【解説】 大坂なおみ、内向きな選手が声を得てリーダーに

ジョナサン・ジュレイコ、BBCスポーツ

Naomi Osaka

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大坂は全米オープンの決勝で、2014年に警官に射殺された12歳の少年タミール・ライスの名前が書かれたマスクを着けてコートに現れた

大坂なおみが再び声を取り戻し始めた最初の兆候は、ジョージ・フロイドの死への抗議として投稿したインスタグラムに現れていた。(敬称略)

黒人男性のフロイドが警官に膝で首を7分46秒にわたって押さえ付けられて殺されると、大坂はボーイフレンドでラッパーのコーデイと共にミネアポリスに飛び、怒りを表明する人々に加わった。

「心が痛みました。行動しないといけないと思いました。本当に、もうたくさんでした」と、彼女はのちに米誌エスクァイアの記事で書いた。

世界最高レベルの才能の持ち主としてテニス界に登場して以来、22歳の大坂は総じて静かに振る舞い、スポットライトを浴びることに落ち着かない様子を見せてきた。

柔らかな話し方をするこの日本人選手は、自らをテニス界で「最も居心地が悪そうな」人物だと表現。2018年に米インディアン・ウェルズの大会で優勝した後のスピーチを、「史上最悪の受賞スピーチ」と呼んでいる。

ただ、ほとんどの観客は魅了されていた。スピーチは愛らしく、小さな笑いをあちこちで交えながら自嘲する独白調のもので、見事だった。だが、大坂は大観衆の前で話をするとき、心地よさそうにしていることはほとんどない。記者会見では、短い答えを口にしたりポケモンについて話したりする前に、落ち着かない様子で体をよくゆすっている。

だからといって、12日に全米オープンを制覇し、4大大会(グランドスラム)の優勝回数を3に伸ばした彼女の中に、力強い声が存在しないことにはならない。

世界は今やっと、それを耳にし出したのだ。

大坂は日本人の母・環(たまき)とハイチ人の父レオナルドとの間に大阪で生まれた。3歳のとき、家族と共にニューヨークに移り住んだ。

エスクァイア誌の記事では、複数の文化のバックグラウンドを持つことが、彼女を「こういう人だと特定するのを難しく」していると論じた。

「私は娘であり、妹であり、友人であり、ガールフレンドです。私はアジア人です。私は黒人で、私は女性です。ごく普通の22歳で、たまたまテニスが得意というだけです。私はただ、ありのままの自分、大坂なおみであることを受け入れています」

最近、彼女につけられるようになった新たな肩書きがある。「活動家」だ。

全米オープンの直前、大坂はウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝を棄権。ウィスコンシン州で黒人男性ジェイコブ・ブレイクが警官に撃たれたことへの抗議だった。

米スポーツ界のスターたちの抗議に加わった彼女の行動は、大会全体を1日「停止」させることへとつながった。

「私はアスリートになる前は黒人女性です」と大坂は表明した。「黒人女性としては、テニスをしているのを見るよりも、すぐに気をつけなければならない重要な事柄があるように感じます」。

大坂は翌日、大会の再開を受けてプレーを続けることを決断。彼女は「どちらかというと後からついて行くほう」と言うが、その行動は決断力があり、他の人にも強い影響を与えるものだった。

「ずっと待ち続けた末に、私が最初の一歩を踏み出さないとだめなんだと気づきました」と彼女は話した。

「テニスのバブル(それだけの世界)で覚醒を起こしたかっただけ。それができたと思っています」

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大坂のボーイフレンドでラッパーのコーデイは7月、ブリオナ・テイラーの死をめぐる抗議行動で逮捕された

人種差別と警察の残虐行為への彼女の闘いは、スポーツ界最大級のイベントであるグランドスラムで(それが無観客であっても)続けられた。

ブリオナ・テイラー。イライジャ・マクレイン。アマード・アーバリー。トレイヴォン・マーティン。ジョージ・フロイド。フィランド・カスティール。タミール・ライス。

12日の決勝まで、1試合勝てばもう1人の名前を見せることができることができた。大坂のコーチを務めるウィム・フィセッテは、そのことが勝利に対する彼女のモチベーションをさらに高めたと話した。

「間違いなく彼女を支え、さらなるエネルギーを与えた」とフィセッテは述べた。

「彼女はコートの外で模範になろうと思っていて、そのためにはコートの上でも模範でなければならないとわかっている。いい相乗効果が生まれている」

ベルギー人のフィセッテは昨年12月、アメリカ人のジャーメイン・ジェンキンスに代わって、大坂のコーチに就任した。

昨年夏、大坂、ジェンキンス、その他の大坂のスタッフは、芝コートのシーズンを迎えてイギリスに入り、バーミンガムで開かれる女子テニス協会(WTA)の大会に向けて準備をしていた。

この期間、チームは全員でネットフリックスの連続ドラマ「When They See Us(ボクらを見る目)」を全見た。ドラマはニューヨーク・ハーレムの10代の黒人少年が、セントラルパークで発生した残忍な性暴力事件への関与を誤って疑われるという、実話に基づくものだった。

このとき、大坂は自分の声をもっと生かせると気づいたと、ジェンキンスは考えている。

「なおみと全員が、アメリカで黒人がどう扱われているのかについて、違う見方と視点を得たと思います」と、現在は米テニス協会のナショナルコーチを務めるジェンキンスは話した。

「あのドラマが彼女の心に大きく響いたのだと思います。涙なしに見ることはできない内容です。彼女は本当に悲しくなり、私たちはドラマについて話しました。彼女が自分をさらけ出し、現在のような活動家になったことを誇らしく思います」

「最初に出会ったとき、彼女はまだ少し自分の殻にこもっていました。自分をさらけ出し、声を手に入れようとしているところでした。その面ではまだ成長中なのがわかりました。今では、彼女は次のステージに進んだと感じています」

「アメリカの黒人男性として、彼女がどんどん向上しているのには力づけられますし、素晴らしい気分になります。彼女は批判も受け止め、私から見ても正しいと思うことを主張している。今や彼女の意見表明の場になっています」

「そんなことはせず、おとなしくしていることもできる。そう考えると、とても勇敢なことだと思いますし、私はとてもいい気分になります」

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ジェンキンスは昨年3月から9月まで大坂のコーチを務めた

大坂はスポーツ界における世界最大級のスターの立場を利用することで、ファンたちの意識を高めるだけでなく、選手仲間たちの注目も集めている。

男子世界ランキング6位のステファノ・チチパス(ギリシャ)は、全米オープンの間、「Black Lives Matter」(黒人の命も大事)のTシャツを着用。大坂は、この友人が人種差別について質問することが多くなったとし、それを「ものすごく誇りに思う」と述べている。

ウエスタン・アンド・サザン・オープンの棄権を表明したとき、大坂は「白人が多数を占めるスポーツで対話を促す」のが狙いだと話した。

テニスに関わる多くの人々は、黒人が直面している人種差別を理解しないだろう。

例を挙げれば、大坂の元コーチのサーシャ・バインですら、ジョージ・フロイドの死を受けて「肌の色は問題ではない」とソーシャルメディアで発言し、欧州で批判を浴びた。

ジェンキンスは、テニス界で黒人でいることについて、孤独感と「仲間」外れの感覚を味わうことにつながると話す。

ウィリアムズ姉妹やスローン・スティーヴンス、ココ・ガウフ、ガエル・モンフィス、フランシス・ティアフォなど有名な黒人選手は何人かいるが、管理職、コーチ、代理人、メディア関係者に黒人はほとんどいない。

全米オープンでベスト16まで勝ち進んだアメリカ人のティアフォは、大坂が自らの影響力を使って人種差別の問題をアピールしているのを見て、「特別な」思いがしたと述べた。

「支持しなかった人も多かったと思いますが、彼女は信念を持っていました。毎晩違うマスクを着けて姿を現しました。トレンドになっていました。彼女は間違いなく計算ずくで、高い意識をもっていました」

22歳のティアフォも試合前、「Black Lives Matter」と書かれたマスクとパーカーを着用した。

「彼女を誇りに思います。同じことを続けてくれることを願っています」

「私も自分にできることをしていきます。スローンもです。ウィリアムズ姉妹もです。みんなです。そうした人たちに加わることができ、うれしいです」

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10代のガウフもアメリカにおける人種差別の消滅を訴えている

ただ大坂は、日本、ハイチ、アメリカのバックグラウンドがある点で、世界各地に届く独特の発信力をもっている。

エスクァイア誌の記事では、日本で人種差別の問題と闘うのは「難しい」とも書いた。日本のスポンサーの1社は昨年、広告イラストで彼女の肌を実際より白く描いた

彼女が抗議行動を見せるのはアメリカでのイベントにおいてがほとんどだが、テニスの世界的な注目度を利用し、社会正義への関心を高めたいと考えている。

「それが本当の最終目的のように思っています。テニスは国際的なイベントですし、世界中で多くの人がプレーしていますので」と大坂は先週話した。

「何かについて発言するいい機会は常にあると思っています。1人の選手が話し始めると、他の人たち全員に対話のドアが開かれるように感じています」

テニス界は、競技を発展させる世界的に有名で新鮮な存在と、新たなリーダーの出現を待ち望んでいる。セリーナ・ウィリアムズ、ヴィーナス・ウィリアムズ、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノヴァク・ジョコヴィッチらに代表される黄金世代は引退に近づいている。

大坂は昨年、リーダーであることと、世界ランキング1位であることの重圧に苦しんだ。

全仏オープンの3回戦で敗れた後には、「考え得る中でおそらく最高のこと」が起きたと発言。第1シードの「ストレス」で頭痛に悩まされていたと明かした。

今年1月の全豪オープンの前には、「トップ選手」と呼ばれることにまだ心地悪さを感じると述べた。注目度が高まっていることも「大変」だと話した。

全米オープンの2週間、大坂は成長し対応力を身につけたことを示した。コートの内外で自信を見せ、自らのプレーと主義を信じ通した。それらが合わさり、テニスの大会が再開されてから11試合負け知らずで、3つ目のグランドスラムタイトルに輝いた。

すでにスーパースターなのは疑いないが、彼女はベテランスターたちの後継者になりつつあるように思われる。彼女が特別だと最初に世界に知らしめたのはコートでの才能だったが、今ではその行動と発言が、人々を鼓舞するリーダーになりつつあることを示している。

ジェンキンスも同意見だ。「彼女はテニスの未来だ。いまそれを見せている」