物語のテーマの一部を形作っている。その物語は多くが感動的な内容だ。

ハリ・パブリケーションズのベン・エヴァンズ編集長は、「季節の移り変わり、愛、文化的な行事、どれも人気のテーマだが、それらを自然や人生の移ろいにまつわる神秘的なアイデアと融合させている」と説明した。

「非常に閉鎖的で、名誉や階級との関係に強く縛られている社会では、こうした境界を乗り越える表現として織物がある」

あらゆるところに存在する藍染め

日本の素晴らしい織物芸術の秘密で大きな役割を果たしている、染めについても話をしよう。

雄黄(ゆうおう)、辰砂(たつさ)、カイガラムシ、墨などが使われているが、中でも異常なまで市場を独占しているのが、藍を使った藍染めだ。これは、1630年代から1853年までの鎖国政策に理由がある。

今日に至るまで、藍染めの生地は日本文化のあらゆるところに存在しており、その歴史的資料としては、数え切れないほどの版画を取り上げることができる。

V&A美術館のジャクソン氏は歌川広重やその他の画家の作品を取り上げ、こうした画家が衣服や布に並々ならぬ興味を示していたと指摘した。

エヴァンズ編集長も、「日本の織物の伝統はなお大きく、活気に満ちている。例えば1555年創業の京都の老舗「千總」は今も着物を作っている」と話す。

一方、1800年代後半から洋服が普及し始めたことで、着物は特別な時の衣服へと変遷していった。

「西洋の現代的な服装が力強く根付いた結果、伝統的な日本の衣服は何年も危機にさらされている」と増元さんは語る。

アメリカ先住民と同じように抑圧され、疎外されてきたアイヌに関しては特にこのことが言えるだろう。日本政府は2008年まで、アイヌを先住民族と認めていなかった。

そして2020年、北海道に国立アイヌ民族博物館が設立される。マリー氏は、「これはアイヌ復権運動の一環で、特別な儀式で着用された伝統的な柄の手織物の復刻なども含まれている」と話した。

Image copyright Textiles of Japan: The Thomas Murray Collection

古来の染め技術もまた、復刻されつつある。

イギリスのジャパン・ハウス・ロンドンでは今年初め、「襲(かさね)」に関する展示会が開かれた。襲とは着物の色の組み合わせのことで、かつては特権階級がその階級や好み、育ちの良さなどを表すため使ったという。起用された「染司よしおか」は京都で代々植物染めを受け継いでおり、歴史的資料や布地のサンプルから古い時代の技術を復刻している。

ロンドンのV&A美術館でも2020年、着物の展示が行われる予定だ。着物の芸術を通じて、「社会的な肌」とされる衣服がどのように階級や権力、経済、そして芸術を理解する手段となるかを解き明かすという。

着物はいつか過去の遺物となり、ほとんどが美術館の中に閉じ込められてしまうのだろうか?

増元さんはこの問いについて、「『日本の素晴らしい伝統的な織物』と銘打たれるさまざまな衣服が、急激に人気を失っている」と話した。

「それでもなお、日本の織物デザインの中にある創意工夫や創造の力は素晴らしいもので、新しい革新的な織物関連産業に影響を与え続けている」

(英語記事 The fabrics that reveal the 'other' Japan

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