ロンドン橋殺傷 なぜ容疑者は仮釈放中だったのか

ドミニク・カシアーニ、BBC内務担当編集委員

Usman Khan Image copyright Staffordshire Police
Image caption ウスマン・カーン容疑者

ロンドン橋で11月29日午後に5人を殺傷した後、警察に射殺されたウスマン・カーン容疑者(28)はそもそも、英中部ストーク・オン・トレントで活発なイスラム過激派集団に関わっていたため、対テロ捜査当局に把握された。

このグループは当時、イスラム過激派指導者アンジェム・チャウダリー元受刑者が率いる過激派ネットワークの一部だった(チャウダリー元受刑者は2016年9月、イギリス国内で過激派「イスラム国」支持を扇動した罪で有罪になったものの、昨年10月に仮釈放されている)。

国内治安担当の情報機関MI5と、ウエストミッドランズ対テロ捜査班は、ロンドン証券取引所の爆破計画について情報を得た。カーン容疑者を含む、ロンドン、カーディフ、ストーク出身の9人による攻撃計画は、すさまじく欠陥だらけで素人くさいものだったという。

カーン容疑者はほかに、カシミール地方に「マドラサ」と呼ばれるイスラム教の学校を作り、そこでイギリス出身の次世代民兵を育成したいと考えていた。カシミールで戦わせるか、あるいはその戦闘技術をイギリスに持ち帰らせたいという意向だった。

容疑者と仲間たちは2012年に有罪判決を受けて収監された。この青年たちは本当に危険人物なのか、それともいずれ大人になる無想家なのか、司法当局にとっては難しい判断だった。いずれ大人になってほしいと、司法当局は願っていた。

一方で、ウエストミッドランズ対テロ捜査班とMI5の捜査担当者たちは、男たちが危険だと確信していた。大した破壊能力はなくても、危険だと。

一審を担当した高等法院のアラン・ウィルキー判事は、カーン容疑者から改心したという手紙を受け取ったものの、すぐには信用しなかった。警察が監視中に把握した容疑者たちの会話内容も、その一因だった。

判事は「公衆防護を目的とした禁錮」と呼ばれる特別な量刑を言い渡した。最低8年の服役の後、無事に更正してもはや社会に危害を加えるおそれはないと仮釈放審査委員会を説得しない限り、釈放されないという内容だった。

まとめて逮捕された他のグループメンバーは、個々の危険性に応じて異なる量刑を言い渡された。中には、行動を常時監視されるという条件つきで刑期の残り半分を地域社会の中で過ごすという量刑もあった。その場合、常時監視下におかれる保護観察処分の後、さらに保護観察処分が数年続くことになっていた。

カーン容疑者が自分の量刑を争い控訴した際、控訴院の判事たちは、他の共犯と同じ量刑を受けるべきだったと判断した。

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Image caption 2012年に警察が公表した監視カメラ映像。赤い丸印がついているのがカーン容疑者

このためカーン容疑者の「公衆防護を目的とした禁錮」は、他のグループメンバーと同じ内容になった(危険度によって刑期の長さは異なる)。これは検察側も当初、提案していたことだった。

これに伴い容疑者は、8年間の服役後、自動的に地域社会へ仮釈放されることになり、実際その通り昨年末に仮釈放された。

釈放後は8年間、電子タグを常時身につけるなど厳しい監視下に置かれるという取り決めだった。その後はさらに5年間、危険度に応じて遵守(じゅんしゅ)事項を追加され、保護観察の条件に違反した場合はただちに刑務所に戻されることになっていた。

カーン容疑者が2012年に収監されて間もなく、「公衆防護を目的とした禁錮」の仕組みが廃止された。代わりに導入された刑罰制度では、同様の罪で有罪になった者は少なくとも刑期の3分の2を刑務所で過ごさなければ、仮釈放の候補にならない。

控訴院はこの新制度をカーン被告に適用することはできなかった。犯行時になかった刑期の仕組みを、遡及的に適用するわけにはいかないからだ。

他方でカーン被告は、「脱過激化」教育プログラムに参加したいと申し出ていた。その一環で2012年10月には内務省に手紙を送り、自分の脱過激化を支援してくれる専門家の派遣を要請していた。

担当弁護士のヴァジャハト・シャリフ氏はBBCに対して、誰か自分を助けてくれる人を探してほしいとカーン容疑者から何度も頼まれていたと話した。

シャリフ弁護士は、カーン容疑者が抱く憎悪があまりに根深いため、イスラム教聖戦主義思想にきわめて詳しい専門家が必要だと考えていた。

つまり、たとえ容疑者が「脱過激化」に向けて一定の公的支援を受けていたとしても、シャリフ弁護士はそれでは不十分だっただろうと考えている。

保護観察中のカーン容疑者には、テロ罪の元受刑者に対して一般的に適用される様々な遵守事項が課せられ、その安全性を地域社会が管理監督できるようになっていた。

  • 行動を監視するためのGPSタグを着用していた
  • 中部スタッフォードシャーにある保釈滞在施設に送られ、日々の行動を監督されていた
  • 未確認だが、かつての仲間との連絡は禁止されていた可能性がある
  • 常習的犯罪からの離脱と立ち直りを促す政府の社会復帰プログラムへの参加を義務付けられていた

犯罪からの離脱と立ち直りを促すプログラム(Desistance and Disengagement Programme, DDP)は現在、対テロ戦略の重要な一部で、テロ罪で服役した元受刑者に、本人の個別事情をもとにしたカウンセリングを提供し、社会復帰後の生活を心理的にサポートするというものだ。

2016年10月に試用期間が始まって以来、2018年9月までの間に100人以上がこのDDPを受けた。今では年間最大230人分の予算が確保されている。

DDPは、個人の反社会的行動を引き起こす様々なきっかけに取り組む内容になっている。きっかけとはたとえば、個人の自意識に関するアイデンティティーの危機だったり、慢性的な自尊感情の不足だったりする。あるいは、何かに対する個人的な恨みや、過激主義イデオロギーによる洗脳なども、その対象になる。

2012年にカーン容疑者と共に禁錮刑を言い渡された仲間の中に、モヒブル・ラフマン受刑者がいる。

服役中に脱過激化コースに参加したものの、刑務所内で複数の過激主義者と知り合った。いったん釈放されたものの、2016年夏に中部バーミンガムで自動車と刃物を使った無差別襲撃の計画に参加。襲撃は未遂で終わったが、ラフマン受刑者は終身刑判決を受け、現在も服役中だ。

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Image caption 2016年夏に中部バーミンガムで自動車と刃物を使った無差別襲撃を計画して逮捕されたラフマン受刑者(右)と共犯のタヒル・アジズ容疑者

この襲撃計画を未然に防いだのは、警察とMI5の大手柄だった。そしてここにも、テロ罪で服役後に過激主義の犯行を繰り返そうとする元受刑者が2人いた。

イギリス国内各地の対テロ捜査班は、所管する地域で釈放された元受刑者の動向に関心をもつべきとされている。

カーン容疑者の場合、警戒されることなくロンドンへ移動するには、警察の許可を受けていたことになる。ロンドン警視庁は事件翌日の11月30日、容疑者は知る限りすべての保釈条件を守っていたと明らかにした。

MI5も、容疑者の動きを監視していたかもしれない。釈放後の受刑者の監視はMI5の役割でもあるからだ。しかし、元受刑者が再びテロ活動に関わるには時間がかかるため、MI5にとっては低リスクの監視対象に分類されることがほとんどだ。

テロ罪で服役した人間が本当に更正したのかどうか、見極めるのはきわめて難しい。たとえ、脱過激化プログラムに参加していたとしても。

(英語記事 London Bridge: Why was the attacker, Usman Khan, out of prison?

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