【解説】 ブレグジットから1年、イギリス企業はどんな影響を受けたのか

ファイサル・イスラム、経済編集長

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EU離脱後のイギリスのビジネスについて、事業主たちは「いらだちが募った。怖かった。売り上げが大きく落ちた。欧州での競争力が落ちた」と語った

化学、金融サービス、航空宇宙、ケータリング、そしてプレゼント用の小さな化粧箱メーカー――。小企業のオーナー12人が、私のパソコンの画面に現れた。みんな穏やかな物腰だ。

英商工会議所(BCC)がブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)1年目の影響を調査したデータを見せられた後、私はさらに状況を知るために、事業主たちと話をしたいとお願いしたのだった。

私が話した事業主たちは、欧州連合(EU)の単一市場と関税同盟の外でビジネスを行ったこの1年間の現実について、それぞれ異なる側面について語りながらも、ほぼ同じ感想を持っていた。明らかに大変だったと。「いらいらした。怖かった。売り上げが激減した。欧州での競争力が落ちた」と。

イギリスの一部の産業では、最もブレグジット対策を行っていた大企業並みの対策が必要だと、閣僚たちは内々で話していた。これを伝えると、ウェブ会議の空気はピリピリした。

化学企業ロビンソンズのエイドリアン・ハンラハン氏は、「慣れろと、政府は我々にそう言っている。とんでもない話だ」と述べた。ハンラハン氏は現在、EU規則をそっくりそのまま複製したイギリスの新しい国内規制に対応を余儀なくされている。

化粧箱メーカーのカレン・ロウエン氏は、今では欧州よりもアメリカやオーストラリアに製品を供給する方が安上がりだと話した。

一方、環境にやさしい最先端のラジエーターを製造している企業は、バーミンガムで拡大する予定だった工場をポーランドに移すと言う。別の参加者は、150年続いたビジネスを続けるために闘っているのだと話しながら、声を詰まらせた。

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イギリスは2020年12月31日午後11時にEUからの離脱を完了し、英・EU通商・協力条約が施行された。それから1年がたち、イギリスのビジネスがどのように変わったのかが見え始めた。

新型コロナウイルスの流行を受けたロックダウンによる多大な影響と、その後の回復をもってしても、非常に多くの企業の直接的な経験とデータから、ブレグジットの直接的な影響を見て取れる。

大まかにいえば、データが示している状況は以下の通りだ。

  • ブリテン島は、英仏海峡間の通商が止まり、多大な社会的・経済的困難が生じるとされた「合理的な最悪のシナリオ」は回避した
  • ブレグジット後の2カ月間は特に、輸出入の双方に、非常に大きな物質的なダメージがあった
  • イギリスの輸出はその後の数カ月で回復したが、完全というわけではなく、衣料や食品などの業界はなお困難に直面している
  • 英・EU間貿易(輸出入双方)全体が、2021年の世界的な貿易回復の波に乗れず、2020年のパンデミックの低水準にとどまっている
  • 北アイルランドではアイルランドとの貿易が拡大したが、ブリテン島では落ち込んだ

ブレグジットから1年後の今、イギリス経済は以前に比べて閉じているようだ。

政府で経済見通しを担当している予算責任局(OBR)によると、最新のデータは、英経済の「貿易結合度」は向こう15年にわたり15%落ち込むとする5年前の見通しと一致しているという。

イギリスの主要輸出市場は以前よりイギリス製品に頼らなくなり、イギリスも外国製品に頼らなくなっている。その同時期、世界の他の地域では貿易が盛んになり、パンデミック時の停滞による損失から回復している。

2021年1~10月のアメリカとEUの貿易総額は合わせて6270億ドル(約71兆8500億円)と、2020年同期の5320億ドルから18%増加した。

同時期の中国とEUの双方向の貿易額も、計4790億ユーロ(約62兆2000億円)から17%回復し、計5580億ユーロになった。

一方、イギリス・EU間では3080億ポンド(47兆2500億円)と、前年同期の3020億ポンドからわずか2%しか増えていない。

言い換えれば、ブレグジット後の通商協定下での最初の1年、イギリス・EU間貿易はその他の世界貿易のように回復できなかったということだ。

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鮮魚店を営むチャーリー・サムウェイ氏は、書類仕事が増えたのはいらいらするが、事態は改善していると話した

英南西部ドーセット州ブリッドポートでサムウェイズ鮮魚店を営むチャーリー・サムウェイ氏は、輸出したアンコウやコウイカの発送に必要な76ページにも及ぶ書類を見せてくれた。この書類には、獣医を訪問してスタンプを押してもらう必要があるという。

一方で、発送のリスクや事務手続きに伴ういらだちは残っているものの、「年初に比べればだいぶ改善された」と語った。

「全体としては、以前よりはだいぶ満足しているが、完璧になったとは言えないと思う。いつか完璧になるとも思えないので、こちらが慣れるしかない可能性もある」

驚きの結果

自動車業界にとっては朗報があった。日産自動車がサンダーランド工場に再び力を入れ始めたことで、長らく遅れていた電気自動車への投資の波がやって来たのだ。

また、イギリスはブレグジット交渉の瀬戸際で、自動車に関するEUとの無関税合意だけでなく、向こう数年間は日本や韓国、アメリカからの輸入車の大半にも同様の措置を取る合意を得た。

しかし全体としては、ブレグジット完了以降の貿易量は、「パンデミック前」をどう定義したとしも、それより減っている。

一方で、ブレグジット後の最初の数週間こそひどい落ち込みを見せたものの、恐れられていた「最悪のシナリオによる惨事」は幸い実現しなかった。

専門家は今年の貿易状況について、2019年などパンデミック前の状態と比べたがっている。

その基準では、イギリスからEUへの輸出額はパンデミック前と比べて12%減少。EUからの輸入額はさらに大きく、20%縮小した。

これは意外な結果だ。ブレグジットで新たに追加された検査は主にEUへの輸出品を対象にしており、イギリスへの輸入に対するものではないからだ。

「非EU加盟国」、つまり残りの世界との貿易額も輸出入共に、2019年と比べ、対EUほどではないが下がっている。

2021年1~10月のイギリスの非EU加盟国への輸出額は、2019年と比べると7%減だった。イギリスへの輸入額は3%減の2270億ポンドだった。

政治的現実

EUからイギリスへの輸入が、イギリスからEUへの輸出よりも大きく落ち込んだのはなぜなのか。これこそが大きな謎だ。

一因としては、パンデミック後に自動車の売上高が一般的に落ち込んでいることが挙げられる。2019年と比べると、年初からの10カ月の売上高は140億ポンド減だった。これは全体の30%減に相当する。

面白いことに、同じ時期の非EU加盟国からの自動車輸入は16%拡大している。これはアメリカや中国からのテスラ車の輸入が影響しているという。

一方、航空機、電子機器、医薬品、鉄、核技術などの分野ではすべて、EUからの輸入が数十億ポンド記簿で減少した。

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ブレグジット完了直後は、ドーヴァーの検問所で書類手続きを待つトラックの長蛇の列ができた

こうした数字に加え、アイルランドとの貿易を再定義した影響も、出ているかもしれない。

さらに、ブレグジット以前はEU域内貿易として書類手続きがほとんどないままモノが移動し、データもそれを反映していたのに対して、現在では同じやりとりが国際貿易として扱われている。

ビジネスオーナーとのウェブ会議では、イギリス政府とEUに語調をやわらげ、けんか腰の態度をやめてほしいという提案が出た。

こうしたとげとげしい空気があると、イギリスとの、特にイギリスの中小企業との取引は危険だというメッセージを発信してしまう。私が話した事業主の数人はこう指摘した。

では、イギリス政府に対応する気があるのかどうか、それが問題だ。閣僚の1人は私に、「今やEUとの間には関税障壁があるのだという事実」をイギリス企業は受け入れるべきだと語った。

イギリス政府はブレグジットによって、自分たちの思うように規制をかけられる自由を得た。その自由に比べれば、国内企業の懸念はどうにかなると政府は判断している。それが現時点での政治的現実だ。