【解説】 ブレグジットの分断から回復するとは何を意味する?

マーク・イーストン内政担当編集長

Illustration of people separated either side of a landscape

イギリスが欧州連合(EU)を離脱したブレグジットの瞬間は、「区切りをつけて、回復を始めるときだ」と、ボリス・ジョンソン英首相は述べた。しかし、「回復」とはこの場合、何を意味するのか(文中敬称略)。

ブレグジットをめぐる議論で、離脱派と残留派のどちらも同意見のことがひとつあるとするなら、それは時に対立する舌戦が激化しすぎたという点だ。議会下院でも、ソーシャルメディアでも、街中でも、感情のたかぶりは時に凄まじかった。

ジョンソン首相は1月、「分断から回復すべき時」だと公式声明を出した。同時に、ブレグジットの瞬間はロンドン・ダウニング街の首相官邸をライトアップし、国旗を掲げ、カウントダウンの時計を表示し、記念コインを発行すると発表し、実際にその通りになった。

首相の支持者の多くにとって、EU離脱は祝うべき出来事だった。そして、離脱に伴うさまざまな行事が、国内の政治的分断をいやしたとは言いがたい。

その一方で、スコットランド国民党(SNP)は離脱の時、スコットランド議事堂の前にEU旗を掲げたが、これが果たしてどう国内団結の役に立つのかも、よく分からなかった。

国内分断の傷をいやすには、私たちはまず、そもそもどういう分断だったのか、その性質を理解しなくてはならない。なぜブレグジットについて多くの人が感情的になるのか。スローガンや中傷合戦の背景には、どういう価値観があったのか。

2つのビジョン?

離脱と残留の分断を、あまり厳密に色分けしようとするのは危険だ。人や場所や地域や国を「離脱派」や「残留派」と呼んでしまっては、もっと濃淡が微妙な色合いの議論を二元論的に単純化し、極端な話に二分してしまう恐れがある。各自の選択と、その結果の裏には、二元論では語りきれない複雑なニュアンスがある。

たとえば、ロンドンは「残留派の街」と呼ばれることが多い。しかし、ロンドンでは実は、残留派のサディク・カーンを市長に選んだ人の数より、EU離脱に入れた人の方が多かった。その一方で、圧倒的に離脱派と言われる東部リンカンシャーのボストンでは、国民投票に参加した25%が実は残留を選んだ。

離脱か残留か。多くの有権者は様々な意見を検討した上で、さまざまな理由をもとに、選択した。住民の100%がどちらを選んだなどという場所は、どこもない。

しかし、BBCと英社会科学アカデミーが調査会社イプソス・モリに委託した世論調査を見ると、国民の投票の仕方と、その人の根本的なものの考え方がどう結びついているのか、理解できるようになる。

調査は回答者に、次の発言のどちらが自分の物の見方に近いかを尋ねた。

「他の国や他の文化からの影響で、イギリスは暮らすのにより良い場所になる」という発言に、残留派の56%が賛成したが、離脱派の賛成はわずか23%だった。

これに対して、「他の国や文化からの影響は、イギリス的暮らしを脅かす」という発言について、賛成した残留派は18%だけだったが、離脱派は52%が賛成した。

少し内容を変えた設問でも、結果は似ていた。「他の国や他の文化の変化や影響に開かれていた方が、イギリスは強くなる」という意見に賛成する残留派は58%、離脱派は22%だった。

逆に、「イギリスは伝統を尊重し、これまでの暮らしぶりを続けた方が、将来的に強くなる」という意見には、離脱派の56%が賛成したが、残留派はわずか14%だった。

他の世論調査結果とあわせてみると、EU残留に投票した人たちはイギリスの多様性を歓迎し、ヨーロッパ人を自認すると答えがちだ。EU離脱派は、自分の国民的アイデンティティーには、イギリスの歴史や伝統、行事やキリスト教の伝統が大事だと答えがちだ。

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離脱派の方が愛国的で、自分の国民性を誇りに思い、自分の国は他の国より優れていると言いがちだ。残留派はそれよりも、国際社会の一員でいることを重視した。

調査が示唆するのは、イギリスについて2つのビジョンだ。伝統や遺産、文化やなじみの暮らし方を守ろうとする姿勢がひとつ。もうひとつは、変化を喜んで受け入れ、国際社会の会話に進んで参加しようとする態度だ。

この2つには重なり合う部分もある。連続性と変化の間には常に、均衡が成り立つはずだ。私たちは誰でも、伝統を守りたいと思いながら新しい考えにオープンでいられる。ポイントは、何を重視するかだ。

しかし、この議論についてこれほど多くの人がいきり立つのは、まさに自分たちがどういう国に暮らしたいかという、そこを突くからだ。何を優先し、何を重視する国に住みたいのかという。

エコーチェンバー現象

その文脈で言うなら、回復とはどういう形をとるのだろう。

イギリスでは政治も国民の対話も、対決的なのが国の習慣だ。下院はその本会議場の設計からして、与党と野党が真正面から向き合い対決するようにできている。妥協は弱さだと言われがちだ。合意形成はこの国の政治の伝統において、異質なものと見られている。

しかし、紛争解決の専門家は、分断をいやすというのは議論で負けを認めることとではないと言う。

人の意見を変えようとすることでも、相手が間違っていると証明することでもない。分断からの回復とは、「相手を尊重しながら意見を異にする」ことなのだそうだ。

とはいえ現代の暮らしでは、自分と似たような世界観の人の中に身をおく、いわゆる「エコーチェンバー(自分によく似た声ばかりがこだましつづける狭い部屋)」の中でだけ過ごすのが、以前に比べて非常に楽だ。

自分が選ぶ新聞やウエブサイト、自分が読む本、自分が好きで通うパブやカフェ、自分が見る映画……。どれもある意味で、自分の物の見方や価値観を裏づけてくれるから選んでいる。自分の価値観とは違うから、ではなく。

それどころか、自分にとって核心的な信念と異なる意見を耳にすると、非常に心がざわついたりする。自分と同じような考え方の人の意見に比べて、同意しがたい人の意見はこちらの心理にかなり大きく影響する。

分断をいやすにはどうやら、自分にとって居心地の良い、ぬるま湯状態から出て行かなくてはならないらしい。

「More in Common(共通項の方が多い)」というのは、この状況を理解しようとしている複数の団体の名前だ。国民投票の直前に殺害されたジョー・コックス下院議員をしのんで作られた基金は、価値観の異なる人たちに出会いの場を提供し、お互いの差異より共通項を探る地域イベントを開催している。

これとは別に、英米独仏で活動する研究組織は、自分たちの使命を「分裂と対立を先鋭化させる要因は何か特定し、もっと団結して弾力性と包容力のある社会を作ること」と規定している。

この組織は今年、イギリスで「分断解消の橋渡しをする」ため、他の組織や団体を手を組む予定だ。すでに提携関係にある「ルーツ・プログラム」という慈善団体は、様々な暮らしぶりの人を集めて、「一緒に会って食事をして話をして討論」する機会を設けている。色々な立場の人をそれぞれの慣れ親しんだ環境からあえて引っ張り出して、違う立場の人と対面させるという取り組みだ。

この企画に最初に参加したのは、ベン・レインさん(31)とピーター・カーティスさん(47)だった。ベンさんは、残留派で、ロンドン北部に住む元ビジネス戦略コンサルタント。ピーターさんは、離脱派で、東部サンダーランドに住む地域のサッカー監督だ。

2人とも、相手と会ったことで気まずい思いをしたと認める。

「ロンドンまで出かけていって、金が飛び交うのを見て落ち込んだ」と、ピーターさんは言う。元建築作業員のピーターさんの今の年収は、1万ポンド(約143万円)未満だ。

一方のベンさんは、自分が地元コミュニティーで何の役にも立っていないと恥ずかしくなったという。ベンさんは、慈善団体の最高責任者という要職に就いているのだが。

それでも今の2人は、ブレグジット後の国の回復について、前より前向きだという。

「回復にとって不透明感は最悪の材料だが、今は前より状況がはっきりした」とベンさんは言う。「具体的なことについて、一致団結しようと確実に努力できる」。

「共通項の方が多い」というフレーズには、一定の真実がある。これも前向きな材料だ。リベラルと保守の分断がほとんど全ての政策分野に及ぶアメリカと違い、ここイギリスではまだ多くの重要課題について幅広い国民的合意が得られている。税制や福祉について。あるいは、国民健康サービス(NHS)や人工妊娠中絶、銃規制や同性愛について。

だからといっても、何もかもについて誰もが同意見だというわけではない。しかし、お互いが共有する希望や価値観の一致点が、どこかにあるはずだ。

しかし、ブレグジットの分断を埋めて回復を実現するには、ただ大勢が集まって一斉にハグするだけでは足りない。この国の政治で、きわめて不愉快で対立の激しい時期を過ごしたことによる悪影響に、取り組まなくてはならない。この国の統治の仕組みそのものがうまくいっていないのではないかと、大勢が疑問視したし、この国の民主主義への信頼そのものが揺らいだ後だけに。

民主主義の再生

さもありなんだが、主要政党はどれもマニフェストで、民主主義の再生を提言した。各党の間には少なくとも、権力の仕組みについてあらためて詳しく点検する必要があるというその点については、合意があったというわけだ。

国民の多数がブレグジットを選んだ国民投票の結果は、自分たちの声が無視されていると感じる地域からの悲鳴だったと解釈されている。自分たちの生活に影響する決定が、自分たちに何の相談もなくロンドン政界の中心地ウエストミンスターや、鏡面ガラスで覆われたブリュッセルのEU庁舎内で決められていると、過半数の国民が強い不満を抱いていたのだと。

国民のこうした懸念に耳を傾け、応える必要があるというその点については、どの党の政治家も受け入れているようだ。国民が権力との本当のつながりを実感できるよう、方法を模索しなくてはならないと。

政府は、憲法・民主主義・権利委員会を発足させる方針だ。「この国の制度への信頼、ならびにこの国の民主主義の仕組みへの信頼を回復する」ための提言をまとめるのが、その役割だ。

この新組織の構成や具体的な付託内容の詳細はまだ明らかになっていない。しかし、政府と下院議員と司法の間の権力分立について検討するよう、政府は諮問するのではないかと言われている。これは昨年秋、ジョンソン首相が議会を停止したのは違法だと最高裁が判断を下したことが、尾を引いている。

そのような真似をしようものなら、傷ついた民主主義を回復させようという誠心誠意の取り組みというよりは、ブレグジット派の報復だと受け止められかねないと、そういう指摘もすでに出ている。

こうした憶測が飛ぶことからも、政府にとって、あるいは議会にとってさえ、憲法や民主制度の見直しがいかに厄介な作業なのかが分かるだろう。民主制度の仕組みを修正しようとすれば、閣僚や下院議員の権限に影響があり得る。

だからこそ、市民社会が今の状況に踏み出したのだ。イギリス憲法を修正しようというなら、その方法を問わず、市民が直接関与する方法を探っている。民主政治の仕組みを変える作業から、政党政治を追い出して、権力を国民に直接与えようと。

特に厄介な難題について答えを見つける手段として、世界各地で市民会議を活用する機会が増えている。アイルランドでは妊娠の人工中絶について、韓国では原発について、米テキサス州ではエネルギー政策について、南オーストラリア州ではごみリサイクルについて。

住民の中から無作為に選んだ人たちを集め、難しい政策課題について理性的に、礼儀正しく、論理的に議論する。議題について十分な情報や意見に触れた後、議会に提出する提案を合意の上でまとめるというやり方だ。

英議会の様々な委員会は、気候変動や社会福祉などについて市民会議を開き、十分に情報を得ている国民が何を本当に重視するか理解しようとしてきた。スコットランドでは現在、無作為に選ばれた市民会議がスコットランドの統治について検討している。この会議がまとめる提案を、スコットランド議会が検討する予定だ。

キングス・コレッジ・ロンドンの「英民主主義に関する市民集会」という取り組みは今後2年の間に、「イギリス全体の対話」に1000万人を呼び込もうとしている。抽選で選ばれた人たちは、集会参加への正式な招待状を受け取ることになる。

検討課題の中には、投票制度、上院(貴族院)の将来、地方分権、政治資金の調達方法、イギリスに成文憲法が必要かどうか――などが含まれる。

超党派の複数のベテラン議員が、この市民集会の結論を議会が取り上げるように尽力すると約束している。

同じ分野ではほかにもさまざまな取り組みが展開している。どの団体も、ブレグジット論争が露呈した国の分断をいやすには、イギリスの民主主義の裏側に迫り、仕組みを検討し、パフォーマンス向上の方法を模索するしかないと、同じように確信している。

議会制民主主義を研究支援する無党派団体「ハンサード協会」による最新の政治活動監査報告によると、有権者の72%がイギリスの統治制度には相当の改修が必要だと考えている。また、自分は国家的な意思決定になんの影響力も持たないと考える有権者は47%と半数近かった。

ブレグジットをめぐる議論や運動が終わった今こそ、居心地が悪く、時につらいものだった一連のプロセスについて、しばし振り返り教訓を検討するのにふさわしい時のように思える。イギリスがかつて自分たちの民主主義に抱いていた自信とプライドが、突き崩されてしまったのだから。

回復が実現するなら、それには国全体がじっくりと自分自身を振り返り、自分たちがどういう国になりたいのか、自問自答する必要がある。

(追加取材:カラム・メイ)

(英語記事 What does healing the Brexit divide mean?

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